サンフランシスコを拠点とするAIエージェントスタートアップが、シリーズAラウンドで追加の3,600万ドル(約52億円)を調達し、総額6,100万ドル(約88億円)の資金を確保した。

スタートアップの名は「Ema」。GoogleとOktaの元従業員であるSurojit Chatterjee氏とSouvik Sen氏によって2023年に設立された。Chatterjee氏はGoogleモバイル広告とGoogleショッピングを数十億ドル規模のビジネスに成長させた実績を持ち、Sen氏はOktaのエンジニアとして、データ、機械学習、デバイスのプロジェクトを主導し、Googleでは広告詐欺防止システム「TrustGraph」をリードした。両氏は合わせて77件のアメリカ特許を保有しており、この確固たる技術基盤は、Emaがトレンドの追随ではなく、真に革新的なソリューションを提供する存在であることを示唆している。

これを証明するかのように、Emaは「ユニバーサルAI従業員」という新しい概念を提唱している。この概念は、従来のAIアシスタントの枠を大きく超え、部門や役割に限定されず企業全体でシームレスに活用されることを目指している。Chatterjee氏は「Emaの目標は、現在人間が行っている単調なタスクの大部分を自動化し、より価値のある仕事に従事させることにある」とビジョンを語っている。

Emaは2024年3月、ステルスモードから脱却し、ビザ申請や移民手続きを行うEnvoy Global(アメリカ)、フィンテック企業TrueLayer(イギリス)やMoneyView(インド)をはじめ、法務、ヘルスケア、Eコマース、保険分野の企業に採用されている。移民手続きや金融サービスなど、複雑な規制や高度な専門知識が要求される分野や、機密性の高い情報を扱う分野での採用は、Emaの高度な能力とその精度への信頼を表している。そして、Ema採用の動向は、企業のAI利用が新たな段階に入ったことを示す重要な指標としても考えられる。

それでは、Emaがどのような技術を開発し、どのように優れているのか、詳しく見ていきたい。

生成AIの課題であったデータの安全性、正確性、既存システムへの統合を解決し、「信頼できる同僚」として機能するEma

専門家の集合体から統合された知性へ

Emaは、人間の言語理解・生成能力を持つAIである大規模言語モデル(LLM)を基盤とし、独自技術「EmaFusion」を開発した。その革新性は、多様なAI技術の統合にある。EmaFusionは、専門分野に特化した30種類以上のAIモデルを統合し、総パラメータ数2兆という驚異的な規模を実現。これにより、法律に詳しいAI、財務に強いAI、顧客サービスに長けたAIなど、複数の「専門家AI」の意見を組み合わせて最適な回答を生成することが可能になった。

例えば、企業の戦略立案において、市場動向、財務状況、法規制、技術トレンドなど、多岐にわたる要素を同時に考慮し、バランスの取れた提案を行う。この能力は、人間の脳が異なる領域の知識を柔軟に組み合わせて問題解決する過程に似ており、Emaが「専門家の集合体」から「統合された知性」へと進化したと言えるかもしれない。これは、単一の専門分野に特化したAIや、一般的な大規模言語モデルでは実現困難な能力である。

OpenAI(ChatGPT)、Google(PaLM)、Meta(LLaMA)などのLLMを採用し、GWEを経由して回答の精度を高める

学習しながらプランを実行する

Emaのもう一つの画期的な機能が「Generative Workflow Engine(GWE)」である。GWEは複雑なタスクを小さなサブタスクに分解し、最も効率的なワークフローを生成する能力を持つ。

例えば、「新しい顧客からの問い合わせに対応する」というタスクがあったとする。GWEはこのタスクを「メールを読む」「顧客情報を確認する」「適切な回答を作成する」「上司の承認を得る」「返信を送る」といったサブタスクに自動的に分解し、最適な順序でプランを立てる。プランを立てるだけではなく、メールシステムにアクセスしたり、顧客データベースを検索したり、文書を作成したりと、様々なシステムを駆使してプランを実行する。「この種の問い合わせにはこの返答が効果的だった」といった経験を蓄積し、次回はより良い対応ができるよう自己改善し、通常のプロセスでは解決できない問題が発生した場合でも、別のアプローチを試みる。

つまり、Emaは組織の知識と経験を蓄積・活用できる「デジタルコワーカー」として機能するようになる。学習が進むにつれて、様々な状況の変化に合わせて最適な作業手順を動的に作り出し、急な変更や新しい課題にも素早く対応できるようになるため、結果として組織の柔軟性と適応力を劇的に向上させる可能性を秘めている。

専門知識は必要ない

ステルスモードからの脱却後、Emaのユーザーが3倍に増加した。その最大の理由といってもいいのが、ノーコードのエージェントプラットフォームである。これはプログラミングの専門知識がなくても高度なAIエージェント(Emaでは「AIペルソナ」と呼ばれる)を作成し、カスタマイズできるシステムである。

ユーザーは会話形式のガイドに従い、目標、リソース、制約条件を指定することで、カスタマーサポート担当のペルソナ、営業アシスタントのペルソナ、人事管理者のペルソナなど、それぞれ特定の職務や機能に特化したペルソナを作成できる。各ペルソナは、その役割に必要な知識、スキル、行動パターンを持つようになる。

このプラットフォームのさらなる大きな強みは、200以上の企業アプリケーションとの事前統合、APIインターフェース機能、RPA機能(Robotic Process Automation)を備えている点である。これらの機能により、作成したAIペルソナを既存のシステムやワークフローにシームレスに統合することが可能だ。

これまで高度なAIシステムの導入には専門的な技術知識と多大なリソースが必要だったが、このプラットフォームによってそのハードルを大幅に下げることができている。これはAIの民主化という観点からも非常に重要だ。

ユーザーはリクエスト、条件などをEmaに伝え、Emaはそれに沿ってワークフローを作成。ペルソナはライブラリーからカスタマイズすることも可能

Emaの人間を超える能力とは

これまでの説明でEmaには単純反復作業の代替以上の能力を有することがお分かりいただけたと思う。膨大なデータを瞬時に分析し深い洞察を得る能力、法律、財務、顧客サービスなど、多岐にわたる専門分野の知識を同時に活用する能力は、一人の人間の専門家が持ち得る知識の範囲をはるかに超えている。

そして、Emaは当然のように休息を必要としないため、24時間365日、均一のクオリティで稼働し続けることができる。また、疲労や感情に左右されることなく、常に一貫した対応を維持できるため、法令遵守や品質管理が重要な業務では、人間とは比べ物にならないパフォーマンスを発揮するだろう。

さらに、複数のAIエージェントが協調して同時に作業するので、人間のチームよりも遥かに多くの並行タスクを迅速に進めることができる。

適応型ソフトウェアの新しい形

超人的なEmaを前にして、人間は首を垂れるのみなのであろうか。そうではないと、Emaの創業者Chatterjee氏は言う。むしろAIが単純作業を請け負うことで、人間はかつてないレベルの創造性を発揮できるかもしれないのだ。

AI技術により、自動運転や推薦システムなど、環境や要件の変化に応じて自動的に動作を調整する「適応型ソフトウェア」が飛躍的に進歩した。それらは人間の作業を補助するのが役割だが、Emaは、複数の専門分野にまたがる広範な適応能力がある。つまり、Emaは「新しい形の適応型ソフトウェア」として、超人的アシスタントから、組織の知的資産として機能し、人間の能力を拡張する可能性を持つ知的パートナーとしてとらえることができる。

Emaの能力が無限に見える一方で、人間も人間にしかできない創造性や共感性に制限はないかもしれず、潜在能力が眠っている可能性がある。Emaの登場で、人間はAIとともに、そんな未知の分野に踏み込み、AIとの共生を通じて新たな価値を生み出す機会を得たといえるのではないか。

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit