世界のメッセージアプリ利用、WhatsAppがダントツ

8月に行われたMetaの最新決算発表で、同社のAI利用はインドが最大の市場であることが判明した。背景にあるのはチャットアプリのWhatsApp。インドで5億人が利用しているアプリがMetaのAI戦略を加速させる原動力になっているようだ。Meta AIの急速な普及の裏にはどのような背景があるのか。

世界一のメッセージアプリWhatsApp

日本でメッセージアプリと言えば圧倒的にLINEユーザーが多く、2024年の統計で人口の70%が利用しているアプリだ。

しかしながら世界に目を向けると今年4月の時点でWhatsAppが群を抜いて1位、マンスリーアクティブユーザー数(MAU)は20億人。第2位は中国の微信(WeChat)で13億4,300万MAU、Facebook Messengerが3位10億、Telegramが9億、Snapchatが8億、QQが5億5,400万という順位だ。なおLINEのMAUは2億3,000万と発表されている。

Meta AIの登場

昨年Metaは米国で、インスタグラム、Facebook、Messenger、WhatsApp、それとウェブサイト版でMeta AIを展開した。さらに今年4月にはLlama 3を活用した英語対応のチャットボットをオーストラリアやカナダ、ナイジェリア、パキスタン、シンガポールなど十数カ国でローンチ。同社のプラットフォームにMeta AIの検索バーが表示されるというもので、発表に際して同社のCEOマーク・ザッカーバーグ氏は「Meta AIは自由に使える最も賢いAIアシスタントだ」と述べていた。

またMeta AIは同時に、インドでもユーザーを限定してローンチしたことが確認されていた。Meta側は「インド市場はしばらくテストモードのまま」と説明していたがこれは、6月に控えていたインド総選挙を考慮して、政治的な内容や候補者に関する広告やAIでのポスター作りなどを制限していたもの。選挙が終了した6月にはインド市場の全ユーザーに解禁され、特に利用者の多いWhatsAppを通じてわずか2カ月のうちにMeta AIの利用が爆発的に増加したのだ。

インドのAI国家戦略

インドでは国を挙げてAIに力を入れている。インテリジェントなデータ基盤を提供する企業NetAppによる年次レポート「クラウドの複雑性に関するレポート」2024年版によると、インド企業の70%がAIプロジェクト進行中で、世界平均の49%を大幅に上回ったことがわかった。さらに91%のインドの組織が、2024年内に自社のデータの半数以上をAIモデルの学習に利用すると回答している。

年齢中央値が28.4歳と若く、14億5,000万人超の人口を抱えるインドは、インターネット人口も急増中で、そのポテンシャルは莫大だ。同レポートではまた、インドにおけるAI市場の年平均成長率は25~35%と試算され、2027年までに170億ドル(約2兆4,760万円)規模になるとの予想もある。さらにインド国内でのこの勢いは、デジタル改革を推進するインド政府の後押しという背景もある。国を挙げてデジタル・インディアAI国家戦略といった政策をベースに、AIにおけるグローバルリーダーの座を目指しているのだ。

AIの開発に向けて乗りに乗っている印象のあるインドは、かつてからIT産業への人材輩出と、家電市場に強いことでも知られている。NetApp社のVP兼MDのグプタ氏は、このインドのレガシーはAIの分野でも継承されるとして「世界中のAI業界がAIのユースケースやモデル構築、あらゆる関連開発にインドの人材プールを利用するだろう。国際的企業はインドの専門家と協業していく」と意欲的なコメントをしている。

インドのデータ利用に関する指摘

一方で問題点を指摘する専門家もいる。

インドの超党派メディアThe Secretariatの記事は、MetaがインドにおけるAI利用について「わずか2カ月で何十億もの質問を処理した」と言及したことを受けて、この背景にあるのはインドのユーザーデータ、特にFacebookやインスタグラムのアクティビティから抽出されているデータであると指摘。Meta側は「AIがプライベートなチャットの内容を把握したり、公開プロフィール以外の画像を使用したりすることはない」としているが、逆に公開されているものはAIの学習に利用されているのは確実だとしている。

さらに、同メディアはインドで収集されたデータが現在シンガポールで処理されていることも指摘。越境データ移転と、国外でデータの処理と保管が行われていることにも安全性への疑問を呈している。

実際に、Metaは同社のブログで「ヨーロッパでは、EU一般データ保護規則(GDPR)で個人データやプライバシーが厳格に規定されている。データをEU域外に持ち出すことが制限されているため、Meta AIをその地域特有のデータや情報で学習させることができない。ベストなエクスペリエンスを提供することが不可能なため、現時点でMeta AIをヨーロッパ域内でローンチすることができない」と述べている。

ゆるいインドのデータ保護

ただ、このデータ利用に関してはMetaをはじめとするAIを展開する各社の責任ではなく、インドの緩い規制の問題だと指摘する声もある。

AIの進化にデータやユースケースのインプットは必要不可欠だが、そのデータをどこから持ってくるかがカギとなる中で、米国のシンクタンク「カーネギー国際平和基金」のインド支部Carnegie Indiaは、インドの「公共の利益のために匿名化されたデータを共有」することを奨励する国家政策の立案を例に挙げている。インドでも個人情報保護法が制定され、主要なプライバシー原則が盛り込まれたものの、一般に入手可能な個人情報はその範囲から除外されているからだ。データ利用のハードルは欧米と比較してもかなり低いことは、AI開発を進める各社には非常に魅力的だ。

データ取り扱いについて、インド政府のこのロールが現在限定的であることが懸念される一方で、Metaがインド国内にデータセンターの建設を検討中、とする噂がある。チェンナイにあるリライアンス・インダストリーズの敷地内に建設されると見られ、噂の発生と同時期にMetaのCEOがビル・ゲイツ氏や歌手のジャスティン・ビーバー氏などと同様に、リライアンスを率いるアンバニ家の子息の豪華結婚式に出席したため、このデータセンターの開設は確実視されている。センターが開設すれば、インドのデータが国外に移転されることもなく、今後改定が見込まれるインドの規定に準じて、AIに学習させるために活用することがより容易になると見られている。

インド特有の文化的問題

またインドならではの文化的問題も発生している。

生成系AIが作り出す画像や回答の不正確さ、一貫性のなさが指摘される中、このほどローンチされたMeta AIでは「インドの男性」の画像を生成すると、必ずターバン姿の男性が生成されるという事象が発生し話題となった。

カリフォルニアに拠点を置くテクノロジーメディアのTechCrunchがAIのテストを実施したところ、Meta AIは選挙に関する質問を直ちにブロックしたことのほかに、インド人男性の画像のほとんどにターバンがかぶせられるというバイアスが見られたとのこと。

インドでターバンを着用する男性は確かに多く見られるものの、例えば首都のデリーでは多くても15人に1人程度。一方でMeta AIの画像生成では5件につき3~4件はターバンという結果となったことがわかっている。

さらに、「街を歩くインド人男性」というクエリで画像を生成したところ、すべての画像がターバン姿。「インド人男性」「料理をするインド人男性」「チェスをするインド人男性」「泳ぐインド人男性」を生成したところ、ターバンを着用していなかったのは泳ぐ男性の画像のみだった。さらに職業別で生成したところ同様にほぼすべてがターバン着用、さらにインド人男性の「カメラマン」を生成したところ、ほとんどの場合で古めかしいカメラを使っている姿が生成された。

さらに、インドの住宅を生成してみると、こちらも典型的なインドの古い建物が生成される結果に。こうした住宅は現在ほとんど存在していないのにもかかわらずと指摘している。

インドユーザーからの「多様な文化を持つインド市場に合致しない」「学習データ不足」などと言った指摘の声はやまず、タブーともいえる宗教に関するジョークの生成を試みると、ブロックされる人もいれば成功する人もいるなど、あらゆる「失敗例」を掘り起こしてはX上でハッシュタグをつけたスクショの投稿合戦にも発展した。

Metaは「AIは新しいテクノロジーであり、望ましい回答が必ずしも生成されるものではない。これからも継続的にアップデートしていく」と述べるにとどまっている。

問題解決にかかる膨大な費用と時間

この問題解決には、インドのローカルデータでの学習をさせるだけでも膨大な時間と費用が掛かるという見方もある。

WhatsAppのユーザー数は5億超とは言え、問題は量だけではない。インドには22の言語が憲法上の指定言語として定められているのだ。公用語はヒンディー語であるが、ヒンディー語話者数は人口の約44%にとどまっている。こうした多民族、多宗教、多言語、かつ莫大な人口を抱える市場での成功に、まずは言語の適用が求められるだろう。となると、インドが抱えるローカルデータが必要となる。インドが乗り気の今、各企業が進出しAI学習を進めていくチャンスであることは確かだ。

AIの安全性とイノベーションのバランスを世界中が模索している中で、インド政府の比較的ライトな規制へのアプローチにも注目が集まっている。先進国がリスクに固執するあまりに、自国の発展が妨げられることに抵抗感を抱く、グローバルサウス各国の共感も得られると見られている。

潜在的リスクやデータのプライバシーにうすうす気づきながらも、AIの領域で大きく弾みをつけたいインド。AI業界で先にインドを制覇するのはどのモデルか、そしてこの国のAI戦略はどう進むのか、インドがいつ規制を強化してしまうのか。その行方を世界中が注視している。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit