内閣府によると、去年バイクなどを運転中に亡くなった人の割合が2013年以降初めて増加した。特に10代、20代の若い世代や中高年の事故が顕著となっている。
バイク事故は世界的にも多く、WHOによると交通事故死者全体の約20%はバイクなどを運転中の人だった。
筆者の暮らすスペイン・バルセロナもバイク事故の多い都市だ。一昨年までの3年間で発生した死亡事故のうち30%にバイクなどが絡んでいたという。
一方でバルセロナは都市計画や環境配慮の一環で、特定エリアで車の通行を制限している。その代わり、歩行者や自転車のほか、小回りのきく電動バイクなどの利用を推奨しているのだ。都市課題の解決の一翼を担うバイクだけに、その関連事故を撲滅できるようバルセロナはシンガポールや地元カタルーニャのスタートアップと協力し、取り組みを行っている。
バイク運転中の死亡事故が約10年ぶりに増加
日本国内でバイク事故による死者数が増加したことについてまずは触れたい。
内閣府が発表した「交通安全白書(令和6年版)」によると2023年(令和5年)の人口10万人あたりの交通事故死者数は全体の14.8%だった。2013年(平成25年)以降、バイク事故での死者数は緩やかに減少傾向にあり、自転車事故での死亡者数の方が多かったが、去年増加に転じた。
年齢別に見ると「10〜19歳」「20〜29歳」では、歩行中や自動車運転中の事故よりも割合が高い。なお「10〜19歳」のカテゴリーに関しては、普通二輪免許が16歳からのため基本的には16歳から19歳までの年齢を指している。
またここ数年では「50〜59歳」「60〜69歳」が増加傾向にあるのも特徴だ。背景には中高年の間で「リターンライダー」と呼ばれる人が増えているからだという。リターンライダーとは若い頃バイクに乗っていたが、その後仕事や結婚などで乗らなくなったものの、40~50代になり再びバイクに乗り始める人のこと。最近ではバイクを購入する中高年も増えているのだとか。
また新型コロナ禍でバイク需要が高まり、日本自動車工業会は去年の国内二輪出荷台数は37万6,720台で、前年比4%増加し、2年ぶりに増加したと発表した。
バイクは風を切って走るため自然と一体になる感覚があり、車を運転するのとは一味違う楽しみを味わえるが、事故が起きた際に衝撃を緩和するボンネット、車内のエアバッグやシートベルトがバイクにはない。そのため致死率が車よりも高い。
バルセロナ市は企業と協働し事故削減へ
スペイン第二の都市、バルセロナもバイク事故が多い都市である。
欧州の非営利コンソーシアム「EuroRAP」の分析によると、2020年から2022年の3年間で、カタルーニャ州全体の死亡または重傷事故にバイクが関与した割合は全体の44%だったという。死亡事故だけでは全体の30%に関与している。このデータにはバイクが歩行者を轢いて怪我をさせた事故なども含まれているという。ただ州内でバイクなどの移動量は全体のわずか2%ほどしかなく、それにも関わらず事故の比率が高いことに行政は頭を悩ませている。
またバルセロナ市だけに絞るとバイクと原付バイクの交通量は全体の約30%と高くなる。そのため2022年、交通事故での死者数のうちバイクを運転していたのは全体の70%だった。また事故で重傷を負ったのは80%以上にのぼるという。
バイクは機動力が高く、公道走行時も駐車時もスペースが小さく済む。そのため電動バイクなどは車よりもエネルギー消費が少ないため、バルセロナ市は都市内移動において利便性が高い乗り物であると考えているという。しかしバイク関連事故が頻繁に起こっているとして交通安全上の課題の一つとなっている。
そこでバルセロナ市は財団などと共同で、バイク事故減少のためのソリューションを見つけるチャレンジコンテストを実施。20カ国から約50のソリューションの応募があった中から、スタートアップ2社が選ばれた。
コンテストで優勝したカタルーニャ州の企業「マピット」のバイク監視システム。そして2位に選ばれたシンガポールの「ライダードーム」の人工知能(AI)を活用した運転支援システムだ。現在2社はパイロットテストを実施していて、効果測定などを行っている。
まずカタルーニャの企業「マピット」は、バイクにGPSが付いたセンサーを取り付けることで、運転スタイルやバイクの状態、環境を分析し、事故削減を目指していく。
例えば、バイクに乗る前にマピットのアプリを通じて、バイクを運転する人に運転時の推奨事項を提示。さらにバイクの走行距離をシステムがモニタリングしているので、点検が必要な時期になると通知する仕組みになっている。点検の予約もアプリからできるそうだ。このほかにも、自分の現在地は共有を許可した人であればリアルタイムで閲覧させることが可能で、走行中にメッセージアプリなどで自身の居場所を伝えるなどの危険行為を減らせる。
また走行データは自治体も活用する。ユーザーの名前は匿名にした上で、バルセロナ市に送られ、市はバイクが事故に遭いそうな可能性が高い場所と時間を把握し、安全対策に必要な措置を講じられるのだ。
マピットはバルセロナではすでに約1万7,000台のバイクで利用されている。スペインでも高いシェアを誇る日本の「ホンダ」のバイクにも搭載されていて、取り組みが迅速に進んでいく期待感がある。
一方、シンガポールを拠点とするスタートアップ「ライダードーム」は、コンピュータービジョンとAIを活用したバイク運転者支援システムを提供している。システムはバックミラーに取り付けたライトと連動していて、バイクに危険が迫るとライトを光らせ、バイクを運転する人にリアルタイムで警告するようになっている。
一般的にバイク事故が起きる原因は、スピードの出し過ぎや無理のある追い越しによる衝突。また車体が小さいことで車の死角に入りやすく巻き込み事故も多い。さらにはバイクに乗る際はヘルメットをつけていることから視界が狭くなり、周囲の安全確認が不十分で事故となるケースもある。
ライダードームのシステムが事故のリスクが高まった際に警告をすることで、バイクの運転手は減速したり、安全確認を行うことができ、事故を回避するための対応が取れるようになる。さらにこのシステムでは、データがリアルタイムでクラウドにアップロードされる。そのため運転手がどの道を走行中に警告を受け取ったのか振り返ることができ、次回以降の運転時のリスク予測に役立てられるのだ。またマピット同様に、バルセロナ市もデータを受け取り、危険地点を把握し、予防措置を講じることができる。
ライダードームのCEOヨアブ・エルグリチ氏は取材に対して、バルセロナでの実証実験は順調に進んでいると回答。その上で、「自動車のADAS(先進運転支援システム)はスタンダードになりつつあるが、バイクに対してはまだまだ進んでいない。今が変革の時だと考えている」と答え、製品を通じて事故を減らしたいとコメントした。
ヨアブ氏のコメント通り、車には車間距離を保つ機能や歩行者などを検知したり、前方後方の衝突を警告するなど、ドライバーに代わって車を制御し運転支援する機能が一般的になっている。反面、バイクでは活用が進んでいるとは言い難い。
ここで強調したいのが、国土交通省が自動車に搭載されるADASなどが事故削減に効果があるとする報告書を発表していることだ。その報告書によるとADASが装備された自動車同士の事故であれば、事故の約7割が削減可能で、自動運転であれば約9割の死傷事故が削減できるという。さらに、事故を発生させた当事者の自動車にADASが装備されていれば死傷事故の約6割、自動運転がついていれば9割弱が削減可能だとも記されている。
バイクは車よりも交通事故で大怪我をしたり、命を落とす可能性が高いことから、メーカーは二輪車用先進運転支援システム(ARAS)を導入する傾向にある。普及までの道のりはやや長そうに見えるが、マピットやライダードームなどの普及で命を落とすことが少しでも減らせるよう、自治体も企業も模索し続けている。
文:星谷なな
編集:岡徳之(Livit)