兵庫県加古川市役所に勤めた25年間、多田さんはさまざまなアイディアで改革を進めてきた。例えば、特別定額給付金の市独自のオンラインシステムを1週間で立ち上げたほか、ワクチン接種抽選サイトの構築。さらには参加型合意形成プラットフォーム「Decidim」を導入するなどスマートシティの推進に貢献した。
まさしく昨今、世間から求められるデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現した多田さんに、“DX化”するためにまず必要なことを聞くと「結局自分たちは何をしたいのか」ということだと語った。
- 多田功(ただ・いさお)
- 兵庫県明石市出身。50歳。1998年に加古川市役所に入庁し、地域振興課や人事課などを経験。2021年スマートシティ推進担当課長に。優れた地方公務員を表彰する「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード」(ホルグ主催)を2021年に受賞。現在は市役所を離れ、TIS株式会社に転職。自治体へ講演や、政府への提言も行う
情報システム分野の勉強を始めたのは38歳の頃だった
――加古川市役所ではどんなお仕事をしてきたのですか?
最初、お祭りや地域の交通安全などを担当する地域振興課(旧称)や人事課などを経験しました。自転車の違法駐輪を回収しに行ったこともありましたよ。
それで2014年に情報政策課に異動になり、ここで初めて市役所内部の情報システム周りのことをやり始めました。市役所に入庁した1998年頃って、市役所ではポストコンピューターという大型コンピューターで個人情報などを管理していたので、情報に関する課は当然あったんですが、まだ一人一台パソコンがある時代ではありませんでした。当時、マイクロソフトの「Windows NT4.0」というソフトが出始めたばかりで、ExcelもWordも使い方がわからないほど、全くパソコンを使えませんでしたね。
でも、ある夏に、私の管理している仕事のデータベースがあったんですが、そのライセンスが切れることになりました。しかもそのライセンスを更新しないとのことで、日常業務で使っていたソフトが使用不可になることになったんです。そこで他のソフトや方法を模索すると、ある人から「Microsoft Access」というデータベース管理ソフトが代わりになるかもと紹介されました。
さっそくそのAccessを見てみたんですが、当たり前ですが使い方がさっぱりわからない。今みたいにインターネットで簡単に調べて、という時代ではなかったので、書店に行って10冊ぐらい関連書籍を買って、自分のデスクで本を読みながらソフトを勉強しました。別の課に、外部から来たソフトウェアエンジニア(SE)の方がいたので、わからないことを聞いたりしていたら、1年たたずに、それなりに使えるようになったんです。
――ソフトウェアなどを知ったのは割と最近なんですね。
そうですね。でもAccessを覚えると、色々できることが広がりましたね。自分がやりたいことを表現できるようになった。アイディアさえ思いつけば、どうやって実現したらいいか、道筋がわかっている状態になるので、あとはやるだけ。
だから新型コロナの特別定額給付金の時も、偶然部下が申請書類に埋もれる姿を見て「こうやったら楽になるのでは」とデータ管理システムを思いついたので、あとは作るだけという感じでした。
【特別定額給付金とは】
政府が新型コロナの感染拡大を受けた緊急経済対策の目玉として実施したもの。家計への支援を行うなどを目的として住民基本台帳に記録されている人を対象に、1人当たり10万円を給付した
――特別定額給付金のシステムを新しく作ることについて、職場内から反対や否定的な声はありましたか?
なかったですね。給付金は誰が使うかというと市民です。一刻も早く支給しないといけないですし、市役所の職員だけで入力しても事務は一向に終わらない。だから市民に入力してもらうことを思いつきました。
もともと申請は、市が紙に印刷して郵送したものに市民の皆さんが記入。そして市役所職員がその中身を見て、パソコンに内容を打ち込んでデータを作る流れでした。でも結局データにするなら、市民の皆さんにデータを作ってもらった方がいいですよね。
システムを作ったタイミングが遅かったので、市民の皆さんがデータを入力する機会は少なかったと思うのですが、紙で郵送されたものにも対応できるようにしたので、役には立ったと思います。
給付金でチェックするのは、申請者が適正か否かと、申請のあった口座情報だけ。なので最初から申請書にバーコードを印刷して、それをバーコードリーダーで読み取るだけで、自動で世帯情報を反映できるようにしました。もともと市役所側で印刷した申請書ですから、紙で郵送されてきたものであっても、市職員は口座情報だけ入力すれば済むようになりました。
バーコードにしたのも、数字が例えば12桁だと職員の入れ間違いが発生します。そこでバーコードリーダーでの読み取りにすれば、間違いなくその申請者世帯になりますし、別の人の口座に振り込むのを防ぐ効果もあると考えたからでした。
――申請方法が複数種類あると、市が多重払いする恐れがありませんか?
当時の給付金の申請方法には、マイナポータルか紙の2パターンあり、それに加えて市独自の申請フォームを作ったので全部で3パターンありました。確かに同じ市民が何度も申請しているケースもありましたね。そこで多重払いを起こさないよう、支払い状況を一元管理できる仕組みを作ったんです。
これらのシステムのおかげで、兵庫県内の自治体では給付を最速で行うことができました。
――その後、定額給付金の申請フォームをオープンデータにして公開したと伺いました。
そうです。他の自治体が使えるように公開しました。どのぐらいの自治体が利用したのか私はわからないのですが、先日、とある自治体の方から「あの時はありがとうございます」とお礼を言って頂きました。
もともと部下がマイナポータルの加古川市役所受付用フォームに関する編集権限があって、休日出勤してそれを編集すると聞いていたんです。なので部下へ差し入れを持って行ったら、デスクに郵送された紙の申請書500枚が積み上げられていたんです。ものすごく分厚くて、とんでもない量でした。これを人口10万人分やると言っていたので「ありえない!」と思って、このデータ管理システムを作ったんです。
一応、当時すでに手書きの文字を読み取るOCRの仕組みが普及し始めていましたが、読み取り精度がまだ低かったですし、必ずしも市民の方がコンピューターで読み取りやすい文字を枠内に書いてくることが保証されていませんでした。なので、他の自治体でも困っているところはあるんじゃないかと思って公開しました。
――多田さんはスマートシティ推進にも携わりました。例えばスペイン・カタルーニャ州で始まった市民参加型合意形成プラットフォーム「Decidim」を導入したり、ワクチンの抽選システムを作られたり、多田さんは推進力がすごいですね。
いえ、私がすごかったのではなく、岡田康裕市長がすごかったんですよ。私はシステムや仕組みを作っただけ。それを世の中に出したのは岡田市長の功績だと思っています。また、市長のところに持っていこうと判断された上司の皆さんの理解のおかげです。
Decidimは市のスマートシティ構想を作る上で、市民の声を聞きたいと思って導入しました。加古川市長もサイレントマジョリティの声を聞くのが課題だと言っていたので、Decidim導入をポジティブに捉えてくれたんです。見守りカメラの導入も岡田市長でしたしね。市長として判断できたからこそ加古川が前に進んだと思います。
加古川市以外の自治体にも手を差し伸べたい
――今は加古川市役所を退職されて、民間企業に移られました。退職されたのはどうしてですか?
シンプルな理由です。全国には1,741自治体ありますが、私は加古川市のことしかやれてない。でも困っている自治体はもっとある。
加古川市には約26万人が暮らしていますが、10万人を切っている自治体は多いですよね。ひょっとすると何百人の地域もあると思いますが、そこでもDXやれ、デジタルやれと言われている。
近年、講演会などの依頼を受けて自治体などを回っていて、職員数が200人ほどの規模の自治体にも行くことがあります。そうした自治体では、DXをどう推進したらいいのかわからずにいるんです。
加古川市役所で私が言ったことで地方自治体などが勇気を持ってもらえるなら頑張りたい。それができるのは体力的な問題から見ても、今の時期しかないなと思って退職し、現在の道に進みました。
また「東京一極集中」という言葉がありますが、それを体感してみたかったのもあります。加古川市役所に25年勤めていたので、当たり前ですが東京で生活したことなかったですし。
――都内で暮らしてみてどうですか?
語弊があるかもしれませんが、東京でウェルビーイング、いわゆる豊かさは高まらないなと思いました。便利だから幸せというわけではないんだなと実感しています。
例えば田舎だと、交通の不便さなどはあれど、そこに住んでいる人の顔が見える。「どっから来たの」と話しかけてくれるおじいさん、おばあさんがいる。子どもが走り回る姿が風景として思い浮かぶ。都心はそう思い浮かばない。それが東京一極集中の結果だと思う。
果たして首都直下地震などの大災害が起きた時に、都民はお互いを助け合えるのかだろうか。それを見ないとわからない。
――現在はTIS社で仕事をされています。どんな仕事をしていますか?
今は政府に対して、どういう支援を自治体に対してできるのかなど意見交換をしたりしています。日本国内をどう良くしていくのかは政府が決めないとできない部分がありますから。その政府が考えている政策に対して、「こういうアプローチできる」というのを伝えていくことができればと思っています。
あと民間企業に行った理由について補足なのですが、自治体職員は「民間企業が」と発言する。企業の人は、「自治体は」と話す。立場立場の話をしたがる。それぞれの人はそこにいたことがないはずなのに。だから自分自身で両方の働き方を見てみたかった、知りたかったからですね。
結果的に、自治体がどう思っているのか分かりつつ、企業としての考え方もわかるようになってきました。
――自治体と企業それぞれで働いてみて、違いを感じることはありますか?
スピード感ですかね。自治体の仕事はよく遅いと言われますが、それは市民に対して丁寧に説明しないといけないからです。自治体は市民というお客さんから逃げられないし、対応も間違えられない。自治体は今日やったことを明日できないといけない論理です。決して企業は間違えていいということではないですけどね。
でも、企業は昨日やっていたことを明日やると会社が潰れます。スピード感持って新しいことを生み出さないと、株主に説明できない。企業の業務内容にもよりますが、基本的には文化的に違うもの同士かと思います。
私は一応どちらも理解し始めているので、企業と自治体をつなぐ、翻訳者もしくは公共財のような存在になれたらと思っています。
――自治体を離れた後、自治体での仕事は多田さんにどう映っていますか?
人口が減っていくので、自治体職員も少なくなる。その一方で仕事はどんどん膨張しているんです。なぜなら市民のニーズが多様化し、いろいろなことにカスタマイズしたサービスをしないといけないから。となると市役所は耐えられなくなります。最終的に自治体の仕事が維持できなくなるのではないかと思います。
今は自治体がすべき仕事と、しなくていい仕事を選別する時期に来ているのかなと。
自治体の人たちは長い間、市民サービスや市役所の仕事を丁寧に築き上げてきているので、デジタルを使ったり、民間企業にできることを任せたりとか、方法を考えていくことが必要ですね。
――自治体のデジタル化、DX化はどうしたら実現できるのでしょうか。
デジタルを使わないといけないと思っているのがそもそもの間違いだと思います。そう考えてしまうのは、デジタルに支配されている感じがします。例えばメッセージアプリのLINEとかは、使わなきゃいけないと思って使ってないですよね。ツールとして自然と使っている。
ことデジタル、DXとなると、道具の話をしたがるんです。ここがそもそもの根底の違いですね。やりたいことがわかった時に、どの方法をチョイスするのかが大事だと思います。考え方の問題がクリアになっていないと「何をするんだっけ」となってしまう。
自治体でデジタルトランスフォーメーション(DX)やスマートシティについて研修をする時に、皆さんの頭の中では「DXをやらないといけない」とわかっているんですが、では「DXとは何?」「スマートシティとは何?」と聞くと、皆さんの頭の上にハテナが浮かぶ。実はDXやスマートシティを定義しているものって何もないと思っています。自治体ごとに課題も異なれば、当然ソリューションが違っていて当たり前だと思いますし。
例えばスマートシティであれば、街を作るというものに対してのソリューション的なアプローチとして存在している言葉ですよね。だから自治体がどうしたいのか、「WANT」があればいいんです。そこにデジタルが必要であれば使えばいいですし、アナログでも良いと思います。今はアナログ「も」デジタル「も」使える世の中になっていますから。
――最後に、多田さんとして今後取り組みたいことを教えてください。
次の世代をどう育てるのか、次にバトンを渡す準備をしないといけないと思っています。若い人にも私が持っている知見、経験を知ってもらいたいなと。自分が若い時には知見などを聞く機会なかったので、誰かが私の話を聞いて「多田でもできるんだったら頑張ろう」と思ってもらえたら嬉しいですね。人は何千年もいろいろなものを繋いでやってきているように、そうしていかないと世の中良くならない気がしています。
DXという言葉に関しては、今の20代30代の若い人はデジタルが当たり前になっている人です。ChatGPTのことを高校生だって知っていて、使えている。黒電話を知らずにスマートフォンを知っている高校生に、わざわざDXの話はしても仕方ないですよ。むしろ彼らの方から学ぶべきことが沢山ある。
若い人にインプットされてないのは、どうしたらいいのかという知見、経験です。彼らがどう目標を立てて、進んでいくのか、というところを伝えていき、サポートすることができればと思っています。
取材・文:星谷なな
編集:岡徳之(Livit)