スタートアップへの投資経験がある投資家に焦点を当て、投資判断の裏側にある思考プロセスに迫る「Investor’s eye」。今回登場するのは、五常・アンド・カンパニー、PIVOT、AnyMind Groupなどのスタートアップに投資を行ってきたDIMENSIONの代表・宮宗孝光氏と、取締役・鈴木修氏だ。IPO35社、M&A61社の実績(2024年7月末時点)を誇る同社に、スケールするスタートアップの特徴について聞いた。

【プロフィール】

DIMENSION 株式会社 代表取締役社長 宮宗 孝光(みやそう たかみつ)氏

ビジョンは「正しい起業家と事業の創出」。真摯に経営に向き合う起業家に出資し、事業拡大・上場を支援する国内ベンチャー投資ファンドDIMENSIONの代表取締役社長。出資先9社の上場、12社のExitを経験。2006年から起業家との勉強会を主催。メンバー17名中、10名が上場。2022年、産業革新投資機構・海外機関投資家・11名の上場創業社長などがLP出資する101.5億円のDIMENSION2号ファンドを設立。支援先のトライズ株式会社の社外取締役、日本スタートアップ支援協会の顧問を兼任。

取締役兼ゼネラル・パートナー 鈴木 修(すずき おさむ)氏

大学在学時にマーケティング及びEC領域で起業。その後、株式会社サイバーエージェントの社長室室長、グリー株式会社のグローバル人材開発責任者、株式会社SHIFTの取締役、株式会社ミラティブでのCHROを経て、2021年からDIMENSION株式会社の取締役兼ゼネラルパートナーに就任。2013年に自身で創業したTOMORROW COMPANY INC. / TMRRWでは、アドバイザーや社外取締役として、スタートアップへのIPO支援や上場企業へのチェンジマネジメントを行っている。また、日本及び海外でのエンジェル投資の実績多数。2023年には仙台市スタートアップ支援スーパーバイザー及び宮城県スタートアップ支援アドバイザーに就任し、行政と共にスタートアップエコシステム構築からの地方創生を支援。

「僕は君に頼んでいるんだ」スタートアップ投資に向き合うきっかけとなった言葉

2019年に前職の「ドリームインキュベータ」にてDIMENSIONファンドを立ち上げ、2021年にファンドを引き継ぐかたちでMBO・独立を果たした宮宗氏。

元々は「シャープ」のデバイスエンジニアであり、投資や経営に関してはまったくの素人だった。しかし、ドリームインキュベータに転職後、実際のお客様とのやりとりを通じて、投資や経営に関する知見や醍醐味を学び、スタートアップ投資への想いを強めていったと語る。

宮宗氏「前職に転職して間もない頃、大企業向けコンサルティングとスタートアップ出資の2つを同時に推進していました。しかし、2008年のリーマンショックや監査法人の解散の影響を受け、上場直前だった出資先の資金繰りが苦しくなりました。当時4年目で経験の浅かった私は、出資先の起業家の方に向かって『私ではなく、うちの経営陣がご支援させていただいたほうが良いのではないか』と正直にお伝えしました。すると、倒産するかもしれない状況にも関わらず、『僕は君に頼んでいるんだ』と。その言葉に衝撃を受けました。これは絶対に報いなければいけないと思い、そこから資金繰りに奔走しました。起業家の覚悟を間近で感じた瞬間であり、その言葉は今でも忘れられません。この言葉をもらってから、スタートアップ投資に向き合う意識が明確に変わりましたね」

DIMENSION 株式会社 代表取締役社長 宮宗 孝光氏

一方の鈴木氏は、学生時代に自身で起業したほか、これまでサイバーエージェント、グリー、SHIFTなどスタートアップの”中の人”として経験を積んできた。そんな彼が、投資家としてスタートアップを支援する立場に転換しようと思ったのはなぜなのか。

鈴木氏「私は、自らの起業や複数のベンチャー企業への参画など、スタートアップの”中の人”として、ゼロ立ち上げ、メガベンチャーへの成長、上場など、様々な経験をしてきました。スタートアップの成長過程は、まさにハードシングスでとにかく苦しくしんどいんです。でもやらなければならない使命感でとにかく走り続ける。そんなときに、メンター的な存在の人が外部にいてくれたら良かったなと思う場面が多々ありました。だからこそ、今度は『渦中にいるスタートアップにとって自分がそんな存在になれないだろうか』と。誰にも言えない思いや迷いを聞いてくれるメンターでもあり成長や問題解決をガイドしてくれるティーチャーでもあるような立場になってスタートアップを支援したいと思いました。かつ、投資を通じて金銭的な支援も行うことで、同じ船に乗ることもできると考えたわけです」

DIMENSION 株式会社 取締役兼ゼネラル・パートナー 鈴木 修氏

こうして2人は、DIMENSIONで交差した。

夢は個人の欲。成長するためには夢を「志」に変える必要がある

宮宗氏と鈴木氏がこれまで投資を行ってきたなかで、印象に残っているスタートアップ企業についても聞いた。まず、宮宗氏はシンガポールで起業し、2023年3月に上場を果たした「AnyMind Group」を挙げる。

宮宗氏「創業者の十河宏輔さんが当時勤めていた会社を辞めてシンガポールで起業したとき、『調達をしながらアジアで大きく伸ばしていきたい』と相談に来たことを覚えています。当時彼は20代後半で、その時点ですでに日本ではなくグローバルを見据えており、スケールの大きさを感じました。創業1年目の時に、香港での上場を目指し、2人でいわゆる主幹事証券会社を回ったのですが、彼が英語のコミュニケーションで名だたる主幹事証券の担当を惹きつけていく姿を目の当たりにしたんです。日本のスケールを超えた20代の姿から、やはり個人の意志と実行力が人を動かすのだと感じました。AnyMind Groupは、いまや売上300億円(2023年12月期通期)を超え、世界15カ国でビジネスを展開しています。起業家の熱量に人が集まり、グローバルのチームが生まれ、そして上場にもつながりました。そういう企業の創業期に携わり、一気に飛躍する、つまりは非連続の成長を支援できたのは、投資家として意義のあることだったと感じています」

宮宗氏はこうした起業家が持つ「人としての魅力」を、投資するうえで重要視していると話す。

宮宗氏「大きな事業をつくるとなったら、そのトップが実際に人材を惹きつけ、採用できないといけません。また、自分一人だけが得点力が高くても周りを惹きつける魅力がなければ、周囲もパスは出さないためチーム力が高まりません。事業拡大に向け、良い人を採用して組織力を強化するためには人としての魅力が欠かせないのです」

では、人の魅力とは具体的に何か。

宮宗氏「シンプルに『また会いたい』『また仕事がしたい』という『また』があるのが前提です。そのうえで、まずは出自や経験にもとづいた大きな志があり、他とは段違いの実行力を兼ね備えている方ですね。初期のフェーズでは『好きなことでお金を稼ぎたい』など、個人的な欲があって当然ですが、事業が拡大するためには、その“欲”を企業の成長とともに大きな“志”へと変える必要があります。私が『ソフトバンク』の孫さんにお会いしたとき、『志と夢は違う』と言われたことがあります。志は周囲から支持される一方で、夢は個人の欲に過ぎないと。成長の過程ではどうしても乗り越えなければならない困難と必ず遭遇しますが、そういった場面を逃げずに乗り越えられる方は、夢を志に変え、内に向いていたベクトルを外に向けられる方だと感じます。AnyMind Groupも、ロシアのウクライナ侵攻の影響などで2回も上場を延期しましたが、3度目の挑戦で上場を果たしました。起業には予想もできない出来事が起きるからこそ、大きな志を持ち、足を止めない実行力が必要なのです」

「強烈さ」と「チャーミングさ」がスケールする起業家の共通点

続いて印象に残ったスタートアップについて鈴木氏は、Vtuberからメタバースまでバーチャル領域の事業を展開する「カバー」を挙げる。

鈴木氏「最初に創業者の谷郷元昭さんにお会いしたとき、1時間の打ち合わせが気づいたら2時間半になっていました。谷郷さんは自らの世界観を持ち多弁ではなく落ち着いて淡々とシンプルに整理しながら、会社や事業について真剣にプレゼンしてくださいました。私も強く関心を持ち質問や助言などをする中で、話が日本からグローバル、今から未来へと広がり、あっという間に2時間半がたちました。その時間で必要性や相性を感じ取っていただけたのか、その直後からメンターの依頼があり、定期的なメンタリングが始まりました。最初は月に1度だったものが、2カ月後には毎週に変わり、経営者である谷郷さんとの経営者的アジェンダから始まった相談が組織や人事領域など実務的な部分にも及ぶようになっていきました。今では、執行役員の方や人事の各グループのマネジャーである現場の方々など詳細な実務的なアジェンダのメンタリングもしています。我々DIMENSIONはお金を支援するだけでなく、そして経営者だけでなく現場の方とも向き合いながら、上流戦略に限らず実務部分も含めて伴走するのが特徴です。DIMENSIONのそういった部分を信頼し、谷郷さんはパートナーとして選んでくれたのだと思います」

鈴木氏も、宮宗氏と同様にやはり「人」を見ており、スケールする起業家の共通点として「強烈さ」と「チャーミングさ」がある人だと話す。

鈴木氏「これまで投資してきた方を振り返ると、ややもすると嫌われたり怖がられるほどの強烈さ、そして逆にもう仕方ないなあ助けようついていってあげようと思わせるチャーミングさの両方が共通点だと感じます。強烈さというのは、成功や結果を出すことへの執着の表れです。事業について問題や落度を指摘したとき、自分たちの確固たる強さを主張し、徹底的に考え力強く実行し最速最短で解決し、その強さを実証できるかに現れます。また、トップダウンで判断を下した経験の意図や自らの強烈さがゆえに敵をつくってしまったり嫌われたりした経験の学びを語れると、自己中心で近視眼な人ではなく、強烈さに加えてしっかり自分を客観的に見ることのできる人だと感じます。強烈さがあると『この人は覚悟を持ちやりきれる人だ』『最悪な場面できちんとトップダウン含めた英断ができる人だ』と思えるんです。状況が変わり、戦略を変えなければならない場面で、あくまでも過去ではなく未来の成果にこだわり全てを変えてでも最適化できるのか、やるとなったら空気読まずひるまずひよらず俊敏に対応できるのか。ある意味で朝令暮改を正しくいとわない人などは強烈だと言えるかもしれません。一方で強烈さは双刃の剣。それで誰もついてこなくなったら組織は崩壊し事業は終わります。そこで必要なのがチャーミングさ。チャーミングさは、表現するのが難しいのですが、おっちょこちょいなところや抜けているところや不器用なところやピュアなところやかわいいそぶりなど人間の不完全な部分や素の部分がちらりとでも垣間見れて、周囲から愛される要素です。強烈さだけでは組織崩壊を招くし、チャーミングさだけでは弱くて成功しない。その両方が共存している経営者は、自ずと信頼が生まれますし支援していきたいという思いも生まれます。『デューデリジェンス(投資対象となる企業の調査)』の場面では強烈さを、それ以外ではチャーミングさを探りにいっているイメージです」

人と向き合い、これまで数多くの起業家に伴走してきた2人。最後に、投資家の視点で現在注目している分野について、それぞれ次のように語る。

宮宗氏「1つはAIです。今後人手が不足していくなかでAIにどう置き換わっていくのか注目しています。もう1つはMBOやスピンアウトと言われる、大企業から独立をしてスタートアップとしての成長を目指す領域です。私たち自体も上場企業からスピンアウトをしており、各社オープンイノベーションなどの取り組みが加速するなか、MBOやスピンアウトはさらに増えていくと感じます」

鈴木氏「1つはレガシーDXです。これまで実質的にはまだまだトレンドワードに留まっていましたが、日本の発展が崖っぷちになり、人手不足問題や働き方の多様化やそもそものサービスのイノベーションなどが待った無しのテーマになった今、非効率な業務をITツールなどの導入で効率化するといったDX化は一気に加速すると思っています。そこでは、ツールとアウトソースの掛け合わせがポイントと言えるかもしれません。もう1つは、クリエイティブエコノミーです。生成AIの登場は言うまでもなくクリエイティブの生産や消費や保有等のあり方を一気に変えており、それはクリエイティブにおけるコンテンツだけでなくてセキュリティなどの周辺要素も含め、スケールしていくのではないでしょうか」

宮宗氏と鈴木氏、ともに共通していたのは、投資する際に必ず「人」を見るという点。宮宗氏は大きな志と実行力、鈴木氏は強烈さとチャーミングさを重視している。欲を志に変え、内に向いていたベクトルを外に向けられるかどうかが、成長するための分岐点なのかもしれない。

文:吉田 祐基
写真:小笠原 大介