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カーボンニュートラルの実現に向け、航空業界では持続可能な航空燃料「SAF(Sustainable Aviation Fuel)」の導入に向けた動きが活発化してきている。SAFは、廃食用油、非可食植物、森林の残渣(ざんさ)などを原料に、炭素を循環させながら利用できることが特徴であり、CO2の排出量が多い航空機で実装が進めば、サステナブルな世界に向けた大きな一歩となる。しかし主原料の調達元が多岐にわたるSAFは、サプライチェーンが十分に整備されていないなど、課題も多い。普及のためには業界の垣根を越えたパートナーシップが必要だ。
この現状に対し、“つながり”の力で乗り越えようと挑戦をしているのが、JALグループだ。同グループでは空の移動が結んださまざまな縁に関わる人々にフォーカスし、その“つながり”について想いを語ってもらう「My ENJIN(マイ エンジン)」を始動。
「My ENJIN」の「ENJIN」という言葉には、縁を紡ぐ人「縁人」、原動力を表す「エンジン」、そしてつながりの輪を表す「円陣」の三つの意味が込められている。同グループが提供する移動を通じた“つながり”によって、社会課題や未来の可能性と向き合う人たちが原動力となり、人と人はもちろん、場所、モノ・コトと縁を紡ぎ、多様なステークホルダーと手を取り合うことで、さらなる“つながり”の輪を創出し、広げていく取り組みだ。
AMPでは現在、この「ENJIN」が生み出す、人々の多様な“つながり”の可能性を連載形式で探っている。
連載の第6・7回は、SAFの普及に向けて奮闘している関係者の姿を取材。第6回の主人公は、JAL 国産SAF推進タスクフォース 部長 喜多敦さんと、日揮ホールディングス株式会社 SAF事業チーム プログラムマネージャー 西村勇毅さん、山田陸人さん(以下、敬称略)。SAFの普及を目指す有志団体「ACT FOR SKY」を複数のパートナー各社とともに設立し、取り組みを推進している。「SAFの普及には、パートナーシップが欠かせません。一人一人のアクションは、必ず未来を変えていくはずです」――。3人は何を思い、SAFの可能性を追い求めているのだろうか。
「オールジャパン」で、国産SAF普及の実現を目指す
さまざまな交通機関の中でも、航空機は単位輸送量当たりのCO2排出量が多い乗り物だ。脱炭素に向けた技術的アプローチは航空業界の課題であり、その突破口として期待を集めるのがSAFである。
SAFは原油由来の従来の航空燃料とは異なり、植物が主な原料であることから、生産から燃焼に至る一連のサイクルでCO2の排出を抑えることが可能。JALの国産SAF推進タスクフォースで部長を務める喜多さんは、SAFへのシフトを目指す一人だ。
喜多「世界中で脱炭素への動きが活発化していますが、空を飛行する大型航空機は、エネルギー密度の高い燃料の使用が避けられません。自動車のように電気や水素といった燃料への代替ができず、液体燃料を使い続けざるを得ないというのが、世界共通の認識です。では、現在の化石燃料を置き換えるにはどうすればいいか。その切り札となるのがバイオ燃料に当たるSAFです」
多くの国が目指す2050年のカーボンニュートラルに向け、航空業界は2030年時点のSAF使用量について中間目標を設置している。共有された目標は、使用される航空燃料に占めるSAFの割合を、10%に増加させること。各国で技術開発や投資、プラントの建設が進められているが、欧米と比較するとそれ以外の地域では、商用化も普及の仕組みづくりも出遅れている状況だと、喜多さんは課題視している。
喜多「SAF導入には、先進国が途上国のCO2排出量削減もカバーするという考えが基底にあり、欧米では国の支援の下で急速に推進されてきました。日本では、2021年にJALとANAがSAFの認知と理解促進を目的とした共同レポートを発表しています。翌年には普及・拡大を目指すオールジャパンの取り組み『ACT FOR SKY』がスタートし、官民一体での活動が盛り上がり始めたところです。SAFは世界的に供給量が不足しているので、国産SAFの実装が急務となります。そのためには多くの企業と連携することが必要です」
ACT FOR SKYには、現在国産SAFのサプライチェーンを構成する多くの企業が参画している。その旗振り役を務める一社が、日揮ホールディングスだ。次に、同社のSAF事業チームに所属する二人から、国産SAF商用化への道のりを聞いていく。
原料調達がカギを握る、SAFのサプライチェーン
SAFという言葉が日本で注目されていなかった2019年、西村さんは海外駐在から帰国した。ヨーロッパで普及し始めようとしていた「バイオリファイナリー(※)」という概念に触れ、新たな可能性を感じたという。
※再生可能資源であるバイオマスを原料にバイオ燃料や樹脂などを製造するプラントや技術のこと
西村「エンジニア出身の私は、石油由来の燃料を製造するエネルギープラントの設計を担当していました。日本に帰って改めて感じたのは、脱炭素や人口減少を背景に、ガソリンなどの需要が減少していくこと。総合エンジニアリング事業を手掛ける日揮としては、新たなビジネスモデルを模索していました。一方でヨーロッパに目を向けると、バイオマス資源を活用し燃料などを製造する手法が進んでいる。この流れは日本にも到来すると直感し、当社で初となるSAF事業をスタートさせたんです」
国産SAFという新たな試みを始める上では、ゼロからサプライチェーンを構築しなければならない。例えば廃食油からSAFを製造する場合、飲食店や小売店、食品メーカー、ホテル、家庭などが原料供給元に当たり、それらを回収する事業者も必要だ。そして、プラントに運ばれた廃食油からSAFをつくる製造事業者、船などで製品を運ぶ輸送事業者、管理・給油を担う空港を通じて、最終的に航空会社が使用する。幅広いステークホルダーをまとめる上で、日揮が培ってきたプロジェクトマネジメント能力が発揮されるのだ。
西村「さまざまな国・地域で、多岐にわたる事業者とビジネスを行ってきた当社のノウハウを、SAF普及に生かしたいと考えました。製造された燃料を航空機まで運ぶ後半のプロセスは従来の商流と同様である一方、廃食油を集める前半部分は、全く新しい領域です。現在大手飲食チェーンと連携して供給網を整備していますが、エンジニアリングと飲食の連携は、かなりまれな事例といえるでしょう」
同社SAF事業チームの山田さんは、ステークホルダーとのネットワーク形成に奔走してきた。さまざまなバイオマス資源の中でも廃食油は優れているが、一方で課題もあると現況を語る。
山田「廃食油からSAFを製造する技術は確立されつつあり、CO2削減効果と歩留まり率(※)のバランスも良いため、SAFを製造する上で生産効率が良い原料の一つです。本来廃棄される物を燃料にし、排出されたCO2を植物が吸収することで、再び食用油が生成されることから、理想の循環型資源ともいえます。しかし事業系の廃食油は、回収されていたものの多くが海外の SAF製造メーカーなどに買い取られているのが実情です。日本の供給網が完備されていないことが原因でしょう。いち早く国内における地産地消型のサプライチェーンを構築することが求められます」
※使用原料に対する製品の出来高の比率
家庭から出る「廃食油」が、国産化の未来を変える
多くの事業者から排出される廃食油だが、もう一つのカギを握るのが「家庭」の廃食油だ。現在国内の廃食油は年間約50万トンとされおり、そのうち家庭から排出されるのが約10万トン。SAF普及に対するインパクトは小さくない。
山田「家庭の廃食油は回収する仕組みが整っておらず、一部の地域でしかルールが作られていません。自治体の協力を得ながら、日本全体に回収システムを広げていく必要があるでしょう。そのためには生活者の理解が欠かせません。『自分が捨てた油が、自分が乗る飛行機を動かすかもしれない』という意識が広まれば、普及に向け前進するはずです」
西村「事業系の廃食油に関しても、企業連携の行き届きづらい個人経営の飲食店など、より幅広い事業者の協力が必要になります。重要になるのは、機運醸成です。国内で資源を循環させるため、企業、自治体、生活者それぞれが、当事者意識を持って取り組んでいく。そうした流れを生み出すことに、私たちは注力しています」
機運の醸成に向け、JALや日揮ホールディングスが積極的に活動をしているのが「Fry to Fly Project」だ。廃食油を原料に航空機が飛ぶ世界を実現させるプロジェクトで、活動趣旨に賛同する全ての企業、自治体、団体が参加可能。エビフライを航空機に見立てたメインビジュアルが特徴で、楽しみながら資源循環に貢献できる機会を提供している。
喜多「回収のフローが構築されている事業系の廃食油と比べ、家庭の廃食油は未踏の領域ですが、生活者の方々をお客さまとしているJALは、個人にもアプローチしやすい立場にいるので、積極的に働きかけたいと考えています。6月からはFry to Fly Projectに参画する横浜市と提携し、市民の皆さまを巻き込んだ回収活動をスタートする予定です。廃食油の回収方法も、住宅から集めたり、一拠点で収集したりとさまざまで、現時点で正解はありません。試行錯誤を重ねながら、家庭に眠る資源を掘り起こしていきたいと思います」
こうした取り組みの蓄積により、近年SAFはメディアで取り上げられる機会も増えてきている。2030年まで6年となるが、使用する航空燃料の10%をSAFに置き換える目標は達成されるのだろうか。
喜多「SAFは脱炭素のための手段であることから、地産地消があるべき姿です。一方で、2030年の10%の目標に対しては、原料を全て国産で賄うのは難しいといえるでしょう。輸入原料にも頼らざるを得ない状況ではありますが、少しでも原料の国産比率を上げていかなければなりません。そのためさまざまな取り組みに尽力するのが、現在のフェーズだと捉えています」
「SAFがある未来」を当たり前にしていくための“つながり”の力
未来社会に向け加速する、国産SAFのプロジェクト。3人はどのような視点で、今後の挑戦に踏み出していくのか。それぞれの展望を語ってもらった。
山田「私自身、SAF事業チームに配属される前は人事の担当で、1年前まではほとんど知識もありませんでした。しかし今では多くの方々と一つのゴールに向かい、問題意識を共有しながら解決策を模索しています。考え方や状況は立場によって異なり、課題に対するアプローチ方法も多様です。誰もが正解が分からない領域だからこそ、“つながり”の力が重要になるはず。今後もパートナーシップの形成に向け、アクションを起こしていきます」
西村「私が大切にしているのは、本質を見失わないこと。仮に海外からSAFを輸入できても、その輸送プロセスでCO2を排出してしまったり、食糧との競合を起こしてしまっては意味がありません。本質は常に地球環境、脱炭素にあるはずです。そしてもう一つ大切なのは、ユニークなアイデアです。先日SAFを分かりやすく伝えるアニメーションを制作したのですが、エビフライを頭にのせたキャラクターを、小学2年生の娘が楽しげにまねしていました。“つながり”の輪を広げていくためには面白さが必要ですし、アイデアはたくさんの方からいただきたいです」
喜多「航空会社はこれまで、燃料を石油元売り会社からの調達に依存してきました。しかしSAFは、口を開けて待っているだけでは生まれません。会社を挙げてプロジェクトを推し進めなければならない中で、ノウハウがない私たちを支えてくれるのは他領域の方々です。『国産SAFをつくるために、ご協力いただけませんか』と一軒一軒ノックして回るところから始まり、今ではたくさんの方に助けていただけるようになりました。今後もムーブメントを起こす立場にいると自覚しながら、“つながり”の輪を広げていきたいです」
それぞれの得意分野を生かしながらSAFの推進に挑む3人。持続可能な空の旅に向け、未来はどのように変わるのだろうか。小さな一歩から“つながり”が生まれ、さらなる「ENJIN」の輪が広がっていくことに期待したい。
次回連載では、横浜市とJALが実施した廃食油の回収イベントを取材。SAF普及に向け、企業、自治体、生活者の“つながり”が、どのように育まれていくかをお届けする。
取材・文:相澤優太
写真:水戸孝造