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コロナ禍を経た職場環境の変化を契機に、多くの企業がオフィス機能の在り方を模索している。フリーアドレスやサテライトオフィスといった手法はもちろん、健康や学びの機能を強化するケースも多い。最適な職場環境を目指すことは、イノベーションの創出、顧客満足度向上などを通じて企業価値を高めることから、組織と個人の両方において重要化しているのだろう。広がる選択肢の中で、成果を上げるにはどのような環境が有効なのだろうか。
こうした背景の中、顧客満足度を高めるための組織強化・人材育成を加速させるべく、ユニークなアイデアでオフィス機能の再編を図っているのが、株式会社プレナスだ。「ほっともっと」や「やよい軒」を運営する同社は、2023年11月にオフィス編成を刷新。本社はコミュニケーションを重視したオープンなレイアウトとし、社員の業務目的にあわせたワークプレイスを整備するほか、茅場町オフィスには人材育成のための「プレナス大学」や社員用のフィットネスジム「ほっとGYM」など、さまざまな機能が備えられている。
今回AMPでは、同社のオフィス機能再編の狙いとその具体的な取り組みについて、コミュニケーション本部の山村昌慶氏、塩野聡氏へインタビューを実施。社員そして顧客満足度向上は、いかにして実現されていくのか。オフィス改革を起点にひもといていく。
事業環境の変化に対して、意思決定を加速させる「オフィス改革」
持ち帰り弁当の「ほっともっと」、定食レストランの「やよい軒」、しゃぶしゃぶと本格飲茶の「MKレストラン」を展開する、プレナス。国内に約2,800の飲食店を抱えるとともに、スマート農業をはじめとする稲作経営にも挑む同社は、人々の“食”に寄り添うことで成長を遂げてきた。近年は各事業における生産性向上に注力しており、その一環としてオフィス機能の再編を実施。「背景にあったのは、ユーザーや社員を取り巻く環境の変化」と、コーポレートコミュニケーション室 室長の山村氏は語る。
山村氏「お客様の購買行動やライフスタイルは、目まぐるしく変化しています。求められる商品は多様化し、食事に充てる時間帯も幅が広がりました。近年はインターネットによる予約注文など、タイムパフォーマンスを望むお客様も増えています。こうしたニーズに応えられなければ、選ばれるお店にはなれません。一方で、少子化を背景に、人材不足も深刻化。現場は多忙を極める中で、働き方の改革も必要です。一連の変化に対応するためには、バックオフィスの刷新が必要でした」
各店舗はストアマネージャーやフランチャイズオーナーによって運営されるが、商品開発や経営企画、人材マネジメントなどはバックオフィスの役割だ。同社において、これらの機能を担うのは主に東京のオフィスであり、従来は茅場町オフィス、兜ビル、三田ビルが拠点となっていた。それらのオフィスを銀座にある「GINZA SIX」へと移転させ、福岡本社・東京本社の2本社制を廃止することで、本社機能を集約させたのが、今回のオフィス改革の第1弾。さらに茅場町オフィスの一部を改装することで、新たな機能を持たせたのが、第2弾に当たる。
山村氏「私たちにとってオフィスとは、お客様にサービスを提供する各店舗を支えるための場所。刻々と変化するニーズや現場の状況に対応するには、オフィスにいる各部署の社員がアイデアを出し合い、スピーディーに意思決定していくべきです。そうした戦略を落とし込んだのが、新たにリニューアルしたオフィスとなります」
アイデアの創造、コミュニケーションの円滑化、意思決定の加速は、どのような環境で実現されていくのだろうか。
社員間の垣根をなくし、イノベーション創出に挑む銀座本社の役割
東京・銀座にある複合商業施設「GINZA SIX」は、2017年に開業した。低階層はショップやレストランでにぎわい、館内には随所にアート作品を展示。地下には能楽堂が設置されるなど、文化拠点としても機能している。洗練されたデザインが印象的な高階層はオフィスフロアになっており、その8階にプレナスの新たな本社がある。コーポレートコミュニケーション室 リーダーの塩野氏によると、銀座という立地にも意味があったようだ。
塩野氏「銀座は最先端の技術や情報、トレンドが集まってくる街です。当社にとって新オフィスは『時代の変化を捉え、未来を切り開く場』という位置付けなので、最適な場所でした。東京駅からも近いため、全国各地の拠点にもアクセスしやすい環境となっています」
エントランスに入ると、「お米」をモチーフにしたオブジェが来訪者を迎える。オブジェが飾られる棚は、「棚田」をイメージしているとのこと。エントランスホールの壁は、歴史ある工法「版築(はんちく)」が用いられており、独特の風合いを醸し出している。塩野氏によると「食を育む大地の雄大さと優美さ」が表現されているという。そしてひときわ来訪者の目を引くのは、来客用の会議スペースへ向かう廊下にある、巨大なアート作品である。
塩野氏「作品に描かれているのは、『やよい軒』のルーツに当たる西洋料理店『彌生軒』が開業した“明治・大正時代”に始まり、プレナスの前身である『太陽事務機』を創業し、持ち帰り弁当事業に参入した“昭和時代”、本社を移転し、アグリビジネスなど新たな挑戦を続ける“現代”、そして、いつの日か宇宙へ羽ばたき、宇宙のキッチンになることを夢見る“未来”。四つのテーマを4人のアーティストに描いていただき、過去から未来へと至る各時代の思いを、食文化の変遷とともに表現しています」
一方、社員が仕事に励むオフィス部分は、区分けのない開放的な空間が特徴だ。座席はフリーアドレス。窓に面するカウンター席、デスクトップPCが常設された席、スタンディングデスク、ブース型のソファ、カフェスペースなど、細分化された席から自分に合ったワークスペースを選択できる。中央に位置するミーティングスペースは、ガラス張りや壁を取り払ったオープンな空間となっており、「社内で機密にすべきものはない」という考えの下、情報共有が促されているのだ。
山村氏「これまで当社のオフィスは、事業所やフロアで部署が分かれており、“島型レイアウト”に見られるような固定的な設計になっていました。部署が違えば顔を合わせる機会はほとんどなく、コミュニケーションも活性化しません。それをワンフロアに集約し、スピーディーな意思決定を実現させたのが、リニューアルの趣旨です。『打ち合わせで何が話されているか』『隣の人はどのような仕事をしているか』が自然と伝達されることで、情報や社内課題の共有、社員同士の交流、部署の壁を越えたコラボレーションやイノベーションが創出できると考えています。実際に社員からは、『これまで接点がなかった部署の人たちと会話できるようになった』といった声も聞こえてきています」
塩野氏「資料づくりに集中したいときには『集中エリア』、ディスカッションをしながらアイデアを出したいときには『グループワークエリア』と、その日の業務によって場所を選べます。上司との目標設定面談やフィードバック面談の際には『1on1ブース』を、オンライン研修を受講したい際には個室の『フォンブース』を利用することも可能です。働きやすさ、社員の成長を、十分に支援できるよう設計しました」
山村氏「当社では変化する事業環境に迅速に対応すべく、組織改革を頻繁に行っています。固定レイアウトですと、人材の交流や意思疎通がどうしても円滑化できません。また、オンラインでの働き方もコロナ禍以前から取り組んでおり、必ずしも固定の座席だけでコミュニケーションが図られているわけではありませんでした。“座席”ではなく“人”を起点にしたレイアウトこそ、当社の意思決定スピードを向上させると考えました」
オフィス器具のカラフルな色調や大きな窓ガラスが現代的で自由な印象を与えている。また、空間を彩る一つの要素が執務エリアにも設置されたウォールアートだ。これは社員が「食で作る笑顔と感動」をテーマにモチーフを考案し、アーティストが描いて完成させたもの。食に対する個々の思いが、ビジネスに活力を与えているのだろう。
山村氏「新オフィスに設置したアート作品には、社員に豊かで自由な発想を持ち続けてほしいという思いを込めています。ちなみにミーティングスペースの名前は、『から揚げ』『チキン南蛮』などの当社の商品名になっていますが、これも社員のアイデアなんですよ。また、今回のオフィス改革はハード面だけでなく、服装をオフィスカジュアルに変更したり、役職で呼ぶのをやめて『さん付け運動』にも取り組んだりと、ソフト面の改革も行いました。慣れるまでは抵抗があった社員もいたようですが、今ではすっかり定着し、役職に関係なく意見できてこれまで以上にフラットな関係性が築けているように感じます」
育成、健康促進、文化継承を担う、茅場町オフィスの新機能
一方、茅場町オフィスは8階建ての自社ビルになっており、このうち2〜5階をリニューアルした。銀座からも近いため社員は自由に行き来でき、本社が持つオフィスワークの機能と差別化が図られている。
新たに設置されたのが、研修の場である「プレナス大学」だ。最大100人を収容する研修室に加え、動画配信室も配備され、オンラインにより遠隔地からの受講も可能になる。
塩野氏「プレナス大学では、各店舗の運営・管理の基礎からフランチャイズオーナーへの経営指導まで、体系的な研修を提供しています。フードサービスにおいて最も重要なのは、『QSC(クオリティ・サービス・クレンリネス)』です。QSCが向上すれば、顧客満足度が向上し、チェーン全体としてのブランド価値も高まります。このQSC向上のためには、人材の育成が欠かせません。教育体系を再整備するとともに、全国に点在する人材がフレキシブルに受講できる仕組みが必要ということで、プレナス大学を開校しました」
山村氏「加えて当社では現在、フランチャイズビジネスの進化を図っています。一つの加盟法人に、より多くの店舗経営をお任せすることで、当社の経営効率と加盟法人の収益性を同時に高めていく方針です。そのためには、より優秀な経営者、経営指導者を育てなければなりません。フードサービスの生命線であるQSCの向上を図りながら、経営人材を育成する。この両立こそ、プレナス大学の役割なのです」
リニューアルではフィットネススペースとして「ほっとGYM」も新設された。ワンフロアを丸ごと使ったジムであり、全30台のマシンで有酸素運動や筋力トレーニング、ストレッチを行うことが可能。週に数回パーソナルトレーナーが招致され、時間を合わせることで指導を受けられるほか、女性専用タイムも用意されている。
塩野氏「当社の企業理念に“お客様の満足と健康を実現”という言葉がありますが、そのためには私たち自身が健康であることが大切です。自分の体と向き合うきっかけをつくり、健康意識を高めてもらうため、『ほっとGYM』を新設しました。利用者の評判もよく、社員同士で誘い合って参加している人たちもいるようです。コミュニケーションが活性化することで、社員のエンゲージメントにもプラスの効果を与えていると思います」
その他、商品開発を行うテストキッチンも再整備され、機能を充実化させた。本社との良好なアクセスにより企画と実装のスムーズな往復ができるほか、同じフロア内に隣接するスタジオで商品撮影も行えるなど、ビジネスの加速が実現している。
塩野氏「午前に研修を受けて午後は本社で会議をしたり、本社での勤務の合間に『ほっとGYM』で汗を流したりと、働き方の幅も広がりました。商品開発などの日常業務に加え、学びや健康促進などの機能を備えたマルチオフィスであることが茅場町オフィスの特徴ですが、かねてより取り組んできた地域・社会への貢献活動も、一つの大きな役割です」
また、プレナスでは2014年に「Plenus 米食文化研究所」を設立している。茅場町オフィスを拠点に米食文化の継承活動を行ってきた。1階の展示スペース『OBENTO Gallery』は、お弁当や日本の食文化を発信する場として、一般にも無料で開放。また7階から8階へと至る吹き抜け部分には、内閣総理大臣を務め、陶芸家や画家としても活躍する細川護熙氏が描いた『棚田の四季』を設置している。
山村氏「茅場町は明治19年に『彌生軒』が開業した、プレナスのルーツとなる街。当社にとっては『古き良き日本の歴史を継承する』場所です。米作や日本の原風景を感じる『棚田の四季』のもとで、文化資産の見学会やお米に関するワークショップを開催するなど、米食文化の継承に取り組んでいます」
屋上にある「茅場町あおぞら田んぼ」は、地元の子どもたちと一緒に米作りを体験する場となっている。次世代が米文化を身近に感じる機会が、5年間にわたり提供されてきた。
山村氏「当社が運営する全店舗を合わせると、年間で約4万トンのお米を使用しています。これは日本で生産されるお米の約0.5%に当たる量であり、約8,000ヘクタールもの田んぼが必要です。生産現場における後継者不足など、国内の「お米」を取り巻く環境は厳しい状況にありますが、日本人が長年受け継いできた米食文化を途絶えさせてはならないと考えています。米文化の魅力を発信し、未来の世代につないでいくことは、多量のお米を使用する企業の社会的責務です」
オフィスで働く社員から、お客様へ笑顔と感動を届けたい
プレナスが今回実施したオフィス再編は、コーポレートインフラ改革の一つとして位置付けられている。同社が企業理念の中で掲げるのは、「お客様の満足と健康を実現し、人びとに笑顔と感動をお届けし続けることに、チャレンジしていく」。ビジョンとオフィス環境は、どのように連動するのだろうか。
山村氏「オフィス再編に当たっては、特に『人びとに笑顔と感動をお届けする』部分を大切にしました。『人びと』とは当社の事業に関わる全てのステークホルダーですが、もちろん社員も含まれます。社員からお客様へと、笑顔や感動をつないでいくためには、社員自身が働きやすい環境であることが欠かせません。現在、HRM(人的資源管理)改革も同時に進めており、働く環境と人事制度を両軸で改革していくことで、社員のエンゲージメント向上を実現したいです」
激しい変化の中で求められる自由で柔軟な発想。その力を育むためには、オフィスというハード面の整備も重視されるべきなのだろう。同社が進めた人材視点の改革は、私たちにも多くのヒントを与えてくれそうだ。
塩野氏「事業のアイデンティティーに当たる伝統や理念と、変化に対応する革新的なマインド。企業では常に、両方の要素が必要だと考えています。当社の場合、社員に真面目で柔和な人材が多いため、オフィス改革では“自由さ”や“発想力”に軸足を置きました。自由度が高い空間では、社員一人一人が自立し、責任を持って働く姿勢も求められます。新しいオフィスを通じ、主体的にアクションを起こす人材が増えれば、企業全体の成長にもつながるはずです」
オフィス改革を通じて人材の能力を高め、組織の成長力を社会へと還元させるプレナスの姿勢。新たなオフィスからはどのようなサービスが生まれ、私たちの食を支えていくのだろうか。同社の次なる一手に期待したい。
取材・文:相澤優太
写真:水戸考造