未来予想図に必ずといっていいほど描かれてきた「空飛ぶクルマ」。その実現はもう少し先のことと考えている人も多いかもしれないが、実は目前に迫っている。

2024年夏のパリ・オリンピックや25年の大阪・関西万博では、電動垂直離着陸機(eVTOL)の商用運航が予定されており、ドイツのスタートアップ企業「Volocopter」は、すでに製造認可を取得した。eVTOL業界の最新動向をレポートする。

「空飛ぶクルマ」は自動車よりもヘリコプターに似ている。都市部の点と点を結ぶ移動手段として期待されている ©Volocopter GmbH – All rights reserved.

都市部を飛び交う「空飛ぶタクシー」構想

世界各国で開発が進められている「空飛ぶクルマ」は、eVTOLやUAM(アーバン・エア・モビリティ)と呼ばれるもので、自動車よりもヘリコプターに似ている。ヘリコプターのように垂直に離着陸でき、滑走路を必要としないため、都市部の点と点を結ぶ交通網として期待されている。

例えばニューヨーク市では、マンハッタンからジョン・F・ケネディ国際空港まで車だと1時間程度かかるが、eVTOLを使えば移動が10分以内に短縮される見通しだ。過密化する都市部の交通渋滞解消にも効果を発揮するとみられている。

ニューヨークのハドソン川上空を飛ぶVolocopter ©Volocopter GmbH – All rights reserved.

ヘリコプターとの違いは、回転翼(ローター)の数。メーカーによるが、eVTOLには6基以上のローターが付いており、それぞれ個別の電動モーターが駆動するため、細かい動きの調節が可能になるほか、騒音を軽減できる。また、化石燃料を使わずに運航できるため、環境への負荷も小さい点がメリットとして挙げられている。

ドイツのVolocoputerは、eVTOLの「VoloCity」と合わせて、そのインフラとなる「VoloPort」や「VoloHub」といったステーションも開発中。こうしたポートの間を行き来する都市型エアタクシーとして、eVTOLを活用する考えだ。

また、日本でeVTOLを開発しているスタートアップ企業「SkyDrive(スカイドライブ)」は、「日常の移動に空を活用する未来」をビジョンに掲げており、将来的にはオンデマンドで予約すると、自動運転でユーザーのところに空飛ぶクルマが迎えに来る、という構想を打ち立てている。

「VoloCity」は設計・製造認可を取得、パイロット訓練も

そんな空飛ぶクルマが今年からいよいよ商用化される。Volocoputerは今年2月29日、VoloCityの製造について、ドイツの連邦航空局LBAから製造認証(POA)を取得したと発表した。

同機はすでに19年に設計認証(DOA)を取得しており、世界で初めてPOAとDOAを両方取得したeVTOLとして注目を集めている。これにより、VolocoputerはVoloCityの自社設計・製造に対する権限を獲得し、同機はプレシリアル製造段階(連続製造の前段階)に入った。さらに型式証明を取得すれば、顧客に製品を納入することが可能となる。

VoloCityには9個の充電式バッテリーが搭載されている ©Volocopter GmbH – All rights reserved.

VoloCityは、パイロット1名、乗客1名の2人乗り。18個のローターが付いており、100個以上搭載されたマイクロプロセッサーと最新鋭のアシスタンスシステムが機体の高度やバランス、離着陸を制御する。

部品の合理化でコストが抑えられているほか、機体のメンテナンスや修理が容易にできる設計となっている。1回のフル充電での航続距離は35キロメートル、最高巡航速度は時速110キロメートルだ。

今年3月にはLBAからパイロットの飛行訓練許可も得た。年内の商用化に向け、LBAとの協力でVoloCityの飛行訓練プログラムの作成に取り組むという。

世界のメーカーが開発競争、エアバスもプロトタイプを発表

今年3月には、フランスのエアバスもeVTOL「CityAirbus NextGen」のプロトタイプを発表した。同機は4人乗りで、固定された翼に8基の電動ローターが付いており、小型飛行機に近い形状となっている。航続距離は80キロメートル、最高巡航速度は時速120キロメートル。今年後半には初飛行を目指している。

エアバスの「CityAirbus NextGen」プロトタイプ ©Airbus Helicopters 2024 Christian Keller

同プロトタイプのお披露目とともに、エアバスはeVTOLのシステムテストに特化したドイツのテストセンターも発表した。同センターへの投資はエアバスの長期戦略の一貫で、同社のeVTOLへの本気度を示すものとして注目される。同社はCityAirbus NextGenのほか、6基のローターで駆動する1人乗りのeVTOLも開発中で、同機の航続距離は50キロメートルとなる見通しだ。

米カリフォルニア州を拠点とする「Joby Aviation(ジョビー・アビエーション)」の「S4」も4人乗りのeVTOLだ。NASA(アメリカ航空宇宙局)との共同で、騒音を極力抑えることに注力しており、23年11月にはニューヨーク市でタクシー飛行のデモンストレーションを実現させた。

トヨタ自動車が出資するほか、デルタ航空とも提携しており、現在はニューヨーク市の港湾当局や同市経済開発公社と、運航や空港でのインフラ開発について、話し合いを進めているという。同社は25年の商用運航を目指している。

Joby AviationのeVTOLプロトタイプ ©Joby Aero, Inc.

一方、日本のスカイドライブが開発する「SD-05」は3人乗りで、12基のローターが付いている。最大巡航速度は時速100キロメートル。21年に国土交通省に商用機体の型式申請を行い、現在はJAXA(宇宙航空研究開発機構)の施設で実験を行い、機体の安全性や環境適合性の証明活動を開始している。

世界のeVTOL市場は中期で200~300億ドルへ

世界各地で開発が進む「空飛ぶクルマ」は、どの程度の市場規模が見込まれるのだろうか?グローバルリサーチ会社の「マーケッツアンドマーケッツ」は22年の調査で、同市場が30年までに234億ドル(3兆6,100億円)に達すると予想している。また、カナダとインドに拠点を置く「プレセデンス・リサーチ」の22年の調査によると、世界のeVTOL市場は32年までに約358億ドル(5兆5,300億円)に達する見通しだ。

スカイドライブの最高開発責任者(CDO)、Arnaud Coville氏は現在、世界の人口の75%が都市部に集中していることを指摘。東京の地下鉄は1日に700万便、タクシーは3万5,000台に上ることを挙げ、「その一部がeVTOLに移行するだけで、何年もの生産を支えることになる。これは東京だけの話で、世界に目を向ければどれほどの市場規模があるか想像してみてほしい」と述べている(スカイドライブのホームページより)。ただ、現在はまだ人口密度の高い地域でのヘリコプター運航が許可されていないことに言及し、「eVTOLの導入には、政治的支援がカギとなる」との見解を示している。

VoloCityはパリの後、シンガポール、ローマ、NEOM(サウジアラビアの計画都市)でもeVTOLによるタクシーサービスを導入する予定。© Volocopter GmbH – All rights reserved.

今年夏にパリで開催されるオリンピックでは、Volocopterが早速「空飛ぶタクシー」サービスを提供する予定。また、25年の大阪・関西万博でも万博会場と会場外のポートを結ぶルートで、空飛ぶクルマの有料運航が予定されている。

大阪・関西万博については、すでに23年2月に協賛企業も発表されており、ANAホールディングスとジョビー・アビエーションが「S4」、日本航空(JAL)が「VoloCiry」、丸紅が英「Virtical Aerospace(バーティカル・エアロスペース)」の「VX4」、スカイドライブが「SD-05」を運航する予定。Volocopterはすでに、大阪・舞洲のヘリポートでプロトタイプ「Volocopter2X」の試験飛行を実施した。

上記以外にも、米ゼネラル・モーターズ、カリフォルニア州拠点の「Archer Aviation」、フロリダ州拠点の「EVE Air Mobility」、バーモント州拠点の「BETA Technologies」などの企業がeVTOL市場に参入しており、今年から26年にかけてサービス投入を目指している。競争の激化も予想されるeVTOL市場で、どこがキープレーヤーとなっていくのか、今後の行方に注目したい。

文:山本直子
編集:岡徳之(Livit