アラブ首長国連邦(UAE)は、今年の3月下旬、中央銀行デジタル通貨(CBDC)戦略の第1段階を2024年中頃に完了する見込みであることを発表した。この段階は、ホールセール型、リテール型におけるCBDCの概念実証作業が含まれる。

この第1段階には3つの主要な柱があるという。第1の柱は、国際決済銀行(BIS)と香港、中国本土、UAE金融当局、タイの中央銀行がクロスボーダー決済と複数CBDC取引を研究するmBridgeプロジェクトのソフトローンチ。第2の柱は、インドとの双方向CBDCブリッジの概念実証作業、第3は国内のホールセール型、リテール型CBDCの概念実証作業である。

これらの作業を今後12~15カ月で完了する予定としている。この取り組みには、UAEのクラウドプラットフォームG42 Cloudと、ニューヨークのブロックチェーン企業R3が技術プロバイダーとして関わっていることを明らかにした。

ドバイ首長国の都市ドバイ

この発表の2カ月前の1月下旬、UAEは初のデジタル通貨として、中国へ5,000万ディルハム(約20億円)のクロスボーダー送金を実施した。送金は先述のmBridgeプラットフォームを使用。mBridgeは、世界最大のCBDCであるデジタル人民元の中国が参加し、かつ主導する国際CBDCプロジェクトである。

香港金融管理局(HKMA)の余偉文(Eddie Yue)総裁は、昨年9月、中国の独立系非営利の金融専門シンクタンクのプラットフォーム「中国ファイナンス40フォーラム」が開催した金融サミット「Bund Summit」の基調講演で、“mBridgeは段階的に商業化の道を拓くことを目指す”と伝えた。その通りに着々と実現されている。

本稿では、世界経済で最も注目されているCBDCとは何か、CBDC導入により、どのような効果を生み、どのような影響が考えられるのかを探ってみたい。

CBDCは法定通貨

まず、CBDCの概要を簡単に述べる。CBDCは各国の中央銀行が発行するデジタル通貨である。法定通貨であること、中央銀行の債務として発行されていることから、その価値は国家に裏付けされており、大きな価格変動が起きない。この点が、仮想通貨と大きく異なる。

さらにCBDCと現行の電子マネーの違いを言うと、電子マネーは現在の法定通貨が単にデジタル化されたものであり、消費者と店やサービス業者との間の決済が行われた後は、取引銀行と電子マネー事業者の取引銀行の口座間で「資金移動」が必要になる。

クロスボーダー決済だと、国際銀行間通信協会(SWIFT)を通じた国際送金に多額の手数料がかかるうえ、1行または複数の銀行を経由する必要があり、支払い経路も長い。CBDCには現行のお金の背後にある移動などは必要ない。

CBDCのメリット

次に、CBDCの利点をホールセール型、リテール型に分けて述べてみたい。

ホールセール型とは主に銀行などの金融機関同士の取引や金融市場における決済に使用されるCBDCのこと。金融機関間の決済システムにおける効率性や透明性の向上、決済の速度や信頼性が高まるとされている。クロスボーダー決済においては、外国為替や国際的な証券取引、および国際送金の効率化に新たな機会を開く可能性があると言われている。

リテール型は現金や銀行貯金を補完するもので、個人や企業が中央銀行が発行した電子マネーを利用して支払いを行う。国内通貨で表記され、現行の法定通貨と交換も可能。また消費者は銀行口座を必要とせず、商業銀行の貯金とは異なり信用リスクを負う必要もなくなるという、リスクフリーの通貨となる。

ホールセール型、リテール型ともに最大のメリットと言われているのが、国家側では紙幣や貨幣の製造、流通、管理が削減でき、取引履歴を記録することが可能なので、透明性が高くなり、マネーロンダリングや脱税などの防止になることだ。

国民側は、銀行口座を保持する必要なしに決済サービスが利用できること、お金の紛失、盗難のリスクが軽減されること、そして国家、国民ともに決済に伴う手間と時間が削減できることだ。

世界の経済・勢力図を変えるのか?

筆者が住むオランダは、2023年の決済のうちキャッシュレスは80.1%(現金19.9%)と、キャッシュレス先進国なので(Dutch Payments Association資料より)、紙幣・硬貨なしの生活にすっかり馴れきっているが、前述したようにCBDC導入はお金を触る・触らないという次元の差異ではない。世界の経済・勢力図を変えるかもしれないのだ。

経済の変化を想像してみよう。CBDCの導入により、資金が従来の商業銀行の預金から中央銀行への預金に切り替えられ、商業銀行の資金の減少することで融資の削減が発生、結果として経済全体に損害を与えるリスクがあると言われる。また、取引情報を閲覧できる設計にした場合、その情報が政府によって追跡、監視される可能性があり、政府の力が大きくなるのではという懸念もある。

また、国際的な勢力図を変化させる可能性も無視できない。冒頭に上げたUAEでのニュースで分かるように、CBDCを強力に推し進めているのは、中国をはじめ、インド、タイなど今後も成長が見込まれる国、そしてすでに実施しているバハマやジャマイカ、ナイジェリアなど新興国であることだ。

新興国ではCBDC導入は銀行口座を持たない国民への金融包摂を挙げているが、米ドルへの依存から脱却も大きな要因になっている。中国も人民元の地位を向上させ、国際経済における中国の影響力を高めたいとしている。

また、米国とEUから経済制裁を受けているベラルーシでは、従来の金融取引以外の選択肢としてCBDCを加速させたいとしている。実際、米国議会も、mBridgeの構想が、経済制裁を回避する隠れ蓑として利用される懸念を表明している。ロシアの中央銀行もまた、デジタルルーブルの開発に取り組んでおり、エルヴィラ・ナビウリナ総裁は特に中国との国境を越えた支払いの手段としてmBridgeの価値に興味を示していると言われている。

アメリカのシンクタンクである大西洋評議会(Atlantic Council)が発信しているCBDCトラッカーによると、2024年3月末現在、追跡している134の国/CBDCの状況は、ローンチ3カ国、パイロット段階36カ国、開発段階30カ国、リサーチ段階44カ国、活動なし17カ国、中止2カ国となっている。そして、以下を主な動向として挙げている。

●BRICSの創設メンバーであるブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカは、CBDCのパイロット段階にある。新しいメンバーのうち、サウジアラビア、イラン、UAEもまた、クロスボーダーのホールセール型CBDCの可能性を探っている。BRICSは昨年以来、積極的にドルに対抗する代替支払いシステムの開発を推進

●ウクライナ侵攻とそれに続くG7の制裁措置の結果、ホールセール型CBDCの開発が倍増。現在、mBridgeを含む13の国境を越えるホールセール型CBDCプロジェクトがあり、そのうちのmBridgeは、今年中にさらに11カ国に拡大する予定

●世界最大のCBDCプロジェクトである中国のデジタル人民元は、交通、医療、原油の購入までさまざまな場面で使用されており、今や25の都市で2億6,000万のウォレットに届いている。2024年のパイロットでは、海外観光客の利用を最適化し、国境を越えた使用拡大に焦点を当てている

●アメリカではリテール型CBDCが遅れをとっており、G7諸国の銀行とのギャップが広がっている

この動向を読むにつけ、CBDC導入前と後では、全く違う世界になってしまうかもしれないと強く思った。

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit