コンテンツが多く、チャネルが急増する昨今、デジタルチャネルを通じたマーケティング予算が世界中で拡大傾向にある。広告の費用対効果を推し測るのが難しい一方で、今まで以上に、ROI(投資収益率)を測定・把握することが重要な課題となっている。

そんな中、今年2月、企業向けにホリスティック・マーケティングアトリビューションのプラットフォームを提供するアレンビック社が、シリーズAで1,400万USドル(約20億円)の資金調達に成功したというニュースが飛び込んできた。このラウンドは、ドリームワークス・ピクチャーズ社の創業者の1人、ジェフリー・カッツェンバーグ氏が共同設立したベンチャーキャピタル、WndrCoが主導した。

アレンビック社は、「フォーチュン」誌が選ぶトップ500社のCMOがこぞって、最も難しい課題だと声をそろえるROIの正確な測定ができるソフトウェアを開発。同じく「フォーチュン」誌のトップ200社のうちの、ヘルスケア、テクノロジー、金融、エンターテインメントの分野の企業にROI測定の方法として選ばれるまでに成長している。

米国のテクノロジー系のウェブサイト「ベンチャービート」によれば、アレンビック社のテクノロジーは、カッツェンバーグ氏に「世界を変える可能性を秘めている」と言わしめるほど、期待されている。

世界の広告費全体の60%近くを占めるデジタル

電通グループは、「世界の広告費成長率予測」を昨年12月に発表した。世界58市場をカバーする同報告書によれば、今年の広告費は330億USドル(約5兆円)拡大し、7,528億USドル(約110兆円)に達する見込みだ。これは広告業界にとって前年比4.6%増に相当し、2.7%増という昨年のペースを大幅に上回る。

デジタルは上昇基調を辿り、今年4,426億USドル(約65兆円)に達し、世界の広告費全体の58.8%を占めると予想され、ほかのチャンネルの追随を許さない。昨年初めて6.3%と一桁成長へと鈍化。今年も6.5%増が見込まれ、向こう数年間はこの傾向が続くと予測されている。

しかし、デジタルが今後も世界的に広告費増加の主な原動力となることには変わりはないという。今年はさらに271億USドル(約4兆円)が投じられることになりそうだ。

今年は、米国大統領選挙、オリンピック、UEFA欧州選手権などが開催される。これらの主要イベントは広告主にとり、大きなチャンスとなり、投資の増加にも拍車がかかると予想される。

電通のグローバル・プラクティス・プレジデント、ウィル・スウェイン氏によれば、オーディエンスが受け取る広告量の増加を踏まえ、より効率よく広告効果を産み出すことへの関心がかつてないほど高まっているそうだ。より多くのブランドがROIを最大化し、有効なアテンションエコノミー・ツールを活用しようとしていると言う。

ROI測定にGoogleアナリティクスを使う企業は約55%

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デジタルマーケティング・エージェンシーであるウェブFX社は、500人以上の企業経営者に、今年デジタルマーケティングをどう行う予定かをインタビューしている。

デジタルマーケティングのROIをどのように測っているかを尋ねたところ、Googleアナリティクスを使っている人が54.8%と圧倒的に多かったそうだ。Googleアナリティクスを中心にし、ソーシャルメディアダッシュボードや顧客からのフィードバックなどの情報も併せて、ROIを測っているという。

ウェブFX社のマーケティング・オペレーション・ディレクター、ダン・シェイファー氏は、これらはROI測定に適しているとしながらも、追跡に使用するデータが正確かどうかを疑問視する。

顧客からのフィードバックだけから全容を把握するのは難しく、顧客関係管理(CRM)ソフトウェアで用いる営業部からのデータは一貫性を欠くかもしれないと指摘する。同氏が、ROIを正確に測定するために採用を薦めるのは、「マーケティングテクノロジー(マーテック)」だ。

効率的なマーケティング戦略に不可欠なマーテック

マーテックは、効率的・効果的なターゲティング、顧客獲得、顧客維持などのマーケティングを行うためのツールを統合したテクノロジーのことだ。そして、マーケティング戦略を効率的に管理および改善するために使用するツールとテクノロジーのコレクションを「スタック」という。

ウェブFX社の調べでは、マーテックスタックを一部、または全面的に構築していると答えたのは、企業経営者の48.8%。その一方で、残りの51.2%はまだ構築していないか、まったく構築する予定がないという。

ROIは、一般的に単独のソフトウェアやプラットフォームだけで正確に測定することは不可能だ。スタックで収集したファーストパーティデータを使用し、すべてのツールが情報を連携すれば、最も重要なタッチポイントにすべてを結びつけることができる。そうして初めて、確実なROIの割り出しが可能になる。

コロナのコンタクトトレーシングを取り入れた、アレンビック社のソフトウェア

カッツェンバーグ氏は「ベンチャービート」に、ブランド・マーケティングに毎年莫大な資金が費やされる一方で、ほとんどの場合、ROIを証明するような確たるデータが見当たらないと指摘する。アレンビック社は、この問題の解決策を産み出した。同社が開発したソフトウェアで、マーケティング施策の成果を正確に測定できるようになったのだ。

同社のソフトウェアは、コロナが世界的に大流行した際に開発された、コンタクトトレーシング数学をマーケティング・アトリビューションに応用している。顧客の全てのデータ・チャネルと営業データを絶えず分析し、オムニチャネル・マーケティングと営業活動全体のシグナルをほぼリアルタイムで特定する。そして、シグナルをコンバージョンと収益に関連づける。これによって、何が収益の原動力となっているかが可視化されるというわけだ。

このソフトウェアは、利用者にさらなるメリットも提供している。例えば、テレビ、ラジオ、ポッドキャスト、視聴率、ニュース/PRなど、独自のサードパーティメディアデータを、顧客のファーストパーティデータと組み合わせることで、顧客は今までになかった見識を得ることができる。

「ソーシャルブロードキャスト」は、ソーシャルインフルエンサーキャンペーンがもたらす真の効果を示し、オーディエンス開拓に役立つ。「ソーシャルインパクト」はソーシャルメディアへの投稿のライフサイクル・ライフタイムバリューを経時的に分析。長期間ユーザーを引き付ける投稿、そうでない投稿を区別する。

新しい「レコメンデーションシステム」は、チャネルパフォーマンスの変化を瞬時に明示してくれる。そしてコンバージョンを増加させるための新しいテストアイデアを提示してくれる。

メディア投資の目標到達度を20%改善した顧客も

アレンビック社のソフトウェアを導入している顧客には、米国の半導体メーカー、エヌビディア社、レース用・クルージング用ヨットの世界的なトップセイルメーカーであり、アパレルブランドである、ニュージーランドのノース・セール社、米国のテキサスA&M大学の陸上競技部などがある。

また社名は出さないものの、アレンビック社は昨年、ソフトウェアが効果を上げた3社を紹介している。

金融業者である顧客は、自社ブランドに関するメディアの会話の密度を追跡し、メディア投資の目標到達度を20%改善。マーケティング効果を最大化している。

高級小売店である顧客は、新しいソーシャルメディア戦略を導入。フォロワーの年齢を約12歳下げることに成功し、同店の市場サイズを拡大し、売上を向上させた。

ある大学の陸上競技部である顧客は、どのようなコンテンツが視聴者の心に最も響くかを理解することで、ファンベースとのつながりを2倍にし、エンゲージメントを高めることができた。

アレンビック社の顧客、エヌビディア社の創業者兼CEOであるジェンセン・フアン氏は、自社のマーケティング部は、アレンビック社のソフトウェアを利用し、大きな成功を収めていると話す。AIを導入することで、企業はこれまで不可能だった方法で生産性を向上することができると絶賛する。

一方、このラウンドの投資に参加したリキッド2ベンチャーズのマネージング・ディレクター、ジョー・モンタナ氏は、マーケティングROIを予測するために利用可能な最先端の数学とAIを適用することで、アレンビック社も顧客も勝者になると確信しているという。

アレンビック社は、1,400万USドルの資金を、エンジニアリングを専門とする人材の強化、製品ラインアップの拡大、顧客獲得の加速に充てる計画だという。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit