高齢化に伴う担い手不足が深刻化する農業。食料安定供給は国民生活に直結する課題であることから、農業再生はさまざまな角度から推進されてきた。こうした流れから、企業型経営を取り入れた農業生産法人が浸透するなど、新たな動きも活発化している。経営体の拡大は耕作放棄地など地域課題の解消にもつながる一方で、事業者に高度なノウハウが求められるため、乗り越えるべき課題が多いのも事実だ。

この変革期において、新たなソリューションに挑んでいるのが農林中央金庫を含むJAバンクである。金融機関としての知見やJAグループのネットワークを活かす形で、2021年度より「担い手コンサルティング」を実施。農業者の所得増大を目指し、生産性向上や販路拡大など、コンサルティングを展開している。

今回AMPでは、担い手コンサルティングのインパクトを解明すべく、農林中央金庫福岡支店の鈴木 康介氏、実際にコンサルティングを受けた株式会社Y.Kカンパニーの本田 和也氏を取材。日本の農業における所得向上は、いかにして実現されていくのか。現場の事例から未来像を紐解いていく。

農業法人が直面する経営課題と、担い手コンサルティングの誕生

高齢化が深刻なものとなり、年齢を理由に離農する農業者が全国で増えるなか、手放された農地を引き受けるのが、地域の中核的な農業法人だ。その経営は意欲的な若手をはじめとした農業者によって担われているケースも多く、また一部には売上が数億円を超える大規模な法人もある。しかし同時に、新たに経営に踏み出す上では課題も生じる。

農林中央金庫が2024年2月に実施した「日本の農業の持続可能性に関する意識調査」では、農業経営を継続していく上で課題に「直面している」と回答した農業者の割合は65.2%にのぼった。その課題としては、「生産コストの上昇」「後継者不足」、「販売価格の安さ」があげられた。また、経営課題を解決するために必要な要素としては、「農業労働力の派遣や人材確保の支援」「農業機械や設備のレンタルサービスや、これらの導入に向けた助成などの金融支援」「農業技術やノウハウの研修・情報提供」といった要素があげられており、第三者支援のニーズが浮き彫りとなっている。

こうした状況を間近で見てきた鈴木氏(以下、敬称略)は、農業法人が抱える課題について次のように語る。

農林中央金庫 食農法人営業本部 福岡支店 営業第一班 主任 鈴木 康介氏

鈴木「農業者のみなさまが、必ずしも経営のプロであるわけではありません。営農のノウハウが豊富でも、中長期的な事業計画や労務・財務管理といった“ヒト・モノ・カネ”にまつわる視点が十分ではないケースもあります。そうしたなかで経営体だけを拡大すると、過剰投資に陥ったり、生産物を管理しきれなかったりと、結果的に収益減につながってしまうこともあります」

こうした現状を打破しようと動き出したのが、JAバンクだ。JAバンクは、JAグループのなかで信用事業(金融事業)を担っており、組合員の相互扶助を基底に活動を行うJA、都道府県の連合会組織である信用農業協同組合連合会、全国金融機関である農林中央金庫から構成される。そして、JAバンクは、JAグループが持つ総合事業の強みを活かすべく、「担い手コンサルティング」を始動。農業者の所得向上を目標にコンサルティング活動で支援している。

鈴木「JAでは各組織が、営農経済、共済、信用など、さまざまな事業を総合的に展開しています。このいわゆる“総合事業”を最大の強みとして、全国の農業者の経営課題を解決していくのが、担い手コンサルティングです。経営分析や経営者のヒアリングを通じた課題の洗い出し、具体的なソリューションの提示、営農指導員による現場でのサポートなどを、トータルで展開できることが、新たな価値だと考えています」

注目すべきは、全国金融機関である農林中央金庫が旗振り役となって、JAグループで金融機能を担うJAバンクが主体的に取り組んでいることだ。金融機関ならではの経営・財務分析のノウハウから、現場課題にアプローチすることが可能になる。

鈴木「私たち金融機関の基本的な使命は、集めた預貯金を貸し出す金融仲介機能です。しかし実際の取引では、経営課題にまで踏み込んだアドバイスを行う役割も求められており、農業経営体の大規模化とともにそのニーズは顕著になっています。地方銀行さんが地域活性化のためにさまざまな活動をされているように、農林中央金庫もJAグループの強みを生かした“広義の”金融仲介機能に踏み出すべきだという想いから、担い手コンサルティングに取り組んでいます」

担い手コンサルティングでは、具体的にどのようなソリューションが提供されているのだろうか。次に、鈴木氏が担当したY.Kカンパニーの事例から、農業の現場を見ていこう。

生産・販売・財務の観点から、最適なソリューションを導く

Y.Kカンパニーのほうれん草のビニールハウスの様子

本田氏(以下、敬称略)が代表取締役を務める佐賀県唐津市の農業法人・Y.Kカンパニーは、2011年に設立された。先代が営んでいた柑橘類の栽培を引き継ぐ形でスタートしたが、その後、水菜、ほうれん草、小松菜などの葉物野菜に軸足を置くようになった。ハウス栽培と露地栽培をコントロールしながら通年栽培を行い、売上規模は数億円にのぼる。

株式会社Y.Kカンパニー 代表取締役 本田 和也氏

本田「地域にとって必要とされる組織をつくっていきたいと、作付面積を拡大しながら、従業員も増やしてきました。現在の従業員は27名までになっています。残念ながら唐津でも高齢農家の離農は進んでいるため、地元産業を維持したいという想いから空いた土地の活用も進めているところです」

規模拡大や取扱数量の増加に伴い、設備をはじめとした投資も必要となる。Y.Kカンパニーでは資金調達について農林中央金庫に相談。これがきっかけとなり、2022年度に担い手コンサルティングの取り組みがスタートした。

鈴木「融資および出資を受けるご検討をされていた本田さんを後押ししたいと、担い手コンサルティングをご提案しました。生産、販売、財務の各面から足元の経営状況を把握した上で、改善に向けたソリューションをご提案し、一部は実施され始めています」

まず生産面では、取扱量増加に対する手狭な出荷調整施設、圃場・ハウスごとの生産性の大きな差、一部のハウスにおける発芽率の低迷、季節ごとの作業量の偏りなどが課題として整理された。特にハウスごとに生産性のばらつきがあったことは、今回の分析により明確になったようだ。

本田「当社は約100棟のハウスを保有しているのですが、生産性の差が激しいことは、肌感覚ではわかっていました。立地によって日照時間が異なるなど、環境的な側面も大きいのですが、一番の差はハウスの構造です。一口にハウスといっても、生産物に応じた適切な構造があり、当社では一部、柑橘類向けのハウスが残っていたのです。柑橘類向けのハウスは、当社が主力とする葉物野菜には向かないこともあり、その差が担い手コンサルティングによって改めて数値で示され、売上に換算できたことで、現実的な改善策が必要だと改めて実感させられました」

鈴木「定量的な分析は、私たち金融機関が得意とする領域です。農業者さんが感覚で把握していたところをデータで示し、適切な経営判断の材料にしていただきたいと考えています。今回のソリューションとしては、既存の柑橘類向けハウスを葉物野菜向けに建て替える、水撒きのムラを低減させる灌水設備を導入するといった内容を、数値的効果とともに提案しました。ハウスの建て替えは今期に行われ、収益の改善が見込まれています」

一方、販売面で課題化されたのは、売上高が特定の取引先に偏っていることだった。他は取引額の少ない小口販売も多かったことから、新規販売先の確保、既往取引先への販売拡大が解決策として共有された。

本田「主要取引先への販売量を減らさず、他社への販売を増やすことで、バランスをとる方向に舵を切る方針です。取引先別の売上高は集計していたのですが、農林中央金庫さんにデータを渡し、散布図で可視化していただくことで、注力課題が明確になりました。今後は散布図として可視化するための計算式などを共有してもらい、自社でも集計ができるよう整備したいです」

そして財務面では、相談当初の課題であった規模拡大を見据えた財務基盤の安定に向けた提案が行われた。手元現預金の水準向上を目指し、短期資金枠開設による運転資金調達がソリューションとして提案されたほか、アグリビジネス投資育成株式会社による出資が行われ、自己資本の増強が実現した。

本田「今後の設備投資に対し、自己資本が手薄であることが判明したため、農業法人への投資を行うアグリビジネス投資育成の協力を得ました。円滑な審査通過が実現できたのは、農林中央金庫さんのサポートのもと事業計画を精緻化したからでしょう。アグリビジネス投資育成はJAグループと日本政策金融公庫の共同出資により運営されていますが、こうしたネットワークを活用できる点も、担い手コンサルティングの強みだと感じます」

現場課題を可視化する、JAのノウハウと定量的データ分析

今回提案された各ソリューションは、今後段階的に着手されていく予定だ。コンサルティングを受けた結果、「異なる視野を事業に取り入れられたこと」が、最大のメリットだったようだ。

本田「定量的なデータ分析や外部からの出資など、自分の知らない情報を提供してもらえる点に、担い手コンサルティングの価値を感じました。設備投資を実施するにあたり融資・出資の両面を検討することは、農業界でもそう多くはないケースですが、それを一般企業に置き換えて考えるならば、基本的なスキームです。自社の成長を実現させるためには、リスクとチャンスの双方に鑑み、数値的な根拠に基づく判断を行わなければなりません。それは資金繰りだけでなく、組織づくりや人材育成でも同じこと。これからの農業法人は外部との連携が求められると感じました」

鈴木「Y.Kカンパニーさんは生産や販売における自社データが豊富だったので、いかにそれを整理し、定量的に可視化するかに注力しました。例えば、ハウスごとの生産性の差が明確になれば、平均値以下のハウスを洗い出して要因分析が可能ですし、全体を平均値まで底上げするという、具体的なゴールを設定できます。自然と対峙する農業は不確実性も伴いますが、特定された課題においては、全国のJAグループに蓄積された豊富なノウハウを結集することで、有効な改善策の提案に努めています。各事業者さんの状況に応じながら、一つひとつの課題に適切なソリューションでアプローチしていけば、収益向上は実現できると考えています」

担い手コンサルティングは全国のJAバンクで2021年度に186、2022年度に301、そして2023年度現在、約300の担い手のもとで取り組みが進行している。JAグループならではの部門横断型のソリューションにより、すでに収益向上を実現している事例も多い。

鈴木「例えば、農業界には反収(※)という生産性を示す指標があるのですが、農林中央金庫の分析により、『反収の割に生産性コストが高い』という課題が現れた事例がありました。特に肥料代がボトルネックになっていたため、JAの営農経済事業の担当者から、植物由来の低コストの肥料を提案。この肥料の利用によってコスト減、環境配慮の2つを実現した形になります。こうしたソリューションは“オールJA”の好例です。今後、担い手コンサルティングの案件が増え、成功事例が積み上がればさらに精度の高い提案も可能になるでしょう」

※田畑1反(約10アール)当たりの作物の収穫高

所得向上の先に、持続可能な日本の農業がある

農業者の所得向上を掲げ、精緻な課題分析と適切なソリューションを提供する担い手コンサルティング。生産性や収益は農業法人の維持に欠かせない要素だが、最終的にはどのような意義をもたらすのだろうか。

本田「現代農業において大きな課題となっているのが、気候変動や災害への対応です。特に九州では集中豪雨が死活問題となりつつあり、当社も多大な影響を受けました。足元では堅調に利益を上げられる見込みなので規模拡大へと踏み出せますが、豪雨はたった一日で1,000万円を超えるような甚大な損害をもたらします。盤石なリスク管理のためにも、自己資本や設備の安定は重要です」

厳しい状況に陥っても再起を目指すのは、Y.Kカンパニーを支える従業員への思いがあるからだ。「あくまで売上は手段」だと語る本田氏は、個々の成長に対する責任を強調する。

本田「販売店や運送会社と協力しながら、生活者のみなさまに野菜を美味しく食べていただくことで、初めて利益は生まれます。その野菜をつくっているのは従業員ですので、利益は十分に還元したいと考えていますが、お金は個々の夢を叶えるための手段に過ぎません。そのため当社では、従業員に10年後の夢を聞いています。例えば『子どもを大学に入れる』といったプライベートの目標も立派な夢。そこには所得向上が必要であり、利益のためには個人と会社の成長が必要になります。みんなが安心してお金を稼げるようになれば、農業従事者も増え、地域も活性化するのではないでしょうか」

農業を金融の面からサポートする側に立つ鈴木氏もまた、収益や所得の先にある社会的意義を見据えている。

鈴木「持続的な農業のためには、担い手を増やすことが欠かせません。所得が一つのベンチマークとなれば、そこに魅力を感じた新規参入者も増えるはずです。若い方々をはじめ、農業へ関心を抱いていただくことは、地方格差、食料安全保障、豊かな食文化の維持など、多くの課題解決に向けた最初の一歩となります。今後も農業者の方々が安心して働けるように、最適なソリューションを考え抜いていきたいです」

農林中央金庫が実施した前述の調査では、一般消費者・農業生産者に対して「農業の職業としての魅力を上げる方法」を聞いたところ、消費者・生産者ともに「賃金を上げる」に最も多くの回答が寄せられた。

コンサルティングという視点から、農業の未来を変えていこうとする農林中央金庫、そしてJAバンクの取り組み。所得や収益に正面から向き合うことで、データに基づいた最適解が導かれるはずだ。そして事業を通じて得られる一つひとつの知見が日本全体に広がることで、持続可能な農業が実現していくことを強く期待させる取り組みなのは間違いないだろう。

日本の農業の持続可能性に関する意識調査はこちら