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近年、世界のどこででも気候危機を肌身で感じるようになった。各国政府は2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量ネットゼロ、つまり「実質ゼロ」を目指す。しかし、「ある情報」がなければ、同目標を達成することはできないといわれている。
その情報とは、「軍部からのGHG排出量」だ。民間には抑制の努力が促される一方で、軍によるGHG排出量の報告や削減策は今もって義務付けられていない。ほとんどの国が軍事戦略の漏えいを危惧し、正確な数字の公表をしない。
2022年、各国国防軍から排出されるGHGの量が全世界の5.5%をも占めることが、専門家の試算で判明した。これは、民間航空業界と海運業界を合わせた量より多いそうだ。中でも、排出量の多さで他国の軍部を寄せ付けないのが、同年に4,800万トンを排出している米国。並行して、米国国防総省(DoD)は2022年に「サステナビリティ・プラン」を発表し、2050年までにネットゼロを目指している。
軍部のGHG排出量報告は義務じゃない?
昨年12月、気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)が開催された。最終合意文書には、地球温暖化の主要原因である化石燃料からの脱却について、「公正かつ衡平で秩序ある方法で実現。2050年のネットゼロの実現に重要と考えられるこの10年間で、行動を加速する」という表現で言及されている。
一方で、今回議論される可能性があるとされていた、軍部のGHG排出量算定の義務化についてはさらに先送りになった。1997年の京都議定書や2005年のパリ協定において、軍隊による排出量の報告や削減は義務付けられていない。あくまで任意だ。
たとえ報告書を作っていたとしても、数値などは正確ではないことが多い。科学・デザイン・テクノロジーの倫理的な実践と利用を促進を目的に活動する団体、サイエンティスツ・フォー・グローバルレスポンシビリティ(SGR)のスチュアート・パーキンソン博士は、『ガーディアン』紙に、軍用機の数値は「航空」、軍事技術産業は「工業」といった具合に振り分けられ、容易に軍部の排出量が分からないようになっていると話す。
的を射た目標を掲げるには、正確な排出量測定が不可欠
そんな中、国が掲げるネットゼロの目標に、軍部のGHG排出量を含める国が増えつつある。しかし今まで排出量を測る義務が課せられておらず、同目標からもはずされてきた軍部は、排出量を追跡・把握する能力がまだ他の産業などと比べて未熟だという指摘がある。
武力紛争や軍事活動の環境的側面を監視し、人々の認識を高めるための団体である、コンフリクト・アンド・エンバイロメント・オブザーバトリー(CEOBS)による「ア・フレームワーク・フォー・ミリタリーGHGエミッション・レポーティング」に寄稿した研究者らによるものだ。
この文書は、軍部がGHG排出量を正確に報告するための枠組みを示している。正確な測定法が確立できなければ、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)への自主的な報告の質が下がる。
北大西洋条約機構(NATO)は、昨年7月に気候危機の影響評価をまとめた報告書「クライメート・インパクト・アセスメント」の最新版と共に、GHGの排出マッピングと分析方法を開発したことを発表した。NATOだけでなく、各国政府が独自の排出量の測定法を産み出している。
報告・削減義務がない中での、こうした動きは一定の評価を得ている。しかしまず、測定法に一貫性があり、透明性が高く、確固とした、信頼できるデータ収集法でなくてはならないのは言うまでもない。正確な排出量が把握できなければ、目標を掲げようがないからだ。
5,100万トンという軍部のGHG排出量で世界第2位にランクする米国
2022年の各国国防軍から排出されるGHGの量が全世界の5.5%に上ると試算したのは、SGRのパーキンソン博士らだ。CEOBSのリンゼイ・コットレル氏が、米誌『アトランティック』に語ったところによれば、この割合はアフリカ大陸全体からの排出量を上回ることを意味するのだそう。
米国ブラウン大学のワトソン・インスティチュート・フォー・インターナショナル・アンドパブリックアフェアズが行った「コスツ・オブ・ウォー」プロジェクトによれば、現在、軍部のGHG排出で世界第2位なのが、米国だ。米国国防総省(DoD)は2021年会計年度において、排出量を二酸化炭素換算で5,100万トンと報告している。もし、米軍が国だと仮定した場合、世界で47番目に多い量であり、スウェーデンからの排出量にほぼ匹敵する。
「コスツ・オブ・ウォー」プロジェクトの共同責任者、ネタ・クロフォード氏によれば、1970年代から米軍のGHG排出量は激減しているそうだ。冷戦終結に伴い、海外基地などを閉鎖したことに起因するという。例えば、2004年の排出量は8,500万トンで、2017年の排出量は5,900万トンだった。
クロフォード氏は、オックスフォード大学のモンタギュー・バートン・プロフェッサーシップの国際関係学の教授であり、『The Pentagon, Climate Change, and War: Charting the Rise and Fall of US Military Emissions』などの著作もある、政治学の専門家だ。
消費燃料の多さでは、ダントツの空軍
「コスツ・オブ・ウォー」によると、DoDが排出するGHGの約40%を占めるのが、国内外で所有する建物からのものだという。世界中に約500の基地を有し、そこには56万棟以上の建物がある。
また軍部で消費する燃料の多さは、GHG排出量に直結しており、DoDのエネルギー消費の約70%を占める。平時であっても、訓練を行ったり、移動したり、基地などの態勢を整え、兵器の準備を行ったりする。反対に戦時にはエネルギー消費がさらに増加。GHG排出量も比例して増えるのは想像に難くない。
消費量が最も多いのは空軍で57%。そして海軍26%、陸軍13%、海兵隊4%が続く。空軍の例として、ノースロップ・グラマンB-2を挙げよう。空軍が使用する、無尾翼のステルス戦略爆撃機だ。イラク戦争初日にイラク本国を攻撃したことで知られる。
約9万7,000リットル以上のジェット燃料を搭載し、約1.6kmの飛行に約16リットルを消費。約1万1,000km飛行すると、GHG排出量は250トン以上にもなる。これを、旅客機のボーイング777-300と比較してみる。定員524席のうち利用率65.5%として、羽田・伊丹空港間514kmを飛んだとしよう。その際に排出されるGHGはたった19.2トンに過ぎない。
膨大なGHG排出量を認める米軍の「グリーンな軍部」への取り組み
DoDも、軍部が排出する膨大なGHG量の責任を認めている。2022年、エジプトで開かれたCOP27に米陸海軍の代表者が参加。DoDが気候変動対策を話し合う国際会議に代表団を派遣したのは初めてのことだと、ロイターは伝えている。
参加者の1人、海軍のエネルギー・インスタレーション・エンバイロメントを担当するメレディス・バーガー海軍次官補は、「私たちは議論の一部であり、化石燃料とエネルギーにおいて、排出者であることは確かだ」と話している。
気候危機に対処するために、DoDは複数の計画を立てている。さらに、空軍・陸軍・海軍も各々独自の対策をまとめている。特にGHG排出抑制に関しては、「DoDプラン・トゥ・リデュース・GHGエミッションズ」が昨年4月に発表になった。
DoDが排出するGHGの約40%を占める、所有建物に関しては、エネルギー需要、つまりGHG排出量を削減するために、まずデータの収集・分析を実施。商用電力網への依存を減らし、限られた資金をより有効に活用し、設備の保守・アップグレードやエネルギー効率の改善を行う。
新たな資材、クロス・ラミネーテッド・ティンバーを建物に使用するのも一案だ。これは、板の層を各層で互いに直行するように積層接着した厚いパネルで、DoDは断熱性に優れ、短期間で施工可能である点を評価し、建築に取り入れている。
クリーンエネルギー利用の拡大にも注力する。ゼロエミッションの非戦術用車両フリートへの移行、ネット・ゼロ・エミッションの建物・キャンパス・施設の設立、100%炭素汚染のない電力(CFE)の調達が、これには含まれる。
エネルギー需要を削減し、戦闘能力の強化を図るためにDoDは技術開発を行い、既存のプラットフォームの効率化や新たなプラットフォームの導入を図る。例えば、空軍では、ボーイングC-17グローブマスターIIIの胴体に、「マイクロベーン」と呼ばれる突起を取り付けることで、空気抵抗を下げ、燃料消費を削減する。
テクノロジーを用いて作業効率を高め、消費燃料を抑える。例えば、空軍は、空中給油計画のソフトウェア、「ジグソー」により、タンカーの各出撃を最大限に活用する。以前より少ない航空燃料と航空乗務員で同じ任務を遂行できるようになった。
DoDは化石燃料に替わる、低炭素・無炭素液体燃料といった持続可能な燃料の投資・開発に意欲的だ。例えば、持続可能な航空燃料(SAF)は、軍備やインフラを変更せずにGHG排出量を大幅に削減できる可能性がある。
同時にDoDは軍隊の電化を目指しており、サプライチェーンへの依存を減らしつつ、燃料電池、先進的原子力発電、各所での太陽光発電や風力発電と幅広い選択肢の用意に取り組んでいる。
このように米国をはじめ、一部の国は軍部からのGHG排出抑制に取り組み始めている。一方で2月24日、ロシアのウクライナ侵攻から2年目を迎えた。昨年10月には、パレスチナ・イスラエル戦争が始まった。戦時下で軍部から排出されるGHG量を推し量るのは、データ不足のため難しい。
しかし、平時よりはるかに多くなるのは、一般人の目にも明らかだ。たとえどんなに効率のいいハイブリッド戦車が普及しても、戦争・紛争が起これば、それまでのGHG排出抑制への取り組みは灰燼と化す。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)