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ワイン生産量・消費量ともに世界トップクラスのフランスで日本ワインの試飲会を開いた岩崎元気さん。開催前までの心配をよそに、試飲会に参加した日本からの生産者たちのもとに、フランス人のワインバイヤー、生産者、愛好家らが雪崩の如く訪れ、「私にも!」とグラスが次々と向けられたのだ。
予想を超える来場者数で、用意していたワインが想定より早くなくなり、うれしい悲鳴。この試飲会をきっかけにヨーロッパへの輸入に向けた商談が進んでいるワイナリーも複数あるそう。
試飲会を主催した岩崎さんに試飲会開催に至るまでの道筋を伺いつつ、日本ワインの可能性を探っていく。
- 岩崎元気
- 栃木県出身。東京外国語大学卒業後、ワインの輸入販売などを行うエノテカに就職。東京勤務を経て、長野・軽井沢に異動後、ワイン農家らと交流する中でワイン造りへの気持ちが芽生える。退職し、フランスへ渡り、ワイン造りの基礎などを学ぶ。現在はブルゴーニュ大学に在籍し、国家認定醸造士(DNO)の国家資格取得を目指す。
自分だからこそ、できることを
――まずは試飲会を開こうと思ったきっかけなどを教えてください。
私は2017年にフランスに来てから、これまでにアルマン・ルソー、プリューレ・ロックなどのワイナリーで勤務したほか、現在はブルゴーニュ大学でワイン醸造学を学んでいます。今年の7月に帰国し、その後は醸造家の道を歩む予定です。
日本に完全帰国する前に、自分だからこそできる何かをしたいなと思った時に、日本ワインをフランスに輸出するための土台を作っておきたいと思ったんです。
――なぜ、フランス輸出を思いついたのですか?
現在フランスには日本ワインはほとんど輸入されていません。たとえば私の暮らすブルゴーニュはワインの有名産地の一つで、街にはたくさんのワインショップがあります。でも、これまでに日本ワインは、2種類しか見たことがありません。
日本ワインが置かれにくい理由はいくつかありますが、そのうちの一つはこれまではフランスでは地元のワインしか飲まない傾向が強かったからでしょう。例えばブルゴーニュの人はブルゴーニュのワインしか飲まない。ボルドーの人は、ボルドーのみ。やっぱり、地元のワインを誇りに思う人が多かったんですね。
それでも、日本ワインがフランス市場に入っていけるチャンスは充分あると思いました。それには2つの理由があります。1つ目は日本ワインのクオリティがどんどん向上しているということ。
そして2つ目は、さっき言ったような「フランス人は自分の地元のワインしか飲まない」という傾向がここ数年で変わってきたように感じていることです。僕がブルゴーニュに来た7年前と比べても、ブルゴーニュにあるワイン専門店に地元以外のフランスワイン、さらにイタリアなどの海外のワインがどんどん置かれるようになって、他の産地のワインに寛容になってきたように思います。
ワイン以外のことを見てみても、もともとフランスでは和食や漫画・アニメといったMade in Japanのものは好まれますし、これは日本ワインが入って行くチャンスだと肌で感じました。
今までのように日本でも希少価値が出ているようなワインを数種類だけフランスに紹介するのではなく、日本全国で多種多様な魅力的なワインが造られていることを伝えるために、ある程度大規模な試飲会にしたほうが日本ワインの現状を正しく伝えられるだろうと考えました。
去年3月ごろから構想を練り始め、知り合いの日本のワイン関係者やフランス在住の日本人たちに相談したら、「こんなイベントやりたかった!」「輸出推進したかったけど、どうしたらいいかわからなかった」と賛同してくれる人が出てきて、大きく胸を張って前進できましたね。
――そこから日本のワイナリーへ声かけを始めたんですね。
そうです。ワイナリーに直接連絡をしました。
でも今回が初開催で、私自身に知名度も実績も無い。さらに渡航費用は各ワイナリー負担だったので、集まるか心配でした。でも最終的に11のワイナリーがブルゴーニュの会場へ実際に来てくださり、その他に21ワイナリーがワインを送ってくれました。
――試飲会は大盛況だったと伺いました。
本当にすごかったですよ。ブルゴーニュの有名ワイナリーの方、ワインショップのプロバイヤーのほか、醸造学を学ぶ学生、ワイン愛好家などおよそ450人が来てくださいました。私たちは当初300人ほどの来場者を想定していたので、74種類も用意していた試飲用ワインが予想を超えるスピードでなくなったので、嬉しい驚きでいっぱいでした。
ワイナリーごとに約180センチの細長いテーブルを用意してサービスをするスタイルでしたが、フランス人たちがそこに波のように押し寄せ、「俺にも飲ませろ!」と言わんばかりにワイングラスを向けていたのが大変印象的でした。
でも正直言うと、開催前は、日本ワインについてフランス人がどういう感想を抱くか不安もありました。このイベントで初めて日本ワインを飲むという人がほとんどだからです。でも、蓋を開けてみたら、彼らはフランスワインとは異なる味わい、香りを堪能し、「本当に美味しい!」と率直な意見を伝えてくれたんです。
このフランス人たちの反応は、参加した日本からのワイナリーにとっても大きな刺激となったようです。
実は、試飲会の翌日と翌々日に、来場した日本のワイナリーの皆さんと一緒にブルゴーニュのワイナリーなどをめぐり、本場の醸造技術を学ぶ視察ツアーもスケジュールに含まれていました。なので、むしろこの視察のほうを大きな目的として渡航し、輸出は全く考えていなかったワイナリーも多かったです。
でも、試飲会でのフランス人たちからの予想以上の好反応を見て、今後輸出する方針に転換したり、中には実際にヨーロッパのインポーターからの引き合いを受けて、輸出に向けた話し合いを始めているワイナリーもあるんです。
確かに、あんなすごい景色を見てしまうと心変わりすると思います。それだけすごかったんですよ。
“日本ワインコンプレックス”はもう忘れよう
今回の試飲会では私自身としても大きな学びとなったことがあります。それは、純粋に美味しいワインを作っていればフランス人にも受け入れられるということです。
ずっと日本ワイン業界にはコンプレックスのようなものがあった気がします。
フランスには数千年のワインの歴史があるのに対して、日本ワインはまだまだ歴史が浅い。また、フランスなどの気候はワイン造りにとって理想的な一方で、ブドウの生育期に雨が多い日本は不利ともいわれてきました。輸出するなら日本独自の品種がいいとか、欧州で好まれる品種じゃなきゃダメ、など色々な意見がありました。
でも今回の試飲会でわかったのは、フランス人たちは、日本ワインらしさとか、自然派ワインとか、そういった括りではなく、純粋に「美味しいか、そうではないか」ということを重視していること。むしろ、日本らしさなどを気にしているのは日本人だけかもしれないとすら思いました。だから醸造家は純粋に「自分が美味しいと思うワイン」を造ればいいのだと思います。
――一方で、フランスなどではワインの消費量が落ち込んでいるとも聞きます。ビジネスとして日本ワインが参入できる余地はあるのでしょうか?
日本でもそうですが、フランスでもワイン離れは深刻な問題となっています。
さらに追い打ちをかけるように、気候変動でフランスのブドウの糖度が昔より高くなりやすくなってしまっていて、ワインにするとアルコール度数が高くなり、酸が弱い味になるんです。すると、食事などには濃すぎるワインとなって、飲まれにくくなる。だから、どうやってアルコール度数を上げすぎないか、どうやってワインの酸を保つか、というのはワイン業界全体の課題になっています。
フランス政府も、ワイン消費の落ち込みを受け、一部の農家に対して、ブドウを抜いてオリーブを植えろ、と呼びかけることもあるほど、ワイン業界は危機に瀕しています。
とはいってもフランスでは以前としてワイン好きは多いです。だから低アルコールワインを求める人が増加しつつあるんです。
そこで声を大にして言いたいのが、日本ワインの出番が来たということです。
日本ワインはアルコール度数が比較的低いんですよね。これまでは、この度数の低さが日本ワインの悩みの種で、かつ、フランスのワインと比べれば香りも弱い、酸も弱い、薄い、なんて言われていました。でも、低アルコールワインを求める動きが出てきた。
さらに、フランスでの食事についても、かつてフランスではバターや脂をたっぷり使う料理が高級とされていましたが、今は素材の味を活かした、ヘルシーな軽めの食事が三ツ星レストランでも出てきます。すると、濃いワインよりも、軽くて素材の味を邪魔しないワインが求められるようになります。そういう点からも、今は日本ワインが日の目を浴びるチャンスのように感じています。
日本ワイン普及に尽力しつつ、ワイン生産も目指す
――そんなチャンスを活かすために、ぜひ試飲会の2回目をやりたいところですね。
もちろんです。すでに次回に向けて動き出しています。
この試飲会を通じて、新たな商機になるだけではなく、日本ワインに対するフランス人の意見を聞くことができたり、日本のワイナリーがブルゴーニュでの視察を通じてワイン造りの技術を発見できたりする。そういったことも、この試飲会の開催意義です。
そして今は、試飲会とは別に、フランスのレストランで、日本ワインのイベントを企画しています。
今回の試飲会は大成功でしたが、来場者は食事をとらずにたくさんの種類のワインを次々に試飲したので、日本ワインの中でも比較的味の濃い特徴があるワインなどが好まれたように思います。でも、もし食事をしながら日本ワインを飲んでいたら、試飲会とは受け取られ方が異なると思います。レストランで食事をしながらでも日本ワインがフランス人に高評価を得られたら、ヨーロッパ進出の可能性をさらに証明できると思います。
そしてさらに期待されるのが、20〜30代の若い日本ワインの造り手です。「日本ワイン第7世代」と私は呼んでいますが、大手ワイナリーでなくても、創業した時点で海外進出が見えている、初めての世代です。
彼らが今回のような試飲会を通じて、海外のレストランやインポーターたちと交流することで、ワイナリーを立ち上げたばかりの若い生産者であっても、実力さえあれば、パリの星付きレストランに自身のワインが置かれるチャンスがあるかもしれません。日本ワインの新しい時代はもう来ているのです。
私自身も生産者として日本でワインを造りながら、フランスでの日本ワインの普及活動を続けていくことをライフワークとしていくつもりです。
取材・文:星谷なな