設立1年で評価額10億ドル、生成AI企業Typeface

産業別、ビジネス機能別ともに生成AIの活用が最も進んでいるのが「マーケティング」領域だ。シリコンバレー拠点のベンチャーキャピタルMenlo Venturesの調べ(2023年11月発表)によると、産業別の生成AI導入率では、広告・マーケティングが10%で最多となった。法律が10%で同率トップとなったが、このほかコンサルティングでは5%、教育で4%、建築・デザインで4%などとなり、広告・マーケティングに比べ導入率は半分ほどにとどまることが判明した。

一方ベイン・アンド・カンパニーの調査(2023年10月)では、ビジネス機能別に見ると、特にB2B企業のマーケティング部門での生成AI活用が顕著に増えている状況が浮き彫りとなった。マーケティング部門で生成AIを活用しているという企業の割合は40%近くに上るという。

マーケティング領域における主要生成AIツールの1つとして名が挙がるのがJasperだ。2020年に米オースティンで設立されたスタートアップだが、比較的早期の市場参入であったため競合は少なく、一定の成長率を維持してきた。2022年10月に1億2,500万ドルを調達、このときの評価額は15億ドルだったといわれている。調達額と評価額においてJasperを超えるマーケティング系の生成AIスタートアップは存在しておらず、現在もこの市場におけるリーダー的な存在となっている。

しかし2022年11月末、ChatGPTが登場したことで生成AIへの関心が爆発的に高まり、さまざまな生成AIスタートアップが登場、各領域では競争の激化を招く結果となった。マーケティング領域も例外ではなく、Jasperを脅かすスタートアップが登場し、すでに大きな影響が出始めている。

Jasperの主要対抗馬として注目される存在がアドビの元最高技術責任者アバイ・パラニス氏が2022年5月に立ち上げたTypefaceだ。2023年6月末にはシリーズBラウンドで1億ドルを調達。セールスフォースが主導した同ラウンドには、グーグル(Google Ventures)やマイクロソフト(M12)などが参加しており、評価額は10億ドルに達したと報じられている。この時点で累計調達額は1億6,500万ドルとなり、Jasperを超えた格好だ。

先行者利益を享受してきたJasperだが、競合の出現と競争激化により成長率が鈍化、2023年9月には評価額が15億ドルから12億ドルに下がったとの報道もある。

Typefaceはセールスフォースをはじめテック大手との提携を進めている。直近では、マイクロソフトのマーケティングツールであるMicrosoft Dynamics 365 Customer InsightsにTypefaceのテクノロジー導入が発表されたばかり。こうした提携により、今後さらにユーザー数を伸ばすものと思われる。

Typeface、ブランドボイスを把握し、コンテンツ生成の基礎に

Typefaceの特徴は、ブランドボイスやブランドカラーを固定した上で、さまざまなコンテンツを生成できる点にある。

テンプレートには、マーケティング用の画像、ブログ投稿用のテキスト、インスタグラム広告、フェイスブック広告、YouTube用のテキスト、ポッドキャスト用のスクリプトなどマーケティング向けのものに加え、求人広告用コンテンツやセールスメールなど、人事や営業向けのテンプレートも用意されており、幅広い用途で利用することが可能だ。

基本的な使い方のステップ1は、ブランドボイス/カラーの設定から。企業や組織の「about us」ページのURLをインプットすると、Typefaceは、そのページ情報からブランドボイス/カラーを分析し、抽出してくれる。

たとえば、AMPメディアの「ABOUT AMP」や「MEDIA GUIDE」ページを読み込ませてみると、以下のブランドボイス/カラーが抽出された。ブランドボイスにおけるValueには、「Innovation(イノベーション)」「Entrepreneurship(起業家精神)」「Collaboration(コラボレーション)」の3つ、またTonesには「Inspiring(インスパイリング)」「Inclusive(インクルーシブ)」「Dynamic(ダイナミック)」の3つのキーワードが抽出された。このほかにもブランドルールや画像スタイルのルールを追記することもでき、細かなカスタマイズができるようになっている。現時点では、日本語の入力に対してもアウトプットは英語になってしまう点には留意が必要だ。

これらのブランドボイス/カラー/ルールに関する情報は、各プロジェクトで生成されるコンテンツのスタイルを規定するために用いられることになり、ブランドの一貫性を保つことができる。

ブログ生成などの基本的なテンプレートはJasperと似たところではあるが、1つのコンテンツを他の形式に変換する点では、よりスムーズなユーザーエクスペリエンスと評価できるかもしれない。たとえばYouTube Blendのテンプレートは、YouTubeの動画内容を解析し、ブログやフェイスブック用のコンテンツに自動変換してくれるもので非常に便利だ。使い方もYouTube動画のURLを入力し、どの形式に変換するのかを入力するだけ。プロンプト次第では、さらに細かな調整もできる。

Typeface、ビジュアル面での強み

ビジュアルコンテンツの生成が簡単である点もTypefaceの特徴といえるだろう。

ブログ、マーケティングキャンペーンなどでは、ビジュアルコンテンツが消費者の目を引く重要な要素となるが、Typefaceには画像生成機能が組み込まれており、各コンテンツに合わせてプロダクト画像を簡単に変更することが可能だ。

iPhone15の画像を使って実験してみたい。まずアップルウェブサイト上でiPhone15の画像をJEPGとして保存し、それを基本プロダクト画像としてTypefaceに読み込ませる。その際、Typefaceは画像の背景のみを自動で削除してくれる。

iPhone15のオリジナル画像(アップルウェブサイトより)

このプロダクトをどのように表現したいのかをプロンプトに入力すると、Typefaceは4つの画像の生成してくれる。ここでは、1回目の試行として「大理石のテーブル」「東京の夜」などのワードをプロンプトに入力したところ、以下のような画像が生成された。ブログであれば十分に使える水準の画像といえるだろう。

2回目試行では「宇宙」「木星」などのワードを利用してみた。以下の画像が生成された。

画像生成はChatGPTでも可能となったが、マーケティング向けの高品質な画像を生成するには複数回試行する必要がある。それを踏まえると、シンプルなプロンプトで、この水準の画像を簡単に生成できる点は特筆に値する。

Typefaceは自社で大規模言語モデルを開発するのではなく、既存の大規模言語モデルを顧客のマーケティングアセットに基づいて再トレーニングすることで大規模言語モデルをマーケティング向けにカスタマイズするアプローチをとっている。生成される画像品質から同社がこの再トレーニングにおける技術に長けていることが見て取れる。このビジュアル面における強みが市場シェア拡大に寄与することは間違いないだろう。

文:細谷元(Livit