“駆けぬける歓び”を提供し、世界中のエグゼクティブから愛され続けているBMW。そのBMWが、いま世界から熱視線を注がれるピアニスト反田恭平氏と、反田氏が主宰するジャパン・ナショナル・オーケストラのツアー『BMW Japan Presents 反田恭平&ジャパン・ナショナル・オーケストラコンサート』を特別協賛。2024年2月21日(水)に東京のサントリーホールにて開催された。

なぜBMWがこのようなカルチャーマーケティングを行なっているのか——。仕掛け人であるビー・エム・ダブリュー株式会社 ブランド・コミュニケーション マネジャーの井上朋子氏に話を伺い、長きにわたり顧客ロイヤルティを獲得しているBMWが、愛され続ける理由を探った。

潜在顧客とのマッチングを狙う、クラシック音楽会への協賛

反田恭平氏は、2021年に開催された『第18回ショパン国際ピアノコンクール』にて日本人歴代最高位タイとなる2位を受賞し、世界から最も注目されるピアニストの一人。

その反田氏が主宰するジャパン・ナショナル・オーケストラ(以下、JNO)は、団員それぞれがソリストを務められるほどの実力と個性を持った新進気鋭のオーケストラだ。

抽選により600組1,200名を招待したコンサートは好評を博しており、今年で3回目となる。会場前には「BMW 740i M Sport」「BMW i5 M60 ×Drive」「BMW XM」「BMW i7 M70 ×Drive」の4車種を展示。BMWの世界観を体感できる空間へとアップデートされた会場は、BMWの既存顧客に加え、反田氏およびJNOの音楽を味わいたいクラシックファンで埋め尽くされた。

新規顧客開拓を目的とした施策だが、実際にはどのよう反響があったのだろうか。井上氏に伺った。

「たくさんの施策を行っていますが、新規顧客獲得・成約に一番つながっているのがこのコンサートです。富裕層とクラシック音楽のマッチングができているのだと手応えを感じています。通常、招待制のクローズドな催しは6〜7割の入りだといわれていますが、昨年も今年も9割前後となっています。ディーラーのお客様からも『今年はいつやるの?』と問い合わせがあるほどです」

ビー・エム・ダブリュー株式会社 ブランド・コミュニケーション マネジャー 井上 朋子氏

ラグジュアリーブランドへの成長を期待

BMWでは、2021年より反田氏をブランド・フレンドに迎えている。なぜ反田氏に白羽の矢を立てたのか。そこには反田氏の生き様に共鳴したBMWの思いがある。

「BMWではブランドを次世代に継承していく取り組みとして、“ネクストジェネレーション”をキーワードに掲げており、固定観念に捉われずに挑戦する次世代を応援したい思いがあります。そのなかで、反田さんはピアニストに留まらず、指揮を学んだりJNOを創設したりと、多角的に挑戦し続けるパイオニア精神をお持ちです。その姿がBMWの思想と共鳴するためお声かけしました」

反田 恭平氏

こうしたカルチャーマーケティングを行う理由は、スポーティーなイメージが先行するBMWを、ラグジュアリーブランドへと成長させるためでもある。クラシック音楽をはじめ、アートやゴルフなど、富裕層が嗜む領域にアプローチすることで「BMW=ラグジュアリー」と印象づけたい狙いがあるという。

目的を忘れず、継続的に行うマーケティングの重要性

井上氏はBMWに入社する前は広告代理店に勤務し、消費財メーカーを担当。海外勤務も経験するなかで制作の現場からもマーケティングに従事してきた人物だ。井上氏はどのような思いでマーケティングと向き合っているのだろうか。

「マーケティングならば何でもできるタイプの人もいますが、私は自分が好きで思い入れのあるブランドしか携われません。母がずっとBMWに乗っていて、私が最初に運転したクルマもBMWでした。代理店時代も、自分が好きなスキンケアブランドを担当していたんです。興味のある分野や愛着のあるブランドに関わりたい。生きていくなかで接点があるからこそ、情熱を持って取り組めていると思います」

また、井上氏は「目的を見失わないようにしたい。“木をみて森を見ず”のようなことはしたくない」と加えた。BMWでいえば、ラグジュアリーブランドへと成長させる目的、そして“駆けぬける歓び”というコアなメッセージを忘れないように心がけているという。

BMWの国内におけるマーケティング活動の中で比重が大きいのは、今回の特別協賛の目的でもある新規顧客開拓だ。一口に富裕層向けといっても、クルマの価格は400万円台〜2,000万円を超えるものまで幅広くラインナップしており、アプローチ先も異なる。こうしたなかで、井上氏が大切にしているのは「継続性」である。

「どうしても目先の数字に追われてしまいがちですが、継続性を大切にしたいです。長期的な目線を持たないとブランドは成長しません。100年を超えるBMWのブランド認知度は高いと思いますが、そこからどうシェアを拡大し、コアなファンになってもらうか……。それを達成するには継続的な取り組みが必要だと考えています」

体感ベースで顧客ロイヤルティを醸成

“駆けぬける歓び”を感じさせるBMW。井上氏も「運転したら好きになりますよ」と語っているとおり、走りに魅了されてBMWのファンになる人が多いようだが、そのほかにはどういった点に魅力を感じ、顧客のロイヤルティ化が図られているのだろうか。

ドイツ生まれのメーカーとして質実剛健なイメージもあるBMWだが、ブランド・フレンドに起用された反田氏と同様、「BMWはパイオニア精神に満ち溢れている」と井上氏は語る。それは、さまざまなテクノロジーをいち早く市場に導入している姿勢からも見て取れるだろう。例えば、2014年にはEVを量産車として市場に投入し、業界を先導している。

テクノロジーと共にあり進化が求められる自動車業界において、こうしたBMWのパイオニア精神に魅了されているファンも多いのではないだろうか。

BMWの魅力を感じ、そこからコアなファンに進化してもらうために必要なことは、実際にBMWの世界を体感してもらうことにほかならない。「遠回りしているように思うかもしれませんが、体感ベースの施策の方が効果的だと感じています。CMを流すのとは違い、リーチできる人数には限りがありますが、やはり実際にクルマを見て乗ってもらう場を設けることが重要です」

実際にクルマに触れて顧客獲得につなげる意味では、今回のJNOへの特別協賛は、成功事例の一つといえる施策だ。ほかにもBMWの世界を体感できる施策として『BMW日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップ』も開催されている。ゴルフ場内にVIP向けの特設会場をつくり、BMWのラグジュアリーなホスピタリティを体感してもらっているという。

また、BMW 1シリーズの限定車「Fashionista」の発売を記念し、女性ファッション誌『エル・ジャポン』とコラボ。八ヶ岳への宿泊が当たるキャンペーンや、購入者特典としてクリスチャン ルブタンの限定バッグとチャームを贈呈するなど、女性向けの施策も展開中だ。

これらの施策は費用も手間もかかるため頻繁に開催することは難しいだろう。しかし、BMWたる世界観を体感してもらうことは、新規顧客の獲得だけでなく、既存のファンにも「やはりBMWの世界は素晴らしい!」と再認識させることができ、顧客ロイヤルティ化につながる。

そして、今夏には麻布台ヒルズにBMWのラグジュアリーな世界観が体感できる、常設ブランド・ストア『FREUDE by BMW』のオープンを予定。同ストアは、BMWがもたらす歓び(FREUDE=歓び)を創出できる大人の社交場またはコミュニティの場として位置づけ。洗練された空間の中でBMWブランドの魅力を様々なかたちで体感することにより、ブランドをより身近に感じてもらうことを目的としている。このブランド・ストアには、BMWの最新ラグジュアリーモデルが展示されるほか、BMWの世界観と合ったアートの展示やリテール・グッズの販売、カフェ・バー、レストランなども併設するという。

好きと言ってくれる人たちの琴線に触れるコミュニケーション

自動車メーカーは乱立し、車種もたくさんある。そして、店舗・テレビ・紙媒体・ウェブメディア・SNSなどブランドへの接触方法も多様化する時代において、必要とされるマーケティングとはどのようなものなのだろうか。井上氏は「難しい問題だ」としながらも、これまでに大切にしてきた思いのなかに答えを見出している。

「どんな場面においても、ブレないメッセージを発信すること。“駆けぬける歓び”というキャッチコピーを伝え続けるというよりも、その“駆けぬける歓び”を感じ取れるビジュアルや世界観づくりが大切です。万人受けを狙い、選ばれるために姿形を変えるのではなく、すでにBMWを好きと言ってくれる人たちの琴線に触れるコミュニケーションが重要だと思います。そのブレない姿勢に共鳴してくれる人たちが、新たにファンになってくれたら嬉しいです」

顧客のロイヤルティ化は一日にしてならず——。ビジネスの場では目先の数字に捉われて効率を優先し、最短距離での成果を求めがちだが、ファン心理を醸成するには時間を要する。BMWは、長い歴史の中で培われてきたブランド力に奢ることなく、“駆けぬける歓び”というアイデンティティを守りながら挑戦し続けているようだ。

取材・文:安海まりこ