日本でも多くの企業に浸透しつつある、パーパス経営の概念。幅広いステークホルダーに対して自社の存在意義を明示する重要性は高まっており、事業推進やワークエンゲージメント向上においても有効に働くことから、規模の大小を問わず幅広い企業で実践されている。各社のパーパスは多種多様であるが、ユニークな他社の事例から学ぶことも、ビジネスの発想力において重要になるだろう。

セキュリティソリューション「InterSafe」シリーズで高いシェアを誇るほか、DXやセキュリティ、AI、IoTなど、IT領域で幅広いソリューションを展開するアルプス システム インテグレーション株式会社(以下、ALSI「アルシー」)は、2023年11月、自社において初となるパーパスを発表した。掲げたメッセージは、「ITと応えるチカラで、カスタマースマイルを拡げていきます。」だ。競争の激しいBtoBのIT領域において、自社の存在意義を明示するために、パーパスにどのような意味を持たせたのだろうか。

今回AMPでは3回にわたる連載を通して同社のパーパスを掘り下げていく。第1回では、パーパス策定を担った、代表取締役社長の永倉仁哉氏、マーケティング部マーケティング課課長の関梓氏、営業部エンタープライズ営業課の橋本洋介氏を取材。策定されたパーパスの全体像、そして役割について語ってもらう。

成長とともに曖昧となった、企業の輪郭を「パーパス」で明確化

ALSIのルーツは、電子部品と車載情報システムのアルプスアルパイン(設立時の名称はアルプス電気)にさかのぼる。ALSIは、当時普及し始めたパソコンの、製造システムへの導入を模索していたアルプスアルパインにより、システムインテグレーション事業への参入を図ることを目的に1990年に設立された。ALSIはIT需要に応えながら成長し、パッケージ型のソリューションをアルプスアルパイン以外の会社にも展開するようになる。現在は500人以上の従業員を抱える企業に成長した。広い領域でソリューションを展開する同社を、永倉氏は「スーパーマーケット」と言い表す。

永倉氏「“デパート”とまでは言わないものの、扱う商材はかなり多いです。日本初の国産Webフィルタリングソフト(※)となった『InterSafe WebFilter』をはじめ、セキュリティソリューション、企業の基幹システム、ファームウエア、経費精算クラウドサービス、アバターによるAI接客まで、多岐にわたるソリューションを展開しています。親会社のIT部門にいた多彩な人材が移籍し、当社で新規ソリューションを開拓してきた経緯が形になったのでしょう」

代表取締役社長 永倉仁哉氏

ビジネス領域とともに、企業以外にも顧客層が広がっていく。この数年はGIGAスクール構想の下で活発化した教育機関でのICT活用の流れを受け、同社のフィルタリング技術がさらに成長。フィルタリング以外にも、経費精算クラウドサービスや、AI・IoT領域でのソリューション提供、長年培ってきた製造業向けの各種ソリューションのグループ外企業への提供開始など、システムインテグレーターの枠組みを超えるようになった。

永倉氏「チャンスが広がったことはありがたいのですが、同時に何を手掛ける企業なのかが、曖昧になってきました。顧客とのリレーションはもちろん、ブランディングやプロモーション、採用に至る広報活動においてもメッセージを一貫させたいと、パーパスの策定を模索し始めたのです」

それまでも企業メッセージが存在しないわけではなかった。企業理念としては「ALSIはITで社会に貢献し続けるために自ら成長し続け、変化し続けます」と掲げている。また、設立30周年を迎えた2020年には「変化の時代に、進化を求めて」と「あなたの会社を強くする」をメッセージとして公表。しかしステークホルダーが多様になるにつれ、成長や変化といった自発的なメッセージだけでは十分に企業の存在意義を表現できない課題があった。より包括的に従業員一人一人の想いや目標を表現することが、パーパス策定に臨んだ背景にあった。

永倉氏「社会が大きく変化する中で、自分たちの存在意義を明確化し、従業員も共感できるものにしたい。そう考えたのが、パーパス策定を決めた理由です。そのためパーパスづくりのプロセスは、現場のスタッフに一任するようにしました」

こうしてALSIでは、ブランディングプロジェクトを発足。具体的なパーパスの策定・検討を開始した。

笑顔と価値を届ける。事業の先を見据えたALSIの志

ブランディングプロジェクトでは、初めに役員7人と従業員12人へのインタビューを実施。仕事に対する考え、会社や事業のあるべき姿などについて、率直な意見をヒアリングした。対象とする従業員は、各事業部、マーケティング・営業部門、管理・経営企画部門から、中核的役割を担うスタッフを選抜。プロジェクトでリーダーを務めたのは、マーケティング担当の関氏だ。

関氏「多様な職種・階層の人を巻き込み、会社の全体像を把握したいという狙いがありました。パーパス策定を進める上では、インタビュー協力者の一部にワークショップにも参加してもらっています。チームごとにディスカッションを行い、ブレストを行いながら方向性を絞り、パーパスにする言葉を精緻化していきました」

マーケティング部 マーケティング課 課長 関梓氏

同プロジェクトではより広範な声を集約すべく、社内アンケートも行い、回答率は70%を上回っている。一連の活動において関氏は、「多様な意見が集まった分、言語化するのは困難だった」と振り返る。

関氏「つまるところパーパスに求められるのは、『ALSIとはいったい何者なのか?』という問いに対する答えです。しかし実際に一言で表してもらうと、『セキュリティの会社』『AIにも挑戦している』『アルプスアルパインの子会社』と、従業員により考えはバラバラ。部署ごとに担当領域が全く異なるため、無理もありません。個別の業務にとどまらず、包括的な視点から企業価値を深掘りする必要性を感じました」

社内で実施されたワークショップの様子

ブランディングプロジェクトに参加した一人が、営業担当の橋本氏だ。会社の存在意義を言語化する際、顧客企業からの評価がヒントになったという。

橋本氏「当社には、製造業をルーツにしたIT企業という特徴があります。コンシューマーとしての顧客企業の課題感を、身をもって知っているので、対応やサポートにおいて高評価をいただいていました。ALSIならではの丁寧な顧客対応を前面に出すのがよいと考えました」

こうして現場スタッフの意見も取り入れながら、「ITと応えるチカラで、カスタマースマイルを拡げていきます。」というパーパスの骨格が出来上がっていく。ALSIの「真摯な姿勢ときめ細かな技術力」は、「応える」という文言に反映されているのだろう。

関氏「ニュアンス的には皆が同調しても、『寄り添う』『一緒にやり抜く』『愛情』と、実際に言語化してみると、いま一つしっくりこないんですね。抽象的過ぎては個性を打ち出せませんし、具体的過ぎると汎用性が低くなる。一度、メンバー内で『これだ!』という案が出てきたので大盛り上がりしたのですが、検討を進めていく過程で、『それはいまの姿を表したキャッチコピーに過ぎない』と気付き、再検討することになりました。とにかく言葉選びには苦戦しましたね」

このパーパスで特徴的なのは「カスタマースマイル」というワードだ。BtoBの取引が中心である場合、「カスタマーサクセス」といったワードが一般的だが、あえて「スマイル」と表現しているのには、どのような意図があるのだろうか。

橋本氏「当社のソリューションは、社会で生活を営む人々の、さまざまなライフステージに対応しています。セキュリティの各種ソリューションもそうですし、企業のDXを実現すれば、従業員の方々は家族との時間が増えます。また、IoT領域では、高齢者施設を対象とした実証実験を実施するなどしてきました。当社のソリューションを利用する全ての人が笑顔を享受できる仕事をしたい。そんな感覚がメンバーの中にあったんです」

営業部 エンタープライズ営業課 橋本洋介氏

仕上がったパーパス案は、最終的にトップに承認を求めることになる。最初にパーパスを目にした時、永倉氏は社員の強い想いを感じたという。

永倉氏「『スマイル』という言葉に、強い覚悟を感じました。このような表現の定石は『顧客満足度』です。“満足”を飛び越して“笑顔”まで請け負うのですから、『そこまで言って大丈夫か?』というのが実感でした(笑)。しかしチームのメンバー全員が『これでいきたい』というので、私も前向きに承認しました」

社員発のパーパスに触れる機会を増やし、波及させる

現場の思いを言語化して生み出されたパーパス。決定後はステークホルダーへの浸透が重要になるが、社外に公開する前にまずは社内報で永倉氏が社内に発表した。

永倉氏「『カスタマースマイル』と掲げたからには、従業員はこれまで以上に頑張る必要があります。しかし従業員がつらそうな顔をしていては、お客さまの笑顔は生まれません。だから私たち経営陣も、待遇や職場環境がよくなるように頑張る。みんな一丸となって頑張ろうといったメッセージを伝えました」

一方、社外向けの発信においては、パーパスの特設サイトを制作し、オリジナルムービーを掲載。動画は温もりのある演出の中で、会社と社会のつながりが表現されている。販売店やビジネスパートナー企業向けに毎年開催するカンファレンスでは、冒頭の代表あいさつ前にムービーを投影した。

ALSIパーパスムービー

関氏「カンファレンスは地方でも行うため、延べ数百人の方々に動画をお届けできました。またコーポレートサイトのトップページに、パーパスの特設サイトのリンクを設置し、顧客だけでなく、求人応募者などにも伝わるようにしています。新卒だけでなくIT業界内の転職者に好意的に受け止めていただいたこともありました」

策定されて間もないパーパスだが、社外の認知度を高めていくことが、現時点の課題だ。関氏はマーケティング担当として、社外への訴求とともに社内への浸透を進めて波及させていきたいと、今後の抱負を語る。

関氏「従業員においては、例えば事業案内資料やWebセミナーの企画運営担当者に対し、パーパスの動画やキービジュアルを積極的に活用するよう伝えています。特定のソリューションを対象にマーケティング施策を実施しても、部門が異なると全く内容を知られていないケースも、従来は多々ありました。少しでもパーパスに触れ、そしゃくする機会を増やすことで、まずは従業員の意識を変えていけたらと思っています。その上でおのおのが社外でコミュニケーションをとれば、徐々に社会全体にも浸透するはずです。最終的にはパーパスが起点となって会社の認知度が向上するといいですね」

パーパス策定のプロセスが組織力も高める

パーパスを新たに策定し、次なるステップに向け歩み出したALSI。今回の取り組みは、会社にどのようなプラスの影響を与えていくのだろうか。三人に期待する効果を聞いた。

橋本氏「従業員にも笑顔で働く考えが共有されていることは、働く身としても心強いです。会社のためだけでなく、社会とのつながりの中で自分の仕事を意識できることは、日々の業務に打ち込む上でも有意義だと思います」

関氏「今回のパーパスは、もともと従業員たちが実感値として持っていた考えです。それを言語化できたのが成功だったと思います。皆がすっと受け入れてくれるから、おのずとマーケティングやブランディング、事業成長につながるのではないでしょうか」

永倉氏「仕事がうまく進まない時でも、パーパスにより目指すべき方向を思い出し、モチベーションを高めたり、アウトプットを良くしたりしてほしいです。そのように機能することで、組織全体の力が底上げされるのを期待しています。今回のプロジェクトで私が口出ししなかったのは、会社全体で目指すべき方向性を、自分たちで決めてほしかったからでした。パーパスの中身はもちろん、それを考えるプロセスにも、大きな意義があったのではないでしょうか」

以上、ALSIのパーパス策定ストーリーを見てきた。トップダウンではなく、現場の声を集約することで、多くの従業員が納得できるパーパスが生まれるのだろう。次回の記事では、同社で働く従業員へのインタビューを通じ、「応えるチカラ」や「カスタマースマイル」がどのように実践されているかを見ていく。

【ALSI パーパス特設サイト】
https://www.alsi.co.jp/lp/purpose/

取材・文:相澤優太
写真:示野友樹