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人口減少や高齢化が進む地域において、ブランド開発や産業振興、生活支援などに従事する「地域おこし協力隊」。移住を希望する若者が隊員の中心で、その約65%が任期終了後も定住していることから、地域活性化の取り組みとして注目されている。一部には外国人が隊員となり、現地の魅力を海外目線で捉え直すことで、インバウンド観光の新たな価値を創出しているケースもある。
地域を起点とした国際的な交流が促進される中で、移動を通じた“つながり”の可能性にアプローチしているのが、JALグループだ。同グループでは空の移動が結んださまざまな縁に関わる人々にフォーカスし、その“つながり”について想いを語ってもらう「My ENJIN(マイ エンジン)」を始動。
「My ENJIN」の「ENJIN」という言葉には、縁を紡ぐ人「縁人」、原動力を表す「エンジン」、そしてつながりの輪を表す「円陣」の三つの意味が込められている。同グループが提供する移動を通じた“つながり”によって、社会課題や未来の可能性と向き合う人たちが原動力となり、人と人はもちろん、場所、モノ・コトと縁を紡ぎ、多様なステークホルダーと手を取り合うことで、さらなる“つながり”の輪を創出し、広げていく取り組みだ。
今回AMPでは、この「ENJIN」が生み出す、人々の多様な“つながり”の可能性を連載形式で探っていく。
連載の第1〜5回は、鹿児島県・奄美群島の「ENJIN」を紹介。第2回の主人公は、奄美大島の宇検村(うけんそん)の地域おこし協力隊やエコツアーガイドとして活動する、オーストラリア出身のマット・プライドさん。地元の観光体制を充実させるため、現地の案内や取材対応、商品やアクティビティなどのコンテンツ開発に奔走している。「奄美の最大の宝は人。“つながり”が深まるほど魅力も発見できる」――。マットさんが世界に伝えようとする、“つながり”の力を追った。
海外出身だからこそ気付けた、宇検村が持つ無限の魅力
友人の影響で日本に憧れていたというマットさんは、24年前に茨城県へと移住。英会話講師をはじめさまざまな職に就きながら、少しずつ日本語を習得していった。オーストラリア大使館に勤務していたこともあり、離島に関わる業務を知った際、故郷との共通点に関心を抱いたという。
「弟がクリスマス島という小さな島に住んでおり、私自身も南オーストラリアにある人口400人ほどの村で生まれたので、奄美群島に親近感が湧きました。その後、展示会業界で働いていたのですが、当時の社長が宇検村出身の方と出会ったことで、ご縁があり約5年前に奄美を訪れました。村の方々は、おおらかで壁がなく、ありのままの心で接してくれる。そんな人柄が、どこか自分の故郷に通じると感じました」
宇検村は、奄美大島の西南部に位置する、人口約1,600人の小さな村だ。温暖な気候の下で貴重な動植物が群生しており、村内に点在する「集落」というコミュニティーは独自の文化を育んできた。この地の魅力に惹かれたマットさんは、再び訪れたいと思うようになる。
「もう一度、宇検村の人たちに会いたい。そう思っていた矢先に、展示会向けの商品を探す仕事があり、運良く再訪できました。その時、外国人が珍しいということで、地元のラジオに出演したんです。番組内では『俺なら観光をこう変える』と息巻いたのですが、それをたまたま村長が聞いていて、地域おこし協力隊の仕事を紹介してくれました。社長や同僚も後押ししてくれ、奄美への移住を決意しました」
こうして宇検村での生活を始めたマットさんだが、地域おこし協力隊の活動にも、魅力を感じたという。
「宇検村を訪れたら、誰もが再び来たくなる。その理由は、自然や文化だけではありません。おおらかな村人との出会いが、自然・文化への理解を深めてくれるからです。地元には高齢の方が多いのですが、少し話を聞くと、エピソードが幾つも出てきて、次から次へと村の新たな魅力を発見することができます。それは、まるで手品のように驚きに満ちていて、宇検村に観光の可能性を感じました」
同時に、宇検村は高齢化や人口減少など、日本の多くの地域が抱える課題にも直面している。観光促進は、課題解決の糸口でもあったのだ。
「人口が少なくなっているものの、土地の大部分が森林である奄美大島では、地元でできる仕事も限られています。お店や宿泊施設での雇用を広げることを考えるならば、観光による経済効果は大きいです。ただし、大切なのは持続可能な観光業にすること。無理やり人数を増やしたり、自然を壊して施設を建設したりすることは、地元の人は望んでいません。そこで、外国人である私が着眼したのは、ありのままの魅力を伝えることでした」
地域おこし協力隊として、課題解決に踏み出したマットさん。実際にマットさんの“外国人視点”は、村の魅力を引き出すことになる。
地元のオープンな人柄を世界へ。地域おこし協力隊として伝えたい想い
地域おこし協力隊としてのマットさんには、主に三つのミッションがある。「観光」「地域創生」「英語教育」だ。
「観光ではツアーコースづくりを中心に、そこで必要な道やバス路線の整備、観光マップの作成を行います。地域創生では、地元食材を生かしたカレーの商品化を進めてきました。生産者が販売できない規格外のエビやパパイアを活用したり、自分で狩猟免許を取得して地元の猟師さんと一緒にイノシシを捕ったりと工夫を重ねています。学校での英語教育補助は、子どもたちの将来の選択肢を広げるための施策。村民みんなが英語をしゃべれるようになることで、外国人観光客の対応にもつなげたいと考えています」
2021年に世界自然遺産に登録された奄美大島は、国際的にも注目を集めている。外国人観光客への対応は大きなタスクだが、「地元の人のオープンな人柄を、そのまま伝えることがポイント」というのが、マットさんの考えだ。
「奄美の人々は相手に対して壁をつくらず、外国人に対してもオープンに接します。最初は“キャラが濃い”のだと思ったのですが、実はありのままの自分を出しているだけなんですね。なので、皆さんの人柄を全面に出すのがベストだろうと考えました」
そんな現地の人に出会える場が、集落だ。隣り合う集落でも風習が異なることもあり、不思議な多様性に魅せられる観光客も多い。
「宇検村だけで14の集落があるのですが、方言一つとっても少しずつ違います。例えば、『グロッチャ(ハブのこと)』という10人程度しか使用しないといわれる言葉もあって、これはとても不思議なことです。一人一人の話を聞いていくと、村全体が物語の塊であることを実感できるのですが、それは観光の視点においても魅力的です。ツアーコースづくりでは複数の集落を巡るようにし、少しでも魅力が伝わるようにと、地元の人々と話をしながら観光マップを作成していきました」
マットさんの配慮は、細部にも生かされている。バス停は日本語と英語を併記するだけでなく、集落ごとに異なっていたデザインを、共通のフォーマットに統一。豊かな自然が映えるように、配色はあえて白黒にした。一方でバスの車体は宇検村のカラーを基調にすることで目立つようにし、他の自動車と一目で区別ができるように装飾している。
「常に意識しているのは、住民の皆さんの生活を大事にしながら、『長く続けられる観光』をつくることです。集落によって観光客の受け入れに対する考えも異なるので、一つ一つに配慮することは大切です。そしてもちろん、自分自身が楽しむこと。魅力や安全性をより高めるため、ツアーで巡るスポットには50~100回足を運びますが、毎回異なる発見があり、それを再びツアー企画に生かしています。村の人からは『遊んでいるのか仕事をしているのか分からない』と良い意味で言われることもありました(笑)」
自らが体験して育んだ、観光がもたらす世界と奄美の“つながり”
観光促進や地域創生に励むマットさんを、村の人々も信頼しているようだ。「自分自身もありのままの姿で接したことで、島に溶け込むことができた」と、マットさんは語る。
「情報を発信する上では、インターネットやソーシャルメディアの活用が欠かせませんが、投稿をする際には必ず自分の足でネタを集めています。村の人々とのコミュニケーションも対面を重視し、メールは極力使いません。地場産業なども自分で体験し、リアルな姿と向き合うように努めてきました。やはり顔を合わせ、体を使うコミュニケーションは、人間関係においても大切だと感じます」
ツアーコースづくりのプロセスにおいても、集落の人たちとの“つながり”を重視してきた。企画したツアーを展開する前に、地元の人と一緒にコースを巡る機会を設けているのも、その一環だ。
「『ちょっとマット!』という名のアクティビティ体験では、海上をボードとパドルで進むSUP(サップ)などを使って自然の魅力を紹介する企画を、皆さんに体験してもらいました。一緒に回るとさらに発見があるので、ツアーにもプラスになるんですね。そうした“自然と生まれるつながり”が、実際の参加者にも伝わるのだと考えています」
奄美に移住して3年。マットさんの地道な活動は実を結び、外国人と地元の人との“つながり”も増えている。
「以前、村を訪れたイギリス人をレストランに案内したのですが、その店の娘さんが外国や英語に興味津々だったんです。するとイギリス人の観光客が、『もし本気なら、いつか2週間くらい、私たちのところに来てみないか』と住所を渡してくれて、娘さんは大喜び。私が通訳の立場だったのですが、次々と質問が上がって話が盛り上がり、うれしい気持ちになりましたね」
“移動”という手段を通して、本当の体験を提供
地域おこし協力隊に着任して間もない頃、マットさんはJAL奄美営業所の社員と出会っている。その“つながり”も、かけがえのない出会いだったと、マットさんは振り返る。
「『Kyushu Weekender』という外国人向け情報誌の取材対応があったのですが、当時の私は右も左も分からない新人。そこに地元出身であるJALの栄さんが協力してくれ、外国人に打ち出せるスポットやアクティビティをピックアップしてくれたんです。丁寧な言葉遣いで、思いやりがあり、人に対し真摯に接する栄さんの姿勢に、多くのことを学びました。栄さんは本土にいた経験もあるため、客観的に奄美を見ることができるのでしょう。その後、何かやりたい時は『栄さんに相談しよう』『JALと一緒にやろう』と考えるようになりました」
そんなマットさんは、飛行機がもたらす“人の移動”について、どのように考えているのだろうか。
「生活手段としてはもちろん、人間と人間をつなぐ役割を持っていると思います。今は情報だけなら世界中から入手できますが、奄美の本当の面白さは、いくらインターネットで調べても分からないでしょう。情報の先にある魅力は、人とのリアルなコミュニケーションから生まれます。私自身、一人では何もできませんが、顔を合わせる“つながり”があったからこそ、いろいろなことにチャレンジできました。そうした“つながり”の基幹を担うのが、JALさんです。私もこれから、より多くの外国人が奄美と“つながり”を持てるように、頑張っていきたいです」
奄美の人々、日本人では気が付かない魅力を、海外の視点で発見する。マットさんが果たす役割は多くの“つながり”をもたらし、持続可能な観光という形で、次世代の地域社会へと受け継がれていくのだろう。奄美を起点に世界中で「ENJIN」が生まれることを期待したい。
取材・文:相澤優太