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マーケティングにおける生成AI利用が拡大
2023年の一大トレンドとなった「生成AI」。社会経済を大きく変革するといわれ、巨額の投資資金が生成AI市場に流れ込んだ。
ただし、ガートナーがハイプ・サイクル理論において生成AIを過剰期待のピークに位置付けるなど、期待が過度に膨れ上がった状態というのも事実といえるだろう。
より正確にいえば、生成AIに対する期待と実際のインパクトのギャップが産業やビジネス機能ごとに異なっており、まだ生成AIのユースケースを特定できず、フル活用に至っていないケースが大半であるということだ。
それでも、2023年中に生成AIのユースケースを特定し、大きな変化を起こしている領域はいくつか存在する。
その1つが「マーケティング」だ。コンテンツ生成や広告コピー生成に特化した生成AIプラットフォームへの関心が高まり、企業のマーケティング部門での導入が増え、実際に効果をあげているのだ。
生成AIは、画像、音楽、動画などさまざまなコンテンツを生成することができるが、最も得意とするのはテキスト生成。マーケティングとの相性が良く、生成AIを活用するマーケティング部門やマーケターが加速度的に増加している。
このことは、さまざまな調査で確認されており、今後さらに洗練されたユースケースが登場する公算が高まっている。
企業の最高マーケティング責任者、生成AI活用に積極的
たとえば、ボストン・コンサルティング・グループが2023年6月に発表した調査レポートよると、企業の最高マーケティング責任者(CMO)のうち、実際に生成AIをマーケティングオペレーションで利用していると回答した割合は、70%に上ったことが明らかになった。また、生成AIツールを試験的に利用しているとの回答は19%だった。
この調査は、2023年4月に、北米、欧州、アジアの8カ国における複数セクターのCMO200人を対象に実施されたもの。マーケティングオペレーションの中でも、特にどのような用途で生成AIが活用されているのか、その状況も明らかになった。
最も多い用途は、パーソナライゼーション(67%)だ。金融分野では、生成AIが顧客データを分析し、リスク選好度を割り出し、パーソナライズされた投資アドバイスを提供。またリテール分野では、ハイパーパーソナライゼーションにより、消費者の購買意欲を駆り立てる取り組みなどが実施されているという。
次いで多かったのは、コンテンツ生成(49%)。文章生成自体は、ChatGPTなど一般向け生成AIツールでも可能だが、マーケティング分野に特化した生成AIプラットフォームを活用するケースが増えている。その多くは、マーケティング用のテンプレートを備えており、担当者のリサーチやコンテンツ生成に要する時間を大きく削減することが可能だ。
このほかマーケティング分野では、市場セグメント化(41%)などで生成AIが利用されていることが浮き彫りとなった。
同様にセールスフォースが実施したマーケター1,000人を対象にした調査(2023年9月)でも、51%のマーケターが生成AIを利用していると回答。また、22%が今後すぐに利用する予定と答えており、3分の2のマーケターが何らかの形で生成AIを利用/利用予定であることが判明した。
現時点の生成AI用途としては、コンテンツ生成(76%)とコピーライティング(76%)が多かった。一方、多くのマーケターは、今後生成AIによる影響が、市場データ分析、パフォーマンス分析、マーケティングキャンペーン用のセグメント分析、配信用コンテンツのパーソナライズ、SEO戦略の構築・最適化などにも波及すると考えていることも明らかになった。
マーケティングにおける主要な生成AIツール
実際これらの企業では、マーケティングオペレーションにおいて、どのような生成AIツール/プラットフォームを利用しているのか。
英語圏においてはこの数年、JasperやCopy.aiなどが人気を博していたが、新規参入もあり、選択肢は増えている。
現時点の市場リーダーとなるのは、2020年に創業された米国オースティン拠点のJasperだ。現在の評価額は15億ドルといわれており、他をリードする存在となっている。
Jasperが提供するのは、生成AIを活用したマーケティング担当者向けのライティング支援ツールだ。
その特徴の1つとして挙げられるのが広範なテンプレートとフレームワーク。これらのテンプレートとフレームワークを活用することで、担当者のプロンプト入力作業を大きく短縮することが可能となる。
テンプレートには、ブログ投稿、ソーシャルメディア、広告コピー、Eメールマーケティング、ウェブサイトコンテンツ向けのものが用意されており、最低限の情報を入力するだけで、生成AIがコンテンツを生成してくれる。
たとえば、ブログ投稿テンプレートを用いると、見出し、イントロダクション、本文、結論などブログ記事の各セクション向けの文章を生成することが可能だ。また、盗作チェック機能やブログ記事のSEO機能などもあり、人間が行うと多大な時間を要する作業を大きく短縮することができる。
マーケティングコンテンツの作成においては、マーケティング理論のフレームワークが用いられることが多いが、Jasperでも、AIDA(注意・関心・欲求・アクション)やPAS(問題提起・感情の揺さぶり・解決策の提供)などよく使用されるフレームワークのテンプレートを使うことができる。商品名や簡単な説明を与えるだけで、これらのフレームワークに沿った文章を自動で生成する。
Jasperの既存競合としては、Copy.aiやWritesonicなどがあるが、生成AIを活用しつつ、テンプレートやフレームワークを提供している点では概ね同じ。ただし、テンプレートの種類や豊富さ、カスタマイズの度合い、言語サポートに関して若干の違いが見られる。また価格やプランにも多少の差異がある。
Jasperの月間契約におけるTeamsプランの価格は125ドル、クリエイタープランは49ドル、ビジネスプランは別途問い合わせが必要となる。一方、Copy.aiの月間契約では、Proプランが49ドル、Teamプランが249ドル、Growthプランが1,333ドル、Scaleプランが4,000ドルと設定されている。
Jasperの年間経常収益(ARR)は、2022年に7,500万ドルを記録。2023年9月時点の報道によると、同社のARRは9,000万ドルに達したという。
Jasperが圧倒的な存在感を示す市場だが、アドビの元CTOアバイ・パラニス氏が2022年に立ち上げたTypefaceにも注目が集まっており、今後Jasperにとって脅威になる可能性がある。評価額でも、Typefaceは2023年6月末の資金調達で10億ドルを付け、Jasperに迫っている。
すでに多くのプレイヤーがひしめき合う市場で、Typefaceは、ブランドガバナンスとコンテンツセーフティ・プライバシーに注力することで差別化を図る算段だ。ただし、JasperやCopy.aiなどでも同様ツールが提供されており、今後ユーザーを獲得するには、ユニークな機能や魅力的な価格プランを提示することが求められそうだ。
検索市場の変容とコンテンツマーケティングへの影響
生成AIプラットフォーム/ツールにより、マーケティングのあり方が大きく変化しているが、この先さらに大きな変化が起こる可能性もある。
それは生成AIによる検索プロセスの変容によって引き起こされるものだ。
現在人々が情報を検索する際、ほとんどの場合、グーグルの検索エンジンを利用し情報を得ている。
この検索プロセスが生成AIによって大きく変わる可能性が指摘されているのだ。
一部の人々はすでに、質問がある場合、グーグル検索ではなく、ChatGPTを利用し必要な情報を得るようになっている。グーグル検索では、直接的な回答ではなく、回答が含まれると思われる一連のウェブリンクが表示され、ユーザーは回答を見つけるために、それらのウェブリンクを1つ1つ調べる必要があるからだ。
もし、ChatGPTの回答精度がさらに高まっていけば、グーグル検索ではなく、ChatGPTを利用するケースが増えていき、いずれグーグルの広告ビジネスに大きな影響をもたらすと予想されている。これに伴い、700億ドル近い規模を持つSEO産業が壊滅する可能性も指摘されている。
そのような状況において必要とされるのは、グーグルの検索エンジンに好まれるコンテンツではなく、生成AIが参照したいと思うコンテンツだ。生成AIが進化するにつれ、コンテンツの内容が検証された正しいものなのかを吟味できるようになり、そのようなコンテンツが生成AIによってユーザーに提示されるようになる。実際シリコンバレーのスタートアップPerplexity AIは、グーグルに対抗し、生成AIを活用した「回答エンジン」を開発し、すでに多くのユーザーを獲得している。
マーケティング領域では、今後グーグルSEOに強いコンテンツではなく、生成AIに好まれるコンテンツの重要度が増していくものと思われる。
文:細谷元(Livit)