昨年は人間と自然な対話ができるチャットツール「ChatGPT」の出現で、AIの存在をこれまでより身近に感じた人も多いのではないだろうか。しかし、幅広い知識やスキルを持ち、複雑な問題を自ら解決でき、人間と同等の知的タスクを行える「汎用人工知能(AGI: Artificial General Intelligence)」は未だ実現していない。
そもそもAGIは、実現可能なのだろうか?さらに、AGIが人間の能力を超える日は来るのだろうか?だとしたら、その時期はいつ頃になるのか――。当記事では、近年活発化するAGIを巡る議論と、最新の調査による専門家の予測を紹介する。
AIは人間の知能を超えられるか?
囲碁や将棋、チェスといった限られた特定のタスクにおいて、AIはすでに人間を超えるパフォーマンスを実現している。しかし、AGIが実現するのかどうかは、現在も専門家の間で議論が分かれている。
「AGIは不可能である」という意見は、主に哲学的な観点から唱えられている。例えば、ニューヨーク州立大学哲学科の上級研究員ジョブスト・ランドグレープ氏と同大学哲学科教授のバリー・スミス氏は、その著書『なぜ機械は世界を支配しないのか:恐怖のない人工知能』(2022年8月)の中で、AGIは数学的な理由から不可能であるとの議論を展開した。彼らによれば、人間の知能は、脳と中枢神経系を含む複雑な動的システムに基づいており、これは数学的にモデル化することができない。
一方、AI科学者の間では「AGIは実現する」との見方が多い。AI研究の第一人者で、トロント大学の名誉教授であるジェフリー・ヒントン氏は、人間の脳の神経細胞を模した「ニューラルネットワーク」に着目し、AIが人間と同じように経験から学習する「ディープラーニング(深層学習)」に関する先駆的な研究を行ってきた。
同氏は、今年5月のBBCによるインタビューで「彼ら(AI)は現時点では私たちより知的ではないが、近いうちにそうなるかもしれない」と言及。「現在、(AIは)推論という点ではまださほど優れていないが、単純な推論はすでにできる。進歩の速度を考えれば、状況はかなり早く改善されると予想する」と述べ、権力者による悪用などのリスクに警鐘を鳴らした。
また、カリフォルニア大学バークレー校のコンピューターサイエンスの教授であるスチュワート・ラッセル氏は、「機械による“読解(reading)“は起こる。機械は人間がこれまでに書いた書物をすべて読むようになり、人間よりも先を見通すことができるようになる。私たちが囲碁で見てきたように」と語っている。
シンギュラリティは近い……
AGIが実現するという見地に立つとして、それはいつごろ実現すると見られているのだろうか?
AGIからは別個で生まれた概念だが、自ら考え、自らを改良し続けるAIが生まれる時点は、「シンギュラリティ(技術的特異点)」と呼ばれている。1950年代にすでに生まれていた概念だが、1990年代に入って数学者で作家のヴァーナー・ヴィンジ氏が発表した『訪れる技術的シンギュラリティ』という論文で議論が深まった。
2005年には、アメリカの発明家・起業家・未来学者であるレイ・カーツワイル氏がその著書『ポスト・ヒューマン誕生―コンピューターが人類の知性を超えるとき』の中で、シンギュラリティを「人工知能が人間の知能と融合する時点」と定義し、それは2045年に訪れると予測した。半導体の性能が18カ月で2倍になるという「ムーアの法則」と、情報技術の進歩が指数関数的に加速するという「収穫加速の法則」(一度新しい技術が開発されると、次の技術イノベーションまでの期間が短縮するという概念)に基づき、計算した結果だという。
一方、2022年6~8月にAIが人類に及ぼす長期的な影響を研究している組織「AI inpacts」が専門家を対象に実施した調査(738人が回答)によると、高度な機械知能が実現する可能性が50%に達する時期は、37年後、つまり2059年であるとの予想結果が明らかになった。これは2016年時点に行われた同様の調査から8年ほど短縮しているという。
また、AIに特化した調査・コンサルティング会社の「Emerij」がAI分野の博士32人を対象に実施した2018年の調査によると、シンギュラリティが到来する時期について、24%が「2036~2060年」、21%が「2021~2035年」、17%が「2061~2100年」を選んでいる。過半数が今世紀以内にシンギュラリティが訪れると予想していることになる。
参考:When will singularity happen? 1700 expert opinions of AGI [2023]
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)