マイクロソフト、年次イベントで生成AIへのコミットメント強化を明示

2023年初頭、ChatGPTがリリースされてからの数カ月間、米国メディアは「OpenAI vs グーグル」の構図で生成AI開発競争を報じていたが、2023年末グーグルだけでなくGAFAM全社が生成AI取り組みを加速しており、状況は大きく変化している。

たとえばアマゾンは2023年9月、AWS上での生成AIモデル活用を支援するBedrockの一般提供を開始したほか、OpenAIの主力競合Anthropicへの40億ドル投資を発表。メタもOpenAIのGPTモデルに匹敵するオープンソースモデル「Llama2」やコード生成AIモデル「Code Llama」のリリースを通じて、オープンソースコミュニティにおける存在感を高めている。

また最近まで生成AI関連の報道がまったくなかったアップルも他社へのキャッチアップを開始しており、生成AIの開発に10億ドルを投じる見込みとの報道があったばかりだ。

このように生成AI分野での取り組みを活発化させるGAFAMの中でも、特に強いコミットメントを見せているのがマイクロソフトだ。OpenAIへの巨額投資は周知の事実だが、それ以外にも生成AIに関するさまざまな活動を進めており、生成AI市場における優位性の構築を推進している。

マイクロソフトが生成AIに全力を注ぐというメッセージは、2023年11月15〜16日に開催された同社の年次イベント「Ignite」でも明確に示された。

その1つはAIチップ「Maia」だ。

Maiaは、同社のクラウドインフラAzureでの利用が想定されたAIチップで、生成AIモデルのトレーニングと推論におけるワークロードを担うことができる。同チップの開発にはOpenAIも携わっており、同社サム・アルトマンCEOは声明で、Maiaを活用することでAIモデルの効率向上とコスト削減が期待できると述べている。

現在、生成AIの普及において大きなボトルネックの1つになっているのが高コストだ。OpenAIが開発したGPT-4は、市場で最も優れた生成AIモデルといわれており、さまざまなタスクをこなすことが可能であるが、同モデルを利用するコストは非常に高く、この高コストによりOpenAIも法人営業で苦戦を強いられている状況だ。

AIモデルの開発と推論で用いられるAIチップの不足が高コスト要因の1つになっている。AIチップ市場で独占的なシェアを有しているのがNVIDIAだが、同社のAIチップは非常に高価で、供給不足も相まって価格は高止まりの状況。それが開発・推論コストの上昇を招き、エンドユーザーに転嫁され、OpenAIやマイクロソフトが生成AIプロダクトをスケールするにあたり大きな障壁となっているのだ。マイクロソフトは自社開発によるMaiaを活用することで、生成AIのコストを下げ、ユーザーベースを拡大することが可能となる。

Maiaは来年からAzure上で実装される予定で、すでに第2世代の開発も始まっているという。

コスト削減とOpenAIへの依存度減らすオープンソースモデルへの傾倒も

マイクロソフトは、AIチップ開発だけでなく、他の方法でもコスト削減を進める計画を立てている。

その1つとしてイベントで発表されたのが、オープンソースのAIモデルを活用することだ。

マイクロソフトはクラウドサービスAzureにおけるAIモデルの選択肢に、メタのオープンソースモデル「Llama」とフランスのスタートアップMistralが開発したオープンソースモデルMistral 7Bを追加したことを明らかにした。

オープンソースのAIモデルは基本的に無料で利用でき、ライセンス条件にもよるが商用利用も可能。OpenAIやAnthropicなどのクローズドソースモデルに比べると圧倒的な低コストで生成AIアプリケーションを開発することができるようになる。

オープンソースはクローズドソースに比べパフォーマンス面で懸念されることが多い。しかしメタの最新モデルである「Llama2」は、一定条件下でGPT-4に並ぶパフォーマンスを発揮することが確認されており、オープンソースモデルへの関心は日々高まっている。

メタのLlamaシリーズのほか、上記のMistralシリーズ、またドバイで開発されたFalconシリーズ、米国スタートアップMosaicMLが開発したMPTシリーズなどが特に注目される存在だ。

オープンソースに関しては、最近ステルスモードを解除したスタートアップDeepInfraがその可能性を示すところ。DeepInfraはメタのLlama2などオープンソースモデルを活用したAPIサービスを提供しているが、そのコストはOpenAIの最上モデルの100分の1、Anthropicが提供するClaude2の33分の1などと圧倒的な低コストを実現、生成AI普及を拒むボトルネックの解消につながると期待されている。

生成AI普及のボトルネック、セキュリティにも切り込み

生成AIの普及におけるボトルネックは、コストだけではない。セキュリティとプライバシーも大きな懸念事項になっており、生成AI関連企業は、懸念を払拭する明確な対策とメッセージを打ち出す必要がある。

この状況を踏まえ、マイクロソフトはIgniteイベントで、生成AIのセキュリティ/プライバシー強化に向けた対策、また生成AIを活用したセキュリティ強化の施策を打ち出した。

1つはマイクロソフトが提供しているデータガバナンス/コンプライアンスツールである「Purview」のアップグレードだ。このアップグレードにより、企業のコンプライアンス担当者は、生成AIシステムで使用されるデータを保護することが可能になった。具体的には、コード生成アシスタントツールであるCopilotの使用状況を可視化して、同ツールがアクセスできるデータを制御し、機密データを自動的に振り分ける機能などが追加された。

これにより企業の管理者は、Copilot使用者がどのようなやり取りを行っているのかを監査し、使用者のリスク評価を実行、リスクプロファイルに応じてAIの入出力をコントロールできるようになるという。

マイクロソフトは、Purviewのこの新機能をCopilotの他にも社内で構築されたAIツールやChatGPTのようなサードパーティアプリなどにも適用する計画だ。

同イベントでは、生成AIを活用したセキュリティ強化策も明らかにされた。

これは生成AIの活用とセキュリティ製品間の統合により、セキュリティオペレーションセンターのアナリストによる作業を大幅に効率化するもの。自然言語処理を活用し、セキュリティ製品間の検索を可能とすることで、アナリストの検索作業を1年間で数百時間節約できるという。これにより、インシデントへの応答時間を短縮し、データセキュリティとコンプライアンス管理の強化を促進する。

イベント以降もマイクロソフトは自社で開発した大規模言語モデル「Orca2」を発表するなど、生成AIへのコミットメント強化の動きを緩めていない。マイクロソフトに触発された他のGAFAM企業が生成AI分野でどのような動きを見せるのか、今後の動向にも注目していきたい。

文:細谷元(Livit