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AIが各メディアを賑わすなか、現在話題になっているのが、AIのスキルを持つ人材に対する報酬の高さだ。
世界的な求人検索プラットフォームである「アズナ(Adzuna)」によれば、米国のAI関連職の平均年収は約14万6,000米ドル(約2,140万円)にも上るという。これは、企業による人材獲得競争が激化しているからだ。
アズナが6月掲載した求人件数は約760万件で、うちAIスキルを求める求人は約17万件。ジェネレーティブAI技術の求人数は1月は185件だが、6月には3,600件と驚異的な伸びを見せる。
AI技術が急速に進化するにつれ、業界を問わずその活用範囲も広がっている。高度な専門知識を持つAIスキルに長けた人材の獲得が、企業の業績の明暗を分けるまでになっている。

AIにより教育セクターをはじめ、あらゆる産業の収益性を高めることが可能
アーネスト&ヤングの調査によれば、調査対象となった米国のCEOの約80%が、「自社の製品やサービスにすでにAIを組み込んでいる」「今後1年以内に組み込む予定である」と回答している。
IBMインスティチュート・フォー・ビジネスバリューによる、「IBM C-スイート・スタディ」をはじめとする、多くのコンサルティング会社の調査でも明らかになっているように、AIを採用済みだったり、導入することに前向きなのは世界的にもみられる傾向だ。
企業やCEOがAIを取り込もうとするのは、AIに対する期待が大きいため。「IBM C-スイート・スタディ」によれば、回答者であるCEOの75%が、ジェネレーティブAIを取り入れた組織の方が、取り入れていない組織より有利だと予測している。
英国の総合コンサルティング会社、アクセンチュアによる「ハウ・AIインダストリー・プロフィッツ・アンド・イノベーション・ブースツ(AI業界の利益とイノベーションはどのように拡大したか)」という報告書では、AIによりあらゆる産業の収益性を高めることができるとし、2035年までに教育セクターに84%、宿泊・飲食サービス業界に74%、建設業界に71%、卸売・小売業には59%の利益増をもたらすと見られている。
マッキンゼー&カンパニーによる報告書「ステート・オブ・AI」では、実際に生じた利益が書かれている。EBIT(利払前・税引前利益)の20%をAIに投資している企業は、AIの活用によって、売上高や利益を増やすことができている。2022年のEBITにおいて、少なくとも20%がAIを使用した結果生み出された利益だそうだ。
AIが進化した結果、IT以外の分野でも技術者は引っ張りだこに
従来、AIスキルを持つ人材を求めるのはIT業界というのが、お決まりだった。しかし、AIの技術進化のおかげで、AIを取り入れることで利益があるのは、IT業界に限らなくなってきている。
アマゾンウェブサービスのグローバル人材獲得統括本部長、ジェイ・シャンカー氏は4月、米国のニュース専門放送局、CNBCのお金の賢い使い方を教える番組「メイク・イット」の取材に対し、AIのことを「あらゆる業界で、雇用主が求めている超重要スキルセットだ」と説明している。
AIが企業にどの程度浸透しているかについての報告書「IBM グローバル・AI・アドプション・インデックス・2022」によれば、世界的にみて、AIの採用率は業界を問わず35%。導入増加の背景には、最近のAI技術の進歩でより身近になったことや、各社間での競争に勝たなくてはならないプレッシャーが挙げられる。AIはコスト削減と各プロセスの自動化に役立つと、企業は考えている。
AIをすでに導入済みの企業では、実際ITプロセスの自動化を中心に、ビジネス・プロセスの自動化やセキュリティリスクの検知にAIを用いている。こうした技術面だけでなく、クリエイティブ面でもAIは威力を発揮。広告・メディア業界で長用されている。統計的にみると、同業界は世界のAI市場の21%を占め、AIソリューションの最大のユーザーだ。
アズナのデータサイエンス責任者、ジェームズ・ニーヴ氏は、具体的な説明をしている。有能な応募者が絶対的に不足しているのは、会計士・税務マネージャーだが、中でもAIスキルを持つ会計士や税務マネージャーが必要とされているという。大規模言語モデルを用いて業務の効率化を図ろうとする、コンサルティング会社や会計事務所の需要が特に高い。
AI人材獲得には一般の求職者と違う戦略が必要
各業界がAIスキルのある人材を求めるようになった今、企業はどこもその獲得作戦に力を入れるようになってきた。米国のボストン・コンサルティング・グループ(BCG)によれば、AIワーカーを採用するためには、従来の求職者の採用とは別の戦略が必要だそうだ。
まず、AIワーカーが仕事に対し、何を期待しているかを把握する。AIワーカーにとって重要なのは、刺激のある製品、トピック、テクノロジーに携われること、そして企業が昇進のための戦略を明らかにしていることだそうだ。
さらに、専門のAIリクルーターを登用し、採用プロセスの迅速化と報酬体系の明確化を図ること、デジタルなどの専門知識をそなえた面接官による面接、昇進の機会を通常より頻繁に、12~18カ月ごとに設けることなどを企業は心がけなくてはならない。
そもそも自社の強みは何なのか、また何を作り、何を行い、何を売るかを超え、なぜ存在するのかまでを、企業側はAIワーカーに伝えられるようにしなくてはならない。自社がパーパスドリブンな企業であることが大切だ。
AIチームを短期間に増強することに成功した企業は何を行ったか
BCGは、迅速にAIチームを増強することに成功したある大手バイオ製薬会社の採用方法を具体的に紹介している。
同社は、ジョブ・アーキテクチャー(組織における役割と職務の階層構造。企業内の枠組みを理解するための組織的な枠組み)とスキル分類法を再構築した。従業員の価値提案を再定義し、研究開発・商業・ITの各企業のAI実務者と自社のAIワーカーを結び付け、コミュニティを設置。人材獲得戦略を見直し、自社の価値提案をよりよく伝わるようにし、AI専門のリクルーターチームを設け、採用プロセスも変更したそうだ。
すると、わずか半年で、同社はAI創薬チームの規模を約10%、商業アナリティクス組織を約25%拡大。データ・アナリティクス人材の離職率を劇的に減少させたという。
社内でのAIトレーニングの機会はまだまだ不足

一方、すでに在籍している従業員へのAI教育はどのような状況だろうか。人材紹介大手のランスタッドが、つい先だって発表した報告書によれば、従業員はAIを心配するより期待しているにも関わらず、10人に1人しかAIのトレーニングの機会が与えられていないことがわかった。これは、米国、インド、英国を含む5カ国7,000人の従業員を対象にした調査だ。
米国についていえば、42%の従業員が職場にAIが導入されることを期待、37%がAIが自分の仕事に与える影響を心配していると答えた。AIを仕事に活用しているという労働者は3人に1人で、職場でのAIの利用率ではインドやオーストラリアよりも低い。
そんな事実をよそに、トレーニングを開始している企業の1つがプライスウォーターハウスクーパースだ。社員を3つのグループに分けてトレーニングを行っている。1つは一般社員、残りの2つはソフトウェア・エンジニアとシニア・リーダーで構成されている。トレーニングの詳細なロードマップを用意している。
米国政府コンサルティング会社であるブーズ・アレン・ハミルトン社は、AIのベストプラクティスを教えるバーチャル・セッションを週に2回行っている。参加するかしないかは任意。参加の場合は、自分の時間を使うことが前提だ。
米国のオンライン学習プラットフォーム、コーセラ社の狙いは、AIを早く社員に提供し、早く学習させることだ。ChatGPTエンタープライズ版を希望する社員には、会社が料金を負担。業務で極力ChatGPTを使い、学んだことを社内で共有するよう推奨している。
さて、カナダの市場調査会社、プレシデンス・リサーチ社によれば、AIの世界市場規模は、2022年に4,541億2,000万米ドル(約66兆円4,340億円)と評価され、2023年から2032年にかけて年平均成長率19%で推移。2032年には約2兆5,751億6,000万米ドル(約376兆7,400億円)に達すると予測されている。
バングラディシュのデジタル・エージェンシー、エース・インターナショナル社でマーケティング&事業開発担当役員を務めるローハン・アーメッド氏は、今後10年のAIを、医療・交通などさまざまな分野で進化を続け、私たちの生活の生産性、効率性、利便性を高めていくだろうと予測する。
しかし、全人類に利益をもたらすには、倫理的配慮と責任ある開発が必須だと強調する。環境負荷を最低限に抑えてのAI開発や、ディープフェイクなどの作成を検知・防止し、人間の価値観を尊重するよう、倫理的で透明性の高いAIシステム設計が不可欠なのだ。これらを遵守すれば、将来のAIの可能性は無限大だという。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)