米OpenAIは8月28日、企業向けに特化した新たな生成AIサービス、「ChatGPT Enterprise」を発表した。GPT-3.5を使う無料版と、最新のGPT-4を使える有料サブスク版「ChatGPT Plus」に続き、企業向けの有料版「ChatGPT Enterprise」が満を持して登場した形。セキュリティー対応の強化や、GPT-4への無制限アクセス、高度なデータ分析機能、企業向けプランならではの管理機能などが、新たなエンタープライズ版の売りとなる。

9月後半には「見る、聞く、話す」というマルチモーダル機能の実装をはじめ、ブラウジング機能の追加に伴う最新データの取得(これまでは2021年9月まで)、画像生成AIの最新版「DALL-E 3」の投入など、新機能に関する発表が相次いだが、こうした強力なアップデートが真っ先に反映されるのが、有料の「ChatGPT Plus」とエンタープライズ版だ。

このエンタープライズ版は、「OpenAIが2024年末にも破綻する」可能性を伝えたメディア報道から数週間後というタイミングで発表されたことから、収益化の可能性にも注目が集まることになり、果たして稼げるのかという視点からエンタープライズ版の登場を伝えた米メディアが目立った。

非営利団体として発足したOpenAIは2019年に「利益上限付きの営利化」に舵を切ったが、9月末現在、既存株の売り出しを計画し、企業価値の約3倍増を目指しているという。

そうなれば、今後注目されるのは、“超級ユニコーン”企業としての将来性。ChatGPTそのものの可能性だけでなく、OpenAIの企業評価額やマネタイズといった、新興企業としての可能性が焦点の一つとなりそうだ。

セキュリティー対応を強調、企業の最大の懸念を払拭へ

「ChatGPT Enterprise」は、最新のGPT-4への無制限アクセスを含めたChatGPTの最強プラン。メンバーを一括管理するマスターアカウント機能やSSO(シングルサインオン:1度のユーザー認証で紐づけされた複数のシステムの利用が可能になる機能)、ドメイン認証など、企業向けならでは機能を備えるが、OpenAIが何より強調しているのは、エンタープライズグレードのセキュリティーの確保とプライバシーの保護だ。

ユーザーが入力したプロンプトやデータがAIモデルのトレーニングには使われないという点が、まずは企業の安心感につながるポイント。また、データは暗号化され、「SOC 2」(米国公認会計士協会(AICPA)制定のセキュリティー基準)に準拠する。

実際、企業にとって、生成AIサービス利用における最大の問題点は安全性だろう。例えば、BlackBerry Japanが6-7月に日本企業を対象に行った調査では、職場での生成AI利用を「禁止している」、あるいは「禁止を検討している」との回答が約7割に上ったが、その最大の理由はセキュリティーに関する懸念。情報漏洩や著作権侵害、誤った情報の拡散などの可能性を憂慮する声が聞かれたという。

一方で、帝国データバンクが6月に発表した調査では、生成AIの利用に関心を抱く企業の姿も浮き彫りになっている。実際に活用しているとの回答は1割弱だったが、具体的なイメージを持たないケースを含め、5割強が活用を検討していると答えたという。

そうなれば、機能面の修正や改善を経て企業の懸念が払拭されるのに伴い、生成AIの職場利用はこの先、飛躍的に加速する可能性がある。この調査では、活用したいサービスとして、9割弱がChatGPTを挙げており、日本での認知度は圧倒的だ。

米国に目を向けると、8月までにChatGPTを社内導入したのは、全米上位500社「フォーチュン500」のうち約8割(企業のメールドメインに関連するアカウントでChatGPTアカウントを登録している企業の割合)。エンタープライズ版の潜在需要の大きさがうかがえる。

強力な支援者マイクロソフトが「諸刃の剣」、企業向けプランで競合

しかし実際には、市場競争が激化する中、「ChatGPT Enterprise」の先行きは見通しにくいとの指摘がある。その理由の一つが、最大の支援者であるマイクロソフトとのサービスの重複だ。企業向けの生成AIサービスの競合他社には、オラクルが投資するスタートアップのCohere(コーヒア)社や、アマゾンが9月25日に投資を発表したAnthropic(アンソロピック)社などがあるが、その中でもマイクロソフトは強力な存在だ。

マイクロソフトはOpenAIにとって後発の支援者だが、2018年に10億ドルを投じた後に、20億ドルを追加出資し、さらに2023年1月には複数年で総額100億ドルの投資を約束した最大の出資者。OpenAIの全モデルを自社製品ラインで使用できる立場にある。

また、マイクロソフトのクラウドサービスAzure はリサーチ、プロダクトからAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)サービスまで、すべてのワークロードを支えるOpenAIの独占的なクラウドプロバイダー。そのAzure上で展開される「Azure OpenAI」はすでに、企業や自治体などのユーザー基盤を広げている。

さらにこの先、究極のサービスとして登場するのが、どの企業にとっても必須のマイクロソフト365にChatGPTを組み込んだ「Copilot(コパイロット)」。9月下旬のWindows 11向けの提供開始に続き、11月1日には企業向けに、マイクロソフト365の「コパイロット」をスタートさせる予定という。

OpenAIとマイクロソフトが個々に展開するサービスはこれまでも重複していたが、今後はさらにその範囲が広がる。企業向けの「ChatGPT Enterprise」に関して言えば、マイクロソフトが7月に発表した「Bing Chat Enterprise」と真っ向から競合し、「コパイロット」とも重なる。

それでは、どちらが有利なのか。OpenAIとしては前出のSOC 2への準拠に加え、SSOやドメイン認証を行うための管理コンソールなどで差別化を図りたいところだが、「マイクロソフト365」を擁するマイクロソフトは自社の製品ライン全体を通したシームレスなAI体験を提供できるという、同社ならではの圧倒的な強みを持つ。データ分析・コンサルティングの英GlobalDataは、スタンドアローンの「ChatGPT Enterprise」は分が悪いのではないかと指摘する。

しかし、マイクロソフト側には同時に、OpenAIの成功を望む理由がある。『フォーチュン』誌の報道によれば、マイクロソフトは総額130億ドルの投資を回収するまで、OpenAIの利益の75%を受け取れる。その後もマイクロソフト側の取り分が計920億ドルに達するまで、利益の49%を得られるという事情がある(それ以降は取り分はなくなる)。

つまり、どう転んでもマイクロソフトに負けはないと、ITオンラインメディア『Computerworld』は指摘している。半面、OpenAIの側にしてみれば、強力な支援者であり敵でもあるマイクロソフトとの関係は、まさに「諸刃の剣」なのだという。

OpenAI、「破綻危機」報道も超級ユニコーンに躍進へ

8月前半には、「OpenAIが2024年末にも破綻する可能性がある」との驚きの情報が配信された。インド系メディア『Analytics India Magazine』や『Firstpost』の報道によれば、OpenAIは無料版ChatGPTを維持するために、毎日約70万ドルを費やしており、資金がほぼ底をついている。新たに100億ドルの資金を提供するマイクロソフト頼みで、何とか事業を継続しているのが現状であり、早急な事態の打開が不可欠という。

また、『ブルームバーグ』の報道では、OpenAIの売上高は年間10億ドルに迫る規模に達しているものの、22年時点では5億4000万米ドルの損失を計上したという。

「見る、聞く、話す」を可能にするマルチモーダルモデルの実装や、最新データへのアクセスの拡大は、劇的にChatGPTの利用範囲を拡大させる可能性を秘めているが、こうした報道がある以上、同時に注目されるのが「収益化」の可能性。収入基盤の拡大やマネタイズの視点では、やはりポテンシャルの大きい新たなエンタープライズ版がカギを握る見通しだ。

もう一つ注目されるのが、OpenAIによる既存株(従業員保有株)の売り出し計画だ。『ウォールストリート・ジャーナル』の9月下旬の報道によれば、この計画は新株発行を伴わないために、資金調達にはつながらないが、同社としては企業価値の800億-900億ドルへの引き上げを目指すという。実現すれば、同社は、世界を代表する超有力ユニコーンの一つとなる(ユニコーンは企業価値10億ドル以上の未上場企業)。

23年9月の最新版「ユニコーン・ランキング」(CB Insights)を見ると、TikTokを展開する中国企業バイトダンスが2250億ドルで首位。2位はイーロン・マスク氏のスペースX、3位は中国発のファッションブランドSHEIN 。OpenAIは290億ドルで11位だが、仮に望み通り800億-900億ドルの評価を得れば、SHEIN を超えて3位に浮上する。

OpenAIは非営利のAI研究団体として発足し、当初は実験的な色合いが濃かった。ただ、本格的に商業化の段階を迎えつつあり、次の資金調達ラウンドや将来的なIPO(新規株式公開)の可能性にも注目が集まる。サム・アルトマンCEOは6月、「非常に奇妙な企業構造」や“利益上限付きの営利企業”という特殊性、時に理解困難な決断を下す可能性を理由に、今のところIPOの予定はないと明言したが、生成AI脅威論に直面する同社がこの先、企業としてどう発展するのかが注目ポイントの一つ。いずれにせよ、象徴的存在である同社の行き先が、生成AI全体の命運を占うことになりそうだ。

文:奥瀬なおみ
編集:岡徳之(Livit