YouTube54000万回以上視聴されたアップル・ビジョン・プロ

アップルは2023年6月5日、水面下で開発を続けてきた「空間コンピューティング」デバイス、「ビジョン・プロ」を発表した。様々な意見が噴出したが、YouTubeのアップル公式チャンネルで公開されたビジョン・プロ発表動画の視聴回数は、8月4日時点で5400万回以上で、デバイスの発表動画としては、5000万回再生されたアップルウォッチ8の動画を超えており、人々の関心が高いことがうかがえる。

ビジョン・プロの発売予定時期は2024年となっており、これに向け現在アプリとコンテンツ開発の環境整備が進められている。

これまでの情報では、ディズニーがビジョン・プロ用に動画配信サービス「Disney+」をリリースし、没入型コンテンツを配信する予定であることが明らかになっている。

このほかリリース時には、ZoomやCiscoのWebEx、マイクロソフトのTeamsやOfficeなどのビジネス向けのアプリやアドビの写真編集アプリLightroomなどクリエイター向けアプリの利用が可能になるといわれている。

アップルは、ビジョン・プロを展開するにあたり、「visionOS」という新しいOSを開発、これにより「空間コンピューティング」体験を普及させる狙いがある。空間コンピューティングとは、3次元データと相互作用するためのテクノロジーのことをいう。ビジョン・プロは、VRやAR、またMRヘッドセットと呼ぶことができ、実際に多くのメディアはそう呼んでいるが、アップルはビジョン・プロの発表時、VRやARという言葉を使用せず、「spacial computing(空間コンピューティング)」という言葉でテクノロジーの説明を行っていた。VR/AR体験に限定されることのない、より広い意味での3次元データとの相互作用体験を生み出そうとしていることを示唆するものだ。

VisionOSは、iOSとiPad OSと同じフレームワーク上で動作するため、既存のアプリが移植可能といわれている。ビジョン・プロ専用のApp Storeが新設され、そこから様々な専用アプリをダウンロードできるようになるという。

ビジョン・プロのデバイス貸し出しで厳格な情報管理

リリース時にどのようなアプリが登場するのか気になるところ。2023年7月末に、ビジョン・プロのデバイス付き開発キットがローンチされたことで、デベロッパーによる本格的なアプリ開発が開始される見込みだ。

ただし、アップルは、開発キットの提供にあたり、情報漏えいに対して厳しい条件を付けており、ビジョン・プロアプリの詳細情報が公にされるまで、しばらく時間がかかることが想定される。

ビジョン・プロのアプリ開発では、iOSアプリ開発などに用いられる同社の開発環境Xcodeに付属するビジョン・プロ用のソフトウェア開発キット(SDK)を使用することになる。このSDK自体は、6月21日に公表されている。

今回アップルはこれに加え、実際のヘッドセットデバイスを貸し出し、アプリ開発を支援するプログラムを開始すると発表した。

この発表内容が開発者コミュニティで注目されている。ヘッドセット付きのデベロッパーキットの取り扱いと保管に関する条項が非常に厳しいものであるためだ。2024年に発売予定となるビジョン・プロヘッドセットの情報が発売前に漏洩するのを防ぐためとみられている。

ヘッドセット付きのデベロッパーキットの取り扱いには、以下の条件を遵守することが求められる。

・デベロッパーキットは施錠可能な窓のない部屋でのみ使用すること
・家族や友人には見せないこと
・常に自分の視線の範囲内に置くこと
・使用しないときはケースに入れて施錠し、デベロッパーキットを放置したままにしないこと
・デベロッパーの登録住所から移動させないこと
・10日以上職場から離れる場合、その旨をアップルに相談すること
・デベロッパーキットを公共の場で使用しないこと
・デベロッパーキットに関する議論やレビューをソーシャルメディアなどで行わないこと

一方、ソフトウェアやアプリ開発において、企業がハードウェアを先行して貸し出し、このような条件をつけることはめざすらしいことではなく、過去にもアップルのシリコンチップの開発者キットの提供において、利用条項には、利用者と協力する開発者以外にはそのデバイスを公にしないことなどが明記されていた。また、マイクロソフトでもXboxの開発キットの貸し出し時に、同デバイスの使用は「マイクロソフトの承認した場所」でのみ許可されていた。

アップルは、ジャーナリストにもビジョン・プロの使用レポートを許可しているものの、ジャーナリスト自身がデバイスを装着した姿を公開することを許可しておらず、商品イメージのコントロールを徹底している。デベロッパーキットにおける厳しい条件も、未完成のソフトウェアやハードウェアを一般の人々に使用させ、ヘッドセットの性能に対し誤った認識を持たせないためであると考えられる。

Unityとの連携、生産性デバイスの位置づけも、ゲームも拡充

ビジョン・プロの発表では、同デバイスをゲーム中心のエンタメデバイスではなく、ビジネスシーンで活用する生産性デバイスとしてアピールする表現が目立った印象がある。VRゲームコンテンツが豊富なメタのクエストシリーズとの差別化を狙ったものと思われる。

しかし、iPhoneやiPadと同様に、ゲームも訴求要素となるため、無視できないものだ。そこで、アップルはビジョン・プロのアプリ開発において、Unityのワークフローを統合し、ゲームコンテンツの拡充を目論んでいる。

Unityは「ポケモンGO」などのゲーム開発で使用されるゲームエンジニアであるが、最近はARやVRのゲーム/コンテンツ開発でも頻繁に利用されるようになっている。iPhoneやiPadで利用できるARアプリに関しても、Unityによって開発されたものも少なくない。Unityがもともと、Mac OS X向けのゲームエンジンとして登場したことを考えると、今回の提携は必然のものといえる。

Unityは7月に、visonOS向けの開発プラットフォーム「PolySpatial」のベータ版を発表。これによりUnityで開発したAR/VRゲームやコンテンツを移植・作成できるようになるという。

ビジョン・プロでのゲーム体験においては、コントローラーでの操作が手のジェスチャーで可能になるのか、また既存のAR/VRゲームと比べてグラフィックスがどこまで向上するのか、などがゲーム界隈で注目されている。

文:細谷元(Livit