毎日自宅や会社で使っているコンセントや壁スイッチ。これだけひんぱんに利用しているのにメーカーを知る人はほとんどいない。しかし国内シェアの80%を占め、国内トップの電材メーカーとなっているのがパナソニック EW社だ。

その安全性と品質、そして使いやすさに施工性の高さは世界でも認められており、世界100カ国に供給され世界第2位の電材メーカーでもある。パナソニックと聞くと家電メーカーと思われがちだが、2022年度パナソニック全体の調整後営業利益のおよそ42%に当たる520億円を担う中核事業が電材事業なのである。

世界100カ国に販路を広げ、すでに各国でシェア1位を取っているところも多数ある。

同社の世界へと販路を拡大する海外電材事業は、ベトナム、トルコ、そしてインドを拠点として、EW社の売り上げ比率を2022年度の24%から2030年度には40%を目指すとした。その勝算はどこにあるのだろう?

インド南部に新設された工場や販路の視察を通し、緻密に練られた戦略について迫る。

パナソニック製の各国向けコンセント。差し込みも異なるが、日本とそっくりなもの、横型のもの正方形のものなどさまざま。さらに各国に合わせてスイッチの押し具合なども変えている。

高い安全性を誇るパナソニックの電材

パナソニックのコンセントや壁スイッチなどの電材が選ばれる理由のひとつが高い安全性だ。

東京消防庁の調べによれば、海外における火災の原因として上位3位に電気(漏電)が入っている国が多いという。しかし日本においては「放火」「たばこ」「ガスコンロ」となっており、海外とは傾向が異なる。これが示唆するとおり国内電材の安全性が高いと言えるだろう。事実国内コンセントの樹脂は難燃性となっており、たとえ異常に加熱しても燃えにくくなっている。また海外では、端子など電線との接合部や通電部分が露出している製品が多い中、国産電材は樹脂で覆われているため、ショートやホコリの付着による発火などが起きにくいのだ。加えてコンセントの刃との接触部分の耐久性と密着性は高く、スイッチは摩耗しやすい接点が強化されており、長期間に安全に使えるため信頼性の高い製品になっている。


国内ではほぼ見られなくなった電線との接合部分が露出したコンセントやスイッチ。長年壁の中(壁の中は木材が腐らないように風を通している)に入っているのでホコリが溜まったり、経年劣化したりして漏電火災の原因になりやすい。


パナソニック製のインド向けコンセント。接続部の露出が少ない。また日本では施工性のいいプラスネジに切り替わっている。インドではマイナスネジが主流なためマイナスネジを使っているが、穴でドライバをガイドするため施工性がよくなっている。


電気が通る部分は難燃性の樹脂が使われ、金属の通電部分が異常に加熱しても発火しにくいようになっている。

さらに各家庭に備え付けられている「ブレーカー」も電気を安全に使うための電材。万が一コンセントや電気機器がショートしたり、定格以上の電流が流れたりした場合、発熱や漏電の原因となるため、部屋やブロック単位で強制的に瞬時に電源をOFFにする。こうして二重の安全対策が施されているのだ。

インドの工場内でも使われているブレーカー。日本仕様は差し込むだけで配線不要の施工性だが、現地は既存設備との互換性のためか配線が必要。ネジが±両対応になっているのが特徴。

電気火災が多いインドで電気を安心・安全に使えるようにしたい

インドのムンバイ消防局は、2009~2012年の「出火原因の75%が電気的な事故によるもの」と発表している。少し古いデータではあるが、おおむね60%という調査結果もある。ただ日本では5~10%、アメリカでも10%程度であるため、インドの電気火災が突出しているのがよくわかるだろう。

その原因は、慢性的な電力不足や頻繁に起きる停電、そして電圧が安定しないことと言われている。実際、工場取材中に停電に遭遇した。こうした事態を防ぐため、インドの家庭のコンセントには必ずスイッチがついており、ACアダプタなどを使う場合はスイッチを切った状態で差し込み、スイッチONにして問題があればすぐにOFFにできるようになっている。


工場は停電が発生することが前提となった設計になっており、自家発電装置や重要な装置用の無停電電源装置(UPS)が各所に配置されている。

パナソニック製のインドのコンセント。必ずコンセントの横にはスイッチが設けられており、何かあったらすぐに電源が切れるようになっている。日本のような省エネ目的ではない。

また発電・送電施設の老朽化や雑な工事も出火の原因とされている。つまり電気を安全に使うには、ブレーカーやコンセントなどの電材で自己防衛しなければならないという事情がある。

加えてインドは急激な人口増加により2023年に中国を抜き、世界一の14億人を突破すると国連は推計している。これまでインドは北部のデリーに人口が集中していたが、南部に人口を分散させるため、インド政府は道路をはじめとしたインフラの整備に加え、不足する住宅を建設するための補助金を中・低所得者層に拠出している。

日本だと電柱の上に載っている円筒状のトランスは、インドでは四角いボックス状で手が届きそうな低い場所にある。しかもごみ焼却施設がないため、変電施設は恰好のゴミ捨て場になっており、非常に危険な状態である。

インドでは盗電も多く、街中の電力線は火事が起きない方が不思議なほど乱雑な状態になっている。

パナソニックはインド南部の急激な発展を受け、これまでインド北部と西海岸にあった電材工場に加え、2022年に南部東海岸の新興工業団地に巨大な電材工場を新設。現在この工場は広大な建屋にフルオートの樹脂成型ラインと一部の生産ラインを稼働させているが、段階を追って2030年までに拡張予定となっている。また、現在の生産能力は1.2億個/年だが、2030年には2.5倍の3億個/年まで拡張する予定だという。さらに建屋のない空地も備えているため、さらなる生産規模の拡張が可能となっている。

インド南部の新興工業地帯に作られたスリシティ工場。今後インド屋内の電材主力工場となる。

樹脂部品の成形ラインはフルオート化されており、原材料の供給から成形、成形後の取り出しと部品の回収・ストックは完全自動。主要都市の新幹線の駅ほどありそうな建屋には数名のエンジニアがいるのみ。

津工場(日本・三重県)と同じ高速組み立て機も導入されているが、暫定的な稼働のようでフルオートのラインはまだ組まれていない。建屋の中はまだテナントが入っていない大型商業施設のように空っぽだ。

またパナソニックの本気が見られるのは、日本国内の電材マザー工場となっている三重県の津工場よりも最新のラインを導入予定だというところだ。現在も津工場と同等の高速組み立て機を導入している他、国内より進んだ生産ラインを導入している。部品のストックから生産ライン、そして完成品のストックまですべてコンピューターで個々の製品がトレースされ、ERPシステム(財務・販売・在庫・人事などの統合システム)と連動しているため、数量だけでなく金額ベースのデータに生産工程(企業のリソース)が即反映されるというわけだ。

パナソニックEWインド社長である加藤 義行氏は、新設したスリシティ工場の役割をこう述べた。

「南部のスリシティ工場は、今後大量生産品を製造する主力工場となる。一方北部の工場は、人手のかかる多品種少量の製品を、ラインを組み替えつつ即時に対応。他にも西部の工場なども合わせて、LED証明から各種電材、配線関連の資材もオールパナソニックで生産する予定。また、急増するインド南部の需要に対して、国内の各工場で在庫を分散・最適化し、受注に素早く対応できるようにする」

段ボールは出荷を待つ製品群。2030年度には、箱で埋め尽くされるだろう

「モノづくりは人づくりから」という日本の思想を継承

最新のラインを導入しても、それをオペレーションする人材、生産を管理する人材、また製品や樹脂成型部品、金属部品の製造やメンテナンスを行う人材など、さまざまなヒトが必要となる。パナソニックは創業者の教えのひとつとして「モノづくりは人づくりから」をモットーとしている。

そのため従業員は全員「ANZEN DOJYO」で、構内や製造過程に潜むさまざまな危険から身を守る術を学ぶ。高電圧や刃物を扱う場合、高所作業や大型工作機械を扱う場合をはじめ、ゴミの分類から工具の整頓、そして安全を目と耳と体で確認する指差し点呼まで履修。さらに安心して工場で働けるように保育施設も導入している。

手動の生産ラインが主体の北部工場


この安全道場で工場に潜むさまざまな危険を学ぶ。指差し点呼や機械を動かす場合は必ず両手を離して、左右の起動ボタンを同時に押すなどなど。日本国内工場にも漢字の「安全道場」がある

またパナソニックが運営し、北部工場に併設されている職業訓練学校では、同社で働くかは別として無償で実践的なスキルを身につけられる。樹脂成型機の基本やオペレーション、プログラミング技術の習得、スマートフォンや家電の修理技術、そして電材の組み立て工程の手順やさまざまな機械の使い方などだ。受講料はすべて無償で、独自のテキストなども無償で貸与されている。

機械は古いが実際に動く樹脂成型機を使ってその仕組みや機能、オペレーションやメンテナンスを学ぶ。

工場内での技術の継承も日本流だ。電材製造において最も重要になる金型のメンテナンスは、津工場と同様の作業場が設けられており津工場と同様の機械がある。ヤスリやメンテナンスのノウハウを若い人材に継承している姿は、津工場と見違えるほどだ。

性能を大きく左右する金型のメンテナンスは、日本の工作機械も多数取り入れている。しかし最後は金型職人の指先とヤスリに頼るところが大きい。

販売店も驚く信頼性とDXで強化するロジスティクス

人口増加の著しい南インドの販売店も視察した。秋葉原や日本橋と同様に、電気店が立ち並ぶ1kmほどのストリートには、秋葉原のガード下のような店舗が立ち並ぶ。

インドの秋葉原や日本橋といったところ。道の両サイドに電気店がひしめき合う。

「スレッシュ・ エレクトリック・コーポレーション」のジャヤンティラル社長。パナソニック公認の国内販売数トップの販売店として認定されている。

「スレッシュ・ エレクトリック・コーポレーション」のジャヤンティラル社長によれば、パナソニックの電材は信頼性が高いと絶賛する。

「とにかく信頼性が高くて壊れにくいんです。10年使ってもまったく問題ない。それにシリーズ展開されているから、リフォームするときに壁の工事をしなくてもワンランク上の電材に交換できる。だから販売店として、とても売りやすい製品なんです。注文してから1週間以内に必ず届くという配送システムも他社にはないポイント。うちとしても不要な在庫は抱えず、欲しいものがすぐに手に入るので驚いています」

南部工場設立の理由としてあった「在庫の分散化と最適化」の効果がすでに結果として出ているようだ。さらに工場のDX化に留まらず販売店網のDX化も推進しており、受注システムとの連携も行っているため、日本のおよそ9倍という面積を持つインドで1週間以内に配送できるようにしている。写真を見れば分かる通り、市内といえども配送は自転車に繋げたに荷車や頭に段ボールを乗せたラスト1マイルなのだ。ラッシュともなれば、市内の道は帰省ラッシュのように動かなくなる渋滞に加え、割り込みや逆走も日常茶飯事である。いくら政府が道路網を整備したとはいえ、1週間で届くという社長の言葉には驚かされるばかりだった。

配送のラスト1マイルはご覧の通り。台車に大量の箱を乗せて運ぶ人、頭に箱を乗せて運ぶ人、原付に箱を抱えて乗る人。いつ喧嘩が始まってもおかしくない混沌状態にある

パナソニックが見ている安全な電気を世界に届けるビジョン

パナソニックが見ている未来像は、インド南部で急増する需要に応えるだけではない。

すでに稼働中の電材工場があるトルコは、かねてより「文明の十字路」と呼ばれアジア各国からEUを結ぶ重要拠点となっていた。つまりパナソニックのトルコ工場は、日本品質の安全な電材をヨーロッパ諸国に届けるシルクロードと言ってもいいだろう。古い建物が多く、通電部分が露出している古い電材が多いヨーロッパでは電気が原因の火災が多く、これらの電材の交換需要に応えるため、日本製の長寿命で信頼性の高い電材を供給する。これがトルコ工場のミッションだ。さらにトルコは北アフリカ北欧諸国にも足を延ばせる拠点となる。


日本の安全な電材を西側に広めていくためのロードマップ。パナソニック EW社の「サステナブルで安心安全なくらしに貢献 海外電材の取り組み インド編」(2023年7月)より

またベトナム工場は、すでにシェア1位をとなっているASEAN諸国に安定した安全な電材の供給を行う重要拠点だ。

そして今回視察したインドは、南部東海岸の工場新設と最新設備を導入したことにより、インド国内に安全な電材を届けるだけでなく、将来的にトルコとベトナムの間を埋める中東や南アジアへ供給を行う拠点として重要視されている。

また歴史に習えば、ヨーロッパとアフリカ、そしてインドを拠点としたアジアの貿易で大きな役割を果たした東インド会社的な役割もインド南部の工場のミッションである。つまりインド西側からアラビア海を超えれば、そこはすぐ東アフリカとなる。これら各国の電力や電材事情は言うまでもないだろう。こうして東インドへ安心・安全な電材を届ける重要拠点として見据えているのがインド国内にある工場なのだ。

インド国内でも確実に売り上げを伸ばしている。コロナ渦においてインドの経済成長率(黄色の折れ線)が下がったものの、売り上げが落ちることはなく、2007年度に比べると2022年度の売り上げは6.4倍の約830億円と確実に成果を上げている。パナソニック EW社の「サステナブルで安心安全なくらしに貢献 海外電材の取り組み インド編」(2023年7月)より

海外電材事業はEW社の中核事業でもあり、パナソニック全体(HD)の主要7事業をけん引する2つの「成長リーター」の片輪として最重要事業として位置づけられている。パナソニック EW社の「サステナブルで安心安全なくらしに貢献 海外電材の取り組み インド編」(2023年7月)より

こうして2022年現在では、パナソニック EW社全体の売り上げの24%を占める海外電材事業を、2030年までに40%まで引き上げるというビジョンを描いている。

電材の安心と安全を裏付けるのは品質とそれを作る人

かつては日本国内でも他メーカーの背中を見ていたパナソニックの電材事業だが、現在は日本のトップシェア80%を握るほどになり、台湾やフィリピン、インドネシアやベトナムなどを中心にシェアを伸ばしてきた。そしてインドとトルコの工場を拠点として、日出ずる国日本から西に向けて、今後さらにシェアを伸ばすことで、世界ナンバーワンの電材メーカーを目指している。

それを裏打ちしているのは。パナソニック製電材の長寿命で高い信頼性、火災が起きにくい安全性、高い施工性に加え、各国内の電材メーカーとも勝負できる価格と生産体制、そしてモノを作るヒトなのだ。

取材・文:藤山 哲人