世界同時不況の目前といわれる中、依然として技術革新を推進し、経済の活性化を図っているのがアラブ首長国連邦(UAE)だ。特にメタバース分野においても、着々と才能ある人材とイノベーションのハブとなりつつあるドバイは、「ドバイ・メタバース戦略」を通じて、さらにその立ち位置を手堅いものにしている。

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6月にメタバースをGDP全体の1%にまで引き上げる目標を、7月には、2030年までにメタバースの経済への貢献を40億ドル(約5700億円)に引き上げる計画を明らかにしている。メタバース関連企業の数を倍増し、約4万人の雇用を創出。銀行などの金融機関が、メタバース上で活動するにあたっての枠組みを設け規制を行う、世界初のバーチャル・アセッツ・レギュラトリー・オーソリティを立ち上げた。こうした技術をより早く採用するために、規制やインフラの整備にも抜かりはない。

世界のメタバース経済圏のトップ10入りを目指すドバイを中心にUAEでは、メタバースを医療面に取り入れる試みが始まっている。

子どもたちに、健康管理の大切さを教えるために

「ドバイ・メタバース戦略」の発表と前後して、ショップドクが学校向けにメタバース・クリニックを始めることを明らかにした。UAEドバイを中心とした湾岸諸国のビジネス情報誌「アラビアン・ビジネス」によれば、ショップドクが始めるのは、プライマリー・ヘルスケアを専門とした「マイ・スクール・クリニックス」という医療センター。プライマリー・ヘルスケアとは、地域を限定し、その中で一貫性・総合性・継続性と責任をもって保健医療が行われるシステムのことだ。

ショップドクは本拠地をインドからドバイに移したヘルスケア・スタートアップ。協力しているTCTxは、地元ドバイでICTソリューションを提供するテレフォーニー・テレコム・テクノロジーのメタバース部門で、Web3.0技術を早期導入した企業の1つだ。

このプロジェクトでは、初期段階として、国内の100校で「マイ・スクール・クリニックス」を試験的に実施する。学校をターゲットにしたのは、子どもにとって学校は第2の家庭であり、子どもたちの生涯にわたる健康管理に影響を与える役割を担っているからだ。

プラットフォームは、予防に重点を置いたプライマリー・ヘルスケアを子どもたちに提供し、病気に対する注意を喚起。健康で幸せな生活を送るよう促す。現在学校に在籍しているのは、ゲームに慣れ親しんだ若い世代だ。ゲーム化されたヘルスケア・プラットフォームに違和感を感じることなく、すばやく適応することが予測されている。

試験に参加する100校は各々、ウェブ、モバイル、メタバースのアプリケーションを通じ、「マイ・スクール・クリニックス」にアクセスすることができる。年会費制で、加盟校に通う子どもには特典もある。「マイ・スクール・クリニックス」のほかに、67分野の専門医の診察や、バーチャル・カウンセラーや心理学者への1日24時間アクセスなどが、30%オフの料金で利用できる。

加盟校の教師や学生は、ショップドクとTCTxのチームと共にこのプロジェクトを進めることになっている。加えて、国内外のデジタルヘルスケア・エコシステムの関係者も参画する。一連のヘルスケア・バーチャル・イベントの実施が予定されており、その中には、栄養とフィットネス、メンタルヘルス、予防医療についてのワークショップがあるそうだ。

世界初、メタバース上にバーチャル病院開院

UAEのヘルスケア企業、サンベイ・グループは10月をめどに、メタバース上にバーチャル病院をオープンする計画だ。これは世界初の試み。サンベイ・グループは、学術活動を行う民間病院チェーンで中東最大といわれている。175カ国からの患者を治療する。8つの大学病院、10のクリニック、臨床検査所5カ所、46の薬局を運営する。

メタバース上には、病院に加え、医科大学やヨガ・スタジオ、フィットネス・スタジオをも擁する「サンベイ・メディシティ」を、向こう2年間で段階を追って構築する予定になっている。病院では25カ国語に対応する予定で、患者は自らが作ったアバターで来院し、医師に相談する。

(Thumbay Medicityのフェイスブックより)

「サンベイ患者体験センター」から病院やサービス施設に至るまで、患者は没入型医療を体験することになる。当初は、予防プログラムによる学習や健康維持のヒントを提供。待機手術を必要とする患者には、入院を経験してもらう。遠隔医療相談、複数の医師による診察、さまざまな医師によるセカンドオピニオンのほか、ARやVR、AIを活用した応急処置や予防医療を行い、治療計画を提案する。一方、患者には医療を理解してもらう。

サンベイ・グループはまた、AR・VR技術を、体の自由がきかない、6カ月以上入院している長期療養患者向けに導入している。ドバイで発行されている英字新聞「ハレージ・タイムズ」が伝えるところによれば、交通事故で体がまひしてしまい長期入院しているスリランカ人の患者には、AR・VRを利用して、スリランカの自分の部屋をバーチャルで訪れる体験を提供しているそうだ。長期療養患者に回復へのモチベーションを与えるのに、AR・VRが役立っている。

医学生のトレーニングは、ゲーム的な要素を取り入れて

「サンベイ・メディシティ」にあるバーチャル医科大学は、学生に没入型の医学教育体験を提供することになっている。

(Thumbay Groupのフェイスブックより)

1998年にアジマンに創立された、世界でも指折りの規模を誇る私立医科大学であるガルフ・メディカル大学の大学全体と、研究室をメタバース上に構築。新規入学希望者はメタバース上で自分に合った医療専門職のコースを選択し、学内をインタラクティブ形式で見学する。入学カウンセラーとの対話も可能。学費は、仮想通貨ウォレットを通じて仮想通貨で支払う。

学生は自分のアバターを作成し、バーチャルで学習を行う。バーチャル患者や3Dラボのシミュレーションを通じて訓練を行うが、その際、ゲーム的学習技法を取り入れ、短期間での技術の習得を目指す。アバターを通して、教授陣やほかの学生との交流も行うことができる。

参加者がエクササイズを長く続けられるよう工夫

「ボディ・アンド・ソウル・ウェルネス・スタジオ」では、スタジオに映し出す風景を変えるなどして、メタバース・フィットネス・プログラムの参加者がエクササイズを楽しみ、モチベーションを高められるよう、配慮する。

「バーチャル・フィットネス・スタジオ」には、利用者が選択できるよう、さまざまなエクササイズが用意されている。各人に適したエクササイズを選べるようになっているのだ。メタバース上でヨガを習う人のために特別なヨガ・トレーニング・モジュールも用意されている。

メンタルヘルス系もメタバース?

UAEでは、医療全般のメタバース化と並行して、メンタルヘルスに特化した試みも行われている。一時頻繁に聞かれた「Zoom疲れ」をはじめとして、テクノロジーは人間のメンタル面に負担をかけるという認識は、社会に定着している。

コロナのまん延を抑えるための隔離が、多くの人に孤独感を与え、メンタルヘルス面で問題を抱える人は世界的に多い。また、ショップドクの共同創設者、シハブ・マカニイル氏が「アラビアン・ビジネス」に話すように、モバイルデバイスの過剰な利用で、バーチャル世界での人と人との交流は盛んだが、実生活におけるコミュニケーションは欠如し、全般的に孤独感が高まる傾向がある。これは、昨年7月にインドの学校や大学で行った、メンタルヘルス啓発キャンペーンでの洞察からもうかがわれたそうだ。

そこでショップドクは、UAEでメタバースを取り入れたバーチャル・メンタルヘルス・クリニックを始めるにあたり、まずメンタルヘルスの中でも、「孤独感」に焦点を当て、その解決に努めることにした。

同社の「スマート・クリニック」プラットフォーム上で運営される「U OK?」では、助けがほしい人のみならず、対応する精神保健の専門家なども、匿名の上、やりとりが行われる。プライバシーを完全に保護し、周囲の目を気にすることなく、カウンセリングを受けられる環境を整備した。プラットフォーム上では、さまざまなイベントも開催され、自由に参加できる。

現在、試験段階のマイ・スクール・クリニックスでも、近い将来、子どもたちを対象にメンタルヘルス教育を行う計画だ。うつなどの症状に陥る前に、若い世代が早い時期に知識を身につけてもらおうという意図がある。

さて、UAEでは人口の約90%までもが外国人だ。こうした人々の多くは家族や友人から遠く離れて暮らし、社会的にも孤立しがちだと、ショップドクのマカニイル氏は指摘する。また、中東エリアの女性はメンタルヘルス問題を抱えていても、助けを求めたり、話をしたりすることを控える傾向があるとも言う。このような特徴がある社会だからこそ、人々はメタバース医療の価値を見いだすに違いない。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit