2023年4月から解禁された「給与デジタル払い」。これは銀行口座ではなく、決済アプリや電子マネーを利用して給与を振り込む仕組みを指す。

本記事では、いち早く同制度を導入したセキュア社に取材。同社では、給与デジタル払い対応サービスの「エニペイ」を通じて、6月25日支払いの給与分から複数の銀行口座を利用した給与振り分けを実施し、今後の給与デジタル払いの本格実装に向けスタートしている。同社の人事総務部長 關 裕(せき ゆたか)氏に、そのメリットや課題を聞いた。

「給与デジタル払い」は、どのように受け取れる?

厚生労働省のホームページによれば、給与(賃金)デジタル払いは、労働者が同意した場合に、厚生労働大臣が指定した一部の資金移動業者の口座への賃金支払が認められる制度だ。現金化できないポイントや仮想通貨での支払いは認められず、口座の上限額は100万円以下に設定されている。口座残高の現金化も可能で、少なくとも10年間は口座残高の払い戻しができる。

厚生労働省のホームページより

同制度を利用することで、例えば給与のうち5万円を資金移動業者の口座で受け取り、残りを通常の銀行口座で受け取るなどができる。

万が一の対策として、口座の乗っ取りなど指定資金移動業者の口座から不正に出金などされた場合は、口座所有者に過失がなければ損失額全額が補償される。また、指定資金移動業者が破綻した際には保証機関から弁済が行われる。

セキュア社の場合、Payment Technology社が提供する給与DXサービス「エニペイ」を活用することで、さらに多様な給与の受け取りを可能としている。これは、この4月から順次提供を開始した新サービスで、毎月指定日にデジタルマネーを含む指定した受け取り方法で給与を最大5口座に振り分けられるという。

エニペイは事前登録した最大5口座に、給与を振り分けて支払いできる(Payment Technologyのプレスリリースより)

エニペイの場合、例えば、証券口座に5万円、資金移動業者の口座に5万円、残りを自身の銀行口座に振り分けるなどが可能だ。また、給与が変わっても金額指定の手間が発生しないよう、各口座に従業員が指定した%ずつ振り分けることもできる。

エニペイのサービスイメージ(Payment Technologyのプレスリリースより)

従業員にとっての利便性が高く、口座から現金を引き出したり、チャージや入金をしたりといった手間が省けるのは大きな利点といえる。

セキュア社が新制度を導入した背景

そもそも、なぜセキュア社がいち早く給与デジタル払いを導入したのか。その理由は主に2点あるという。

「1つは、従業員の選択肢を増やすことで福利厚生を充実させるためです。社員からも『給与デジタル払いを導入してほしい』という声が複数あがっており、それも導入の後押しになりました。

もう1つは、従業員のデジタル化への意識を高める必要性があるためです。当社では顔認証決済や無人店舗でのキャッシュレス決済等、最先端のデジタルサービスを提供しており、従業員への啓発にもなると考えました」(關氏)

社員同士のコミュニケーションが活発なセキュア社では、人事総務部にさまざまな意見が届くという(セキュア社のオフィス内、セキュア提供)

その他にも、先進的なサービスをいち早く導入している社風であることが社内外に伝わる、従業員が資産形成に興味を持つキッカケになる、などもメリットだと考えているそうだ。

そのうえでエニペイを採用したのは、複数のメリットがあったからと關氏。1つは給与デジタル払い導入時の手間が、ほぼかからないこと。複数口座への振込作業はエニペイが担当するため、人事総務部は従来の銀行口座への振込のみを担当すればいい。導入時の従業員への説明や確認、エニペイ側とのやり取りは発生するが、その後は工数が大きく増えることはないという。

コスト負担が抑えられることも採用の決め手になった。新サービスということで最初の1年間の費用は、手頃な価格での導入が実現したそうだ。まず、トライアルとして1年間の運用をした後、継続するか否かを判断するという。

最大5口座に給与を振り分けられる仕組みを採用している給与DXサービスは他に見当たらず、使い勝手がいい点も魅力に感じる点だった。

営業社員から「給与デジタル払い」が好評

セキュア社では、給与デジタル払いの開始を6月25日支給分からとしており、現状、導入を希望している社員は5人程度と控えめだという。

「まだ多くの社員が様子見しているのだと思います。社員の反応で多いのは、デジタル払いというより、『口座の振り分けがありがたい』という意見です。特に営業メンバーは、通常の給与とインセンティブを別口座で受け取れることを利点と考えているようです。こういった活用スタイルは、営業メンバーを中心に広がりそうですね」(關氏)

営業メンバーは既婚者も多く、家族の資産と個人の資産を分けて管理できることにメリットを見出しているようだ。

実際の制度の運用はこれからとなるが、現時点での懸念事項をたずねると「社員への啓発が必要だろう」とのこと。

「単純に個人の資産、いわゆる小遣いを別口座で管理したいという用途のみの利用であれば、導入した狙いの実現までたどりつかないかもしれません。従業員のデジタルリテラシーを高め、一人ひとりの資産運用につなげていくためには、事業者側が啓発するなど何かしらのアクションが必要だと思っています」(關氏)

現状は、新入社員に対する研修の中でお金にまつわる研修を組み込む程度だが、給与デジタル払いの導入を機に、積極的に資産運用の啓発を始めたいと關氏は締めくくった。

セキュア社のように外部サービスを採用するのも一つの方法だが、維持するにはコストがかかる。コストを懸念するのであれば、給与支払いにかかる工数を増やして自社で振込作業を行う方法もあるが、担当社員の負担が増える。それにより残業や採用などが発生すれば、コスト増にもつながる。ここは企業にとって慎重に検討すべきポイントになりそうだ。

取材・文:小林香織
編集:岡徳之(Livit

※一部内容に誤りがあっため、内容を修正し公開しております(2023年7月27日)