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ドバイやアブダビ、それにラス・アル・ハイマなどアラブ首長国連邦の複数の首長国で、web3企業を誘致するイニシアチブが高まっている。
アラブ首長国連邦へ移動するクリプト企業
現在アラブ首長国連邦への進出を2022年に果たしているのは、バイナンス、OKX、Komainu、Crypto.comなどの大手各社。アラブ首長国連邦当局からプロビジョナルライセンスが発行されており、フルライセンスへの切り替えを目指している。これらの企業に続き、多くのクリプト企業がアラブ首長国連邦の特にドバイへの進出を進めている。
そのきっかけとなったのが、2022年3月に施行されたバーチャルアセット関連の規定と、ライセンスの発行だ。同時に、バーチャルアセット規制当局(VARA)が発足したことによって、ドバイが新たなクリプト企業のハブとなると期待されているからだ。
規制当局発足の狙い
今年2月、VARAは現地におけるバーチャルアセットの取引に関する新たな規定を発表した。経済的持続可能性と越境ファイナンスの安全性を基盤に、枠組みが作られた。この地域で特にセンシティブな、マネーロンダリング、テロリストへの資金供給が行われることを抑制し、投資家へ明確な規定を提供するとしている。
前述のとおりアラブ首長国連邦は、仮想エコノミーのハブとしてすでに動き出しており、ルール制定によりこうした新しいテクノロジーの悪用による世界規模のマネーロンダリングなどを防ぐ規制がより明確になった。また同時に、オペレーターの責任範囲がより明確になり、破綻などのリスクから消費者を守ろうとする動きも活発だ。
これにより、ライセンスを取得した企業(および申請する企業)は、マネーロンダリング防止策基準およびリスク管理の順守が必須となっている。将来を見据えたこの新しい仮想アセットベースの経済活動にドバイが本腰を入れたことは、クリプト企業にとっても渡りに船。世界的にも認められる未来の経済の形としてのお墨付きを得た形だ。
ラス・アル・ハイマのフリーゾーン開設
今年VARAによる新たなルールが発表されたのとほぼ同時に、同じくアラブ首長国連邦の1首長国であるラス・アル・ハイマがクリプト・フリーゾーンを設立すると発表。「RAK(ラス・アル・ハイマ)デジタル・アセット・オアシス」の名称で、世界初かつ唯一のデジタルおよびバーチャルアセット企業向けフリーゾーンを設立すると発表した。
ドバイやアブダビと比較すると、一般的に知名度が低いラス・アル・ハイマ首長国だが、フリーゾーンの歴史は浅くない。現地ではドバイほど物価が高くないことや、首都機能のあるアブダビと比較してゆったりとしたビジネスが展開できることから、会社の設立には以前より人気がある首長国でもある。
RAKデジタル・アセット・オアシスへの実際の申請書は2023年下半期からの受付となるが、ラス・アル・ハイマの鼻息は荒い。
フリーゾーンと共に「未来局(Department of future)」の設立に向けての枠組みを同時に発表。ラス・アル・ハイマを成長株であるイノベーションのハブとして確立し、経済的にも世界的にもビジネスのデスティネーションとして首長国を盛り上げたい思惑だ。
また、未来局はデジタルおよびバーチャルの資産セクターのイノベーションや起業家精神をはぐくむリーダー的存在として、ラス・アル・ハイマの存在感を高めていくのに極めて重要な役割を果たすとされている。
各社の現在の動向
クリプト企業進出の足場が固まりつつある中、各主要企業は現在どの段階にあるのか。
香港のデジタル資産カストディアンであるHexTrustは今年、正式にドバイへの進出を発表。MVP(Minimum Viable Product)オペレーションのライセンスを獲得し、UAEで初のカストディアンとなった。
世界最大級の規模を誇る仮想通貨取引所バイナンスは、3つのライセンスを獲得。同社の広報によると、アブダビのファイナンシャルサービス規制当局からのファイナンシャルサービス許可2件取得とドバイのVARAによるMVPライセンス1件が含まれているとのこと。MVPライセンスではリテールや投資機関向けにバーチャルアセット関連サービスの提供が承認されているとしている。
同社はまたアラブ首長国連邦全体で約600人の雇用をすでに達成している。同社は、現存のライセンスの枠組みの中で公式にオペレーションを開始し、このほどのVARAによる新たな規定の設定は「Web3 に対するドバイの野望を裏付けるもの。今後もこの地域でライセンスのアップグレードを進めていく」と勢いをつけたい構えだ。
Crypto.comは、2022年6月にVARAからプロビジョナルライセンス発行を受けている。同社はまもなく次の段階のMVPライセンス(準備ライセンス)が発行されるとしているが、コメント発表の時点では、新たなVARAの規定による同社のレビューが実施される前。同社の人事、ガバナンスの手順、マネーロンダリング防止能力、顧客に関する本人確認手続きのプロセスなどが審査されてからのライセンス発行となる予定だ。ライセンス取得後は、暗号資産の交換サービスや仲介、機関投資家向け決済用OTC提供サービスが可能になる。
ドバイでのオペレーション開始まで、最終段階に達していると語るのはKomainuだ。2022年7月にプロビジョナルライセンスを取得し、11月にはMVPライセンス取得段階に。この地域での機関投資家によるデジタル資産への需要が著しく増加している、として同社の「コマイヌ・イールド」と呼ばれる暗号資産の運用利回りを提供するサービスなどを中東地域の顧客向けに展開することを目指している。
世界最大の暗号通貨オプション取引所Deribitは、拠点をパナマからドバイに移すとBloombergで今年1月に報じられた。同社は今年第3四半期にドバイでのライセンス取得を目指しており、まずは機関投資家から、そして個人投資家向けのトレードを提供したいとしている。プロビジョナルライセンスを未取得ではあるものの、取引所としてのライセンスにも狙いを定めており、他の仮想通貨プラットフォーム同様にドバイ・ワールドトレードセンター・フリーゾーンでの事務所開設をしたい構えだ。
イメージアップのドバイ移転
各社のドバイ進出や拠点移転がニュースとなり目立ちつつあるが、前述ラス・アル・ハイマやアブダビといった首長国でもクリプト企業のライセンス申請は受け付ける。また、アブダビでの申請費用が2万ディルハム(約72万円)、年間費用が1万500ディルハム(約54万円)である一方、ドバイは申請費用が10万ディルハム(約360万円)、年間費用も同じく10万ディルハムと高額だ。にもかかわらず、ドバイへの進出が進むのはなぜか。
昨年11月に急速に破綻したFTXや、それに伴う経営者の詐欺容疑での逮捕など、クリプト業界を取り巻くニュースは芳しくなく、世間からの印象は決して良いものとは言えないのが現状だ。そこで各社は「ドバイへ進出」もしくは「ドバイでライセンス獲得」といったニュースで箔をつけることによって、自社および業界のイメージアップを図っている可能性もある。
今件については今年1月のダボス会議で、アラブ首長国連邦の人工知能・デジタル経済・リモートワークアプリ大臣がパネルディスカッションの際に質問を受けたころでも注目された。
質問者に、FTXの創設者が破綻直前にドバイを訪れたことを指摘された大臣は、ドバイが「あらゆる最先端テクノロジーを取り入れた未来を好む都市であり、人々は未来がそこにあると感じる都市だから」だと強調、クリプト業界のトラブルメーカーがトラブルから逃れるためにドバイに来るのではないと答えた。
同時にドバイおよびアラブ首長国連邦は、規制を強化し業界と連携することによって、ある国で問題を起こしたトラブルメーカーが国をまたいだ移動をすべきでない、と提言。各国政府に、不正をした企業が拠点を転々とすることのないよう、監視を強化するべきだと呼びかけた。
シンガポールよりも甘いと誤解されるドバイ
またこれまで主流であったクリプト企業やWeb3の拠点が、シンガポールからアラブ首長国連邦へと移動し始めていることも注目されている。
憶測の域を出ないとしつつも、シンガポールでの規制が厳しく、個人投資家への広告宣伝ができないことや、ライセンスがなかなか発行されない、認可が下りないといったことが原因ではないかと見られている。一方で、クリプト企業の誘致を促進しているアラブ首長国連邦であれば、税制の優遇や、ライセンス取得の簡単さが見込めると考えたのだろう。
観光地として名をはせるドバイが、一方でさまざまな事情を抱えた人たちにとっての逃亡先であることも否定できない。ただ、ドバイやアラブ首長国連邦は、規制が緩いように見えて実はシビアだ。特に国や都市のイメージを傷つけるような外国人や事件を徹底的に嫌うため、最もよくあるのが国外追放、さらに将来の再入国禁止など、甘く見ていると厳しい措置に合う羽目になる。
実際に、3月に新しく発表された規制ではライセンス申請者に追加書類や証明書の提出を求めたとされ、厳しさを見せ始めている。実際にVARAが、バイナンスに社内の所有構造、ガバナンスや監査のプロセスについての追加詳細情報の提出を求めたことがわかっており、同様にライセンス申請をする国外からの進出企業にも証明書の提出を求めている。
VARAによる新ルールの概要
このたび発表された新ルールでは、プライバシーコインと呼ばれる匿名性の高い通貨の取引が禁止された。ZcashやMoneroなどに代表される所有者や取引を追跡できないこの通貨は、地元企業が同種の通貨を作成することも禁止されている。マネーロンダリングと、テロ組織への資金調達防止だ。
また、VARAの正式な許可なしでは「バーチャルアセット事業」を名乗ることは禁止。大規模トレーダーで、活発に2億5000万ドル以上をクリプトで投資する企業はVARAへの登録が必須。指導に従わない、会社が破産した場合にはライセンスが取り消されるほか、サービス料金の決定もされている。
市場行動規範に従わなかった場合、罰則金は個人に最高2000万ディルハム(約7億2000万円)、サービスプロバイダには5000万ディルハム(約18億円)が課せられる。
2022年に500以上のクリプト企業やスタートアップがドバイに進出登録をしたという統計も発表されている。登録先はドバイ・マルチコモディティセンター、ただし、今後はVARAの監視下でどのような判断がされるか注視していかければならない。
クリプトフレンドリーな国をアピールするアラブ首長国連邦と、そこに活路を見出そうとしているクリプト関連企業。欧米諸国からのプレッシャーと共に、ドバイをはじめとするこの国がどのようなかじ取りをしていくのか。仮想通貨の将来を左右するのは、この国の決断かも知れない。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)