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マイクロソフトの10兆円買収案件が暗礁に乗り上げ
検索エンジン、クラウド、ソーシャルメディアなどのデジタル分野において、GAFAM企業が非常に大きな影響力を持っていることは周知の事実だが、この独占的な影響力に対して、規制を強化し、他の企業による参入・競争を促そうとする動きが強まっている。特にこの動きが顕著なのが英国だ。
2023年4月26日の報道がそのことを如実に物語っている。
同日、英国の競争当局が、マイクロソフトによるゲーム大手アクティビジョン・ブリザードの買収計画を阻止するという決断を下したのだ。マイクロソフトは2022年1月に、アクティビジョンを約690億ドル(約9兆4000億円)で買収する意向を発表。これに対し、各国では規制当局がマイクロソフトによるアクティビジョン買収が市場競争を阻害しないかどうかを調査していた。
英国では、日本の公正取引委員会に相当する競争・市場庁(Competitions and Markets Authority=CMA)が調査を実施しており、今回の発表に至った。
CMAは、マイクロソフトの買収に反対する理由として、この買収が立ち上がって間もないクラウドゲーム市場における競争上の懸念を引き起こすためと説明。前回までは、ゲーム機市場における競争阻害懸念を指摘していたが、3月の時点で同懸念は払拭されていた。今回、懸念対象がクラウドゲーム市場に向けられた格好となる。
CMAが指摘する懸念とは、マイクロソフトがアクティビジョンのゲームを自社のクラウド・ゲーム・プラットフォーム「Xbox Game Pass」でのみ利用可能にし、他の業界プレーヤーへの配信を停止する可能性があるというもの。
CMAはプレスリリースで「クラウドゲーム市場の急速成長が見込まれる今、マイクロソフトに独占的な地位を与えてしまうと、今後イノベーションが阻害されてしまうリスクがある」と述べている。
今回の買収案件でCMAは、マイクロソフトとアクティビジョンの文書300万件以上に加え、電子メール2100件以上を分析、その上でこの買収が「急成長するクラウド・ゲーミング市場の未来に影響し、今後数年間にわたって英国のゲーマーが享受できるはずの選択の可能性が狭まるだろう」と結論付けた。
CMAは、現時点のクラウドゲーム市場におけるマイクロソフトのシェアを60〜70%と推計。アクティビジョンは、Call of Duty、Overwatch、World of Warcraftなどの人気タイトルを有する企業で、買収が実現すると、マイクロソフトの優位性がさらに強くなると指摘している。
マイクロソフトの是正案、CMAは否定、控訴に発展する可能性
マイクロソフトは事前にこれらの懸念を払拭するための取り組みを進めており、実際CMAもその対応を評価していたといわれている。
マイクロソフトによる取り組みとは、クラウド・ゲーム・サービス提供において競合となるNVIDIA、Ubitus、Boosteroidとのゲーム提供契約の締結だ。この契約により、今後10年にわたり、これらの競合プラットフォームでも、Xboxのゲームがプレイ可能となった。また、任天堂とも同様の契約を締結している。もし、マイクロソフトがアクティビジョンを買収した場合、競合クラウド・ゲーム・サービスや任天堂スイッチなどでも、アクティビジョンの人気ゲームにアクセスすることが確約された形となる。
しかし、CMAはこれらの契約内容を調査した結果、「いくつかの重大な欠点」を発見したと指摘。「ゲームをプレイする権利を得るには、特定のストアや特定のサブスクリプションサービスに加入する必要がある」という。また、これらの契約には、マイクロソフトが競合するサブスクサービスに対してゲームのアクセスを提供する合意が含まれていないほか、競合サービスがWindows以外のOSでプレイできるバージョンを提供できる合意も含まれていない。
これらを踏まえ、CMAは「提供されるのはアクティビジョンの一定のゲームのみであり、それらは一定のクラウドゲーミングサービスでのみストリーミングでき、一定のオンラインストアで購入された場合に限られるため、マイクロソフトとクラウド・ゲーム・サービス企業の間の意見の相違や衝突のリスクが高まる。特に市場が急激に成長する今後10年という期間を考慮すると、このリスクは非常に高くなるだろう」と述べている。
マイクロソフトの副会長兼プレジデント、ブラッド・スミス氏はCMAの決定に対する声明で、同社は「この買収に完全にコミットしており、控訴する」構えであると発表。また「CMAの決定は、競争上の懸念を解決するための実用的な手段を否定するものであり、英国のイノベーションや投資を妨げるものだ」と批判を展開した。
アクティビジョン側もCMAの決定を不服とする声明を発表、「CMAの決定は、適切ではなく、非合理的なもので、証拠とも矛盾している」との批判を述べた。また、アクティビジョンのボビー・コティックCEOが従業員宛てに送付したメールによると、同社とマイクロソフトは、すでに英国の競争控訴裁判所に控訴する準備を開始している」という。
このマイクロソフトによるアクティビジョン買収に対する姿勢は、各国で大きく異なる。
The Vergeによると、これまでのところサウジアラビア、ブラジル、チリ、セルビア、日本、南アフリカでは、各規制当局の承認は下りたとされる。欧州連合(EU)は、5月22日までに決定を下す予定となっているが、承認する公算が高いという。
一方、米国では連邦取引委員会(FTC)が昨年、買収阻止を目的とする訴訟を起こしており、現在も継続中だ。8月2日に、公聴会が実施される予定で、ゲーム業界の契約に関する内情が明らかになるのではないかと注目されている。
英規制当局の権限強化、他のGAFAM企業にも影響
今回の件ではマイクロソフトに焦点が当たっているが、GAFAMを含めたテック大手全般に対するCMAの権限が強化されており、今後はマイクロソフト以外の企業に対しても厳しい措置が実行される可能性がある。
CMAがマイクロソフトのアクティビジョン買収反対を発表する前日となる4月25日、英国政府は、CMAの権限を強化する新しい法律の導入を明らかにしているのだ。
この法律により、CMAは長い裁判手続きを経ることなく、ビッグテック企業に消費者法を直接施行できるようになる。CMAと裁判所は、消費者法に違反した企業に対して、グローバル売上高に対し最大10%の罰金を科すことが可能になった。
また、CMA内に設置されたデジタル・マーケット・ユニット(DMU)による権限も強化され、特に偽レビュー問題やサブスク問題に注力することが盛り込まれている。
アマゾンEコマース、グーグルやアップルのアプリストアにおいて、偽レビューの問題が深刻化している。新しい法律では、罰則強化により、違反企業に対し上記のグローバル売上高の最大10%の罰金のほか、シニアマネージャーレベルの責任者に対し、個人的な責任を追及することなどが可能になったという。
このほか、お試し期間から自動でサブスクに移行する際には、消費者にそのことを明示することが義務付けられるなど、いわゆる「サブスクの罠」問題に対する罰則も強化されている。
新法施行により、英国内でどのような展開があるのか、また今回の騒動が英国外にどう波及していくのか、今後の動向にも注目が集まる。
文:細谷元(Livit)