Stanford Institute for Human-Centered Artificial Intelligence(HAI:スタンフォード大学人間中心AI研究所)が、2023年版の「AI Index」レポートを発表した。レポートには、AI関連の研究開発、経済、教育、各国の動向など多様なデータがまとめられており、PDFがダウンロード可能だ。なお、全編英語となっている。

同レポートは2017年から発表されており、学術界と産業界の専門家からなるAI Index Steering Committee(AIインデックス運営委員会)が主導している。

2023年版のレポートでは、今まで以上の自己収集データや独自の分析結果を掲載している。財団モデルの分析(地政学や訓練費用など)、AIシステムが環境に及ぼす影響、K-12AI教育、AIに関する世論の動向などがその例である。また、2022年の25カ国から2023年の127カ国へと、世界のAI法制の追跡を拡大した。

レポートの10の注目ポイント

同レポートでの重要ポイントは以下のとおり。

①産業界は学会よりも先行

2014年までは、学会が重要な機械学習モデルを主導的に発表していた。それ以降は産業界が支配的な役割を担うようになり、2022年には、産業界が発表した重要な機械学習モデルは32種類、学会が発表したものは3種類となっている。最先端のAIシステムを構築するためには大量のデータ、計算機、資金が必要だが、これらのリソースは産業界が圧倒的に持っており、最先端のAIシステムを開発することが可能になっている。

②従来のベンチマークでは計測できない

AIは最先端の結果を出しているが、多くのベンチマークで前年比の改善は限界に達している状態だ。さらにベンチマークが飽和状態に達するスピードも速くなっている。しかし、BIG-benchやHELMなど、より包括的で新しいベンチマーク・スイートがリリースされている。

③AIは環境に役立ち、かつ害を及ぼしている

最新の研究で、AIシステムの利用は環境に大きな影響を及ぼす可能性があることが明らかになった。Luccioniらによると、2022年にBLOOMのトレーニング実行では、ひとりの航空旅行者の片道旅行の炭素排出量の25倍を超えるものとなった。しかしBCOOLERなどの新しい強化学習モデルは、AIシステムをエネルギー効率のいい利用に結びつけることができると示唆している。

④世界最高の新人科学者はAIか

AIモデルは科学の進歩を急速に加速させ始めている。2022年には水素融合の補助、マトリックス操作の効率化、新しい抗体の生成などに使われた。

⑤AIの悪用に関する事件が急増

AIの倫理的な悪用に関する事件を追跡するAIAAICのデータベースから、2012年以降のAIの事件や論争の数が26倍に急増していることがわかる。2022年には、ウクライナのゼレンスキー大統領が降伏するディープフェイク動画が出回る事件や、米国の刑務所が受刑者に通話監視技術を使用した事件などが起きた。これらはAI技術の利用拡大と悪用の可能性を鑑みる上での重要な示唆となっている。

⑥AI関連の専門スキルに対する需要が米国のほぼすべての産業分野で高まる

2021年から2022年にかけて、農林水産業と狩猟を除くすべてのセクターでAI関連の求人票の数は1.7%から1.9%へと平均的に増加している。米国の企業が、AI関連のスキルを持つ労働者を求める動きが見られる。

⑦過去10年間で初めて、AIへの民間投資額が前年比で減少

2022年のAIへの民間投資額は、2021年から26.7%減少し919億ドルとなった。これは過去10年間で初めてのこと。またAI関連の資金調達イベント数と、新たに資金調達したAI企業の数も減少している。しかし10年間でAIへの投資額は大幅に増加しており、2022年の民間投資額は2013年の18倍となった。

⑧AI導入企業の割合が頭打ちになる一方で、AIを導入している企業が引き続き優位に

マッキンゼーの年次調査結果によると、2022年にAIを導入する企業の割合は、近年は50%から60%となっているが、2017年から2倍以上に拡大している。AIを導入した組織は、有意義なコスト削減と収益の増加を成し遂げていると報告されている。

⑨AIに対する政策立案者の関心が高まる

AIインデックスが127カ国の立法記録を調査した結果、「人工知能」を含む法案が2016年の1件から2022年には37件と増加していることがわかった。また、81カ国のAIに関する議会記録の分析から、2016年以降の立法手続きの中でAIに関する言及が約6.5倍に増加したことが明らかになった。

⑩AIの製品やサービスに対して最もポジティブに感じている国は中国

2022年のIPSOSの調査では、中国の回答者の78%は、AIを使った製品やサービスには欠点よりも利点が多いという意見を支持していた(調査対象国の中で最も高い割合)。サウジアラビア(76%)インド(71%)の回答者も、AI製品に対し好感を抱いていた。一方、アメリカ人は回答者の35%(調査対象国の中で最も低い割合)しか、AIを使った製品やサービスに利点の方が多いという意見に同意しなかった。