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コロナ禍により、国を跨いだ移動が大きく抑制された2020年、2021年。しかし2022年以降、徐々に人々の往来は復活しつつあり、他国への移住者数も上昇に転じている。中でも資金力と機動力のある富裕層は、既に今回のパンデミックを踏まえた移住行動を起こしており、グローバルでの富の流出先が変化する予兆を見せている。
世界の富裕層がどこから流出し、どこへ流入しているのか、2022年の移住データを元に、富の流れの変化とその理由を探ってみたい。
2022年に富裕層が流出した国TOP10 ロシア、中国、ウクライナなど
イギリスのコンサルティング会社ヘンリー&パートナーズのレポートによると、資産額100万ドル以上のミリオネア(富裕層)の移住者数は、2022年で約88,000人の見込みだ。これはコロナ前の2019年と比べると22,000人少ないが、2023年には過去最大規模の125,000人の富裕層が新たな国に移住する予測となっている。
ここでいう移住とは、タックスヘイブンへの書類上の住所変更といった類いのものではなく、1年のうち6カ月以上実際にその国に滞在するケースのみを対象としている。
2022年に富裕層の流出過多となった国トップ10は、順にロシア、中国、インド、香港、ウクライナ、ブラジル、イギリス、メキシコ、サウジアラビア、インドネシアとなっている。
最も多くの富裕層が流出しているのはロシアで、これはロシアのウクライナ侵攻による影響が主な要因だ。すでにロシアの富裕層の15%以上が、国外へ流出しているとも言われている。同様にウクライナ側でも富裕層の流出が相次いでおり、すでにウクライナの富裕層のうち40%以上が国外へ移住しているとされる。
ロシアに続き、2番目に富裕層の流出過多だったのが中国だ。国自体の成長もここ数年鈍化していることに加え、アメリカやオーストラリアなどとの関係悪化が、富裕層の流出要因となっている。
続いてインドも外国人富裕層の流出数が大きいが、インド国内ではそれを超える数のミリオネアが毎年誕生している。
これまでの富の中心地イギリスやアメリカが求心力を失う
富裕層の流出入数を見て明らかなのは、これまで長らく裕福な投資家たちの中心地であったイギリスとアメリカが、その求心力を失っているということだ。
これまで世界屈指の金融センターだったロンドンだが、Brexit決定後から継続的に富裕層が流出し続けており、イギリスは2017年からこれまでで合計約12,000人の流出過多となっている。
同じく経済の中心地であるアメリカも、コロナ前と比べて明らかに富裕層の人気を失っているという。その主な要因は税金の高さだ。とはいえアメリカの富裕層の流出入バランスは、かろうじてまだ流入の方が多いものの、2019年と比較するとその流入超過割合は86%も激減している。
富裕層は次回2024年の大統領選挙で政権が交代し、再びトランプ政権に近しい勢力が台頭することを懸念しており、政治的な背景からも、自らの資産をアメリカに置いておくことをためらう状況になっているという。
2022年に富裕層が流入した国TOP10 UAE、オーストラリア、イスラエルなど
一方、2022年に富裕層の流入過多となった国トップ10は、順にUAE(アラブ首長国連邦)、オーストラリア、シンガポール、イスラエル、スイス、アメリカ、ポルトガル、ギリシャ、カナダ、ニュージーランドとなっている。
オーストラリアやニュージーランド、スイスは以前から富裕層の移住先として人気が高く、シンガポールもアジアの富裕層の中心地として地位を確かなものにしている。
ポルトガル、ギリシャ、カナダは不動産への投資などによって得られる投資移住ビザの制度を設けており、これが富裕層の流入を促進する大きな要因と考えられている。
このランキングから見える新たな流れとしては、UAEやイスラエルへ移住する富裕層が急増しているということだ。2022年のUAEへの富裕層流入数は過去最高で、2019年の3倍以上という水準となっている。イスラエルも2019年比80%の流入者数増だ。
UAEとイスラエルという2カ国へ富裕層の流入が急増している背景には、ロシアのウクライナ侵攻の影響がある。西欧諸国は足並みを揃えてロシアへの経済制裁を強めているため、それとは一線を画すUAEやイスラエルなどへ退避するロシア人富裕層が多いのだという。
また、ウクライナ侵攻前からロシアを離れてイギリスなどに居住していたロシア人富裕層たちも、西欧諸国のロシア資産凍結から逃れるため、UAEやイスラエルへ再移住する流れが見られている。
UAEが新たな富裕層の移住地として台頭している理由
UAEが2022年の富裕層流入過多数で1位となったのは、ロシアを取り巻く政治的背景だけが理由ではない。
UAEはこれまでも観光や貿易面での外国人誘致に力を入れてきたが、最近では富裕層の移住誘致に積極的で、滞在ビザの選択肢を増やしたり、外国人が生活しやすいような制度やインフラを整えるなど、柔軟なアプローチで各国の富裕層や著名人を惹き付けている。
たとえば2022年からはこれまでイスラム教の生活習慣に合わせ金曜と土曜だった公的機関の週末を、国際基準の土曜と日曜に変更した。2023年1月にはUAEの中心的な首長国であるドバイが、アルコール飲料に課せられる30%の酒税を、1年間停止すると発表したところだ。このようにイスラム教独自の慣習や規則を弱め、外国人にとって住みやすい環境が着々と整えられている。
元々UAEには所得税や固定資産税がなく、富裕層にとって魅力的な税制度が整っていた。ドバイでは法人設立や不動産取得などによって容易に数年間の滞在ビザが取得できるが、2021年にバーチャルワーキングビザ制度が誕生したことにより、さらに移住のハードルが下がった。このビザはUAE国外の企業で雇用されたまま、リモートワークという形で1年間ドバイに居住できる仕組みになっている。
日本人のドバイ移住も急増中で注目を集める
最近ではドバイに移住してくる外国人の顔ぶれも変化しているという。かつては同じアラブ地域やインドの富裕層が投資目的でやってくるケースが多かったが、最近では欧米のエリート層に加え、暗号資産やテック系で資金を得た若者も多くなっているそうだ。
この1〜2年で日本からもドバイに移住する人が増えており、ドバイ移住に関する日本語での情報発信が活発になっている。ドバイは世界的に見ても凶悪犯罪が少なく治安が良いことに加え、医療水準が高く、英語で生活ができ、商業施設も充実している。
また、教育に関しても水準が高く選択肢が多いことから、子どもの教育目的でドバイ移住を検討する人も急増しているようだ。ドバイの人口は約350万人、面積は滋賀県と同程度という規模感ながら、日本の3倍近い数のインターナショナルスクールがあり、イギリス系、アメリカ系などカリキュラムや校風に合わせて学校選びが可能になっている。
税金対策から生活拠点作りへ、富裕層の移住目的の変化
UAEの富裕層誘致策からもわかる通り、最近の富裕層の移住は実生活を伴うものになっている。これまで多くの富裕層は、税務的にメリットのあるタックスヘイブンの居住権や市民権を獲得しても、あくまで書類上のことで、実際にその国に移住することは少なかった。
しかし最近その傾向は変わりつつあり、家族を伴って他国で生活拠点を作る、実移住のケースが増えているという。その移住理由は多岐に渡り、より治安のよい国へ、より教育や医療水準の高い国へ、気候変動リスクの少ない国へ、さらには仮想通貨フレンドリーな国へ、などが挙げられている。
いずれにしても、コロナ禍という予測不能なパンデミックと各国での対応の違いを目の当たりにした富裕層は、居住地の選択肢を増やしておくことで将来の地域的、全世界的な変動リスクをカバーしようという意識が高まったということだろう。
富裕層の流出入は世界の富の流れの変化を示す
富裕層の流出入動向は、その国の経済健全性の優れたバロメーターである、と言われている。裕福な個人は非常に機動力が高く、彼らの動きは今後のその国のトレンドを占う初期のワーニングサインとなり得る。
イギリスやアメリカが富裕層の居住地としての求心力を失いつつある一方で、UAEが移住先の筆頭に躍り出たという今回のデータは、富裕層だけではなくグローバルでの富の流れが変化する予兆なのかもしれない。
文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit)