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ロシア・ウクライナ戦争の影響を受け、価格高騰や供給制約が起こり、エネルギー安全保障の重要性が、よりクローズアップされている。
そんな中、COP27が11月中旬にエジプトで行われた。会期中にリシ・スナック英国首相は、「気候安全保障とエネルギー安全保障は密接に関係している」とコメント。再生可能エネルギーの中でも、グリーン水素に注目が集まった。COP27の「ブレークスルー・アジェンダ」として、12カ月にわたる水素行動計画を策定。100ものシリコンバレーならぬ「水素バレー」を設立し、認証プログラムを開始する。協約国はG7、中国、インド、オーストラリア、韓国などだ。
COP27が地球の裏側、エジプトで開催されている一方で、オーストラリアのクイーンズランド(QLD)州では、グリーン水素の製造時やグリッドを通しての供給を前提とし、再生可能エネルギーを生産する「ノース・クイーンズランド・スーパー・ハブ(NQSH)」の立ち上げが発表された。
QLD州、2032年までに再生可能エネルギーを全電力の70%に
QLD州史上最大規模の再生可能エネルギー事業「ノースクイーンズランド・スーパーハブ」を立ち上げることを、アナスタシア・パラスチュック クイーンズランド州首相が11月中旬に発表した。世界的なグリーンエネルギー企業、フォーテスキュー・フューチャー・インダストリーズ社(FFI)と、オーストラリア資本でクリーンエネルギー事業を行うウィンドラブ社が協力し、NQSHを実現する。
NQSHには、風力発電と太陽光発電の事業が集まり、10ギガワット以上の再生可能エネルギーを生み出すと推定されている。そして、このクリーン・エネルギーはグリッドを通して、州内で行われるグリーン水素の大規模生産を支えることになる。QLD州は豊富な天然資源とNQSHのおかげで、世界にグリーン水素を提供する目を離せない場所になると、パラスチュックQLD州首相は語る。
FFI社、ウィンドラブ社共にクリーンエネルギーをもたらすNQSHがあることで、グリーン水素製造と供給においてQLD州は世界を先導する役割を果たすことになると予測する。
現在は計画の第一段階にあたり、800メガワットのプレーリー・ウィンド・ファームと1000メガワットのウォンガリー・プロジェクトがNQSHに含まれている。第一段階の建設は2025年までに開始され、2027年までに再生可能な電力の生産を始める計画だ。
また、NQSHは「ノーザン・QLD州北部・リニューアブルエネルギー・ゾーン」の開発を加速させる「QLD・スーパーグリッド・インフラストラクチャー・ブループリント」の中核を成すものでもある。これは、同州の既存の電力システムの脱炭素化を進めようと、基盤となるインフラを整備するための計画だ。2030年までに同州の再生可能エネルギーの割合を50%にまで引き上げ、同州の経済活動によるCO2排出量を2005年比で30%削減するなどの目標を達成するための計画だ。
「スーパーグリッド」は、「QLD・エネルギー・アンド・ジョブズ・プラン」で重要な位置を占める。これは、2035年までにエネルギーシステムに対して、公的、私的を問わず620億ドル(約5兆8000億円)の投資を行い、2040年までに10万人の雇用創出を目指す。
QLD州は、脱炭素化を進めると同時に、2032年までに、再生可能エネルギーを全電力の70%を占めるまでに伸ばすことなど、野心的な目標を掲げている。
国としての「水素戦略」、州ごとの「水素戦略」
QLD州がここまでグリーン水素生産を追求する背景にあるのが、オーストラリアの「国家水素戦略」だ。2018年に、オーストラリア政府間協議会エネルギー委員会は「オーストラリアが、全国民が利益を享受できるクリーンで革新的であり、競争力や安全性も備えた水素産業を創出し、2030年には、世界に伍する水素大国になる」というビジョンを発表した。
同国は資源が豊富であり、世界中で高まっているグリーン水素開発の機運を捉え、輸出することが可能だ。発電コストの低減や、輸入燃料依存率の低下などが、オーストラリアのメリットとして考えられるほかに、他国にも炭素排出量削減などの利点が生じる。
オーストラリアのグリーン水素へのアプローチの中核を成すのが「水素ハブ」、つまり大規模需要集積地の創設だとされている。ハブは多くが地方・遠隔地に設立されることが多く、スケールメリットをもたらし、産業の足掛かりを作ることができる。
オーストラリアが水素の未来を切り開き、2030年以降にその経済的、社会的、環境的成果を享受できるように、各レベルの政府、民間業者、学会がこぞって貢献する。他者との協働関係も重要視されている。
国としての水素戦略の下には、州ごとの水素戦略も存在する。例えば、QLD州では、「QLD水素戦略」に基づき、グリーン水素の製造が進められる。この戦略には、1500万豪ドル(約14億円)規模の水素産業開発のための基金が含まれ、州内で水素プロジェクトを進める投資家に資金を提供する。
同戦略における重要事項は、「イノベーションの支援」「民間セクターによる投資の促進」「確実で効果的な政策枠組みの構築」「コミュニティにおける認知度向上と信頼の獲得」「新技術に関するスキル開発の促進」の5項目が挙げられている。
政府容認が見送られても、注目される「アジアン・リニューアブル・エナジー・ハブ」
太陽光発電、陸上風力発電、グリーン水素、グリーンアンモニアを統合した、再生可能エネルギーハブもある。西オーストラリア州に建設が予定されている「アジアン・リニューアブル・エナジー・ハブ(AREH)」は、世界最大の再生可能エネルギーハブになる可能性を秘めている。
英国を本拠地として、石油・ガスなどのエネルギー関連事業を展開するBP社を中心に、香港のインターコンチネンタル・エナジーなどと協働で、再生可能エネルギーによる電力を供給すると共に、製造したグリーン水素およびグリーンアンモニアを国内市場や海外へ輸出する予定。オーストラリアやアジア太平洋地域のエネルギー転換と、クリーンエネルギーの安全保障に寄与することを目指す。日本や韓国といった国々の脱炭素化を支援する。
フル稼働時には、太陽光発電と風力発電を合わせ、最大26ギガワットの発電能力を備える。発電量は年間90テラワット時以上で、2020年にオーストラリアで発電された電力の約3分の1に相当。年間約160万トンのグリーン水素、または900万トンのグリーンアンモニアを生産する。国内および輸出市場において、年間約1700万トンの炭素を削減する計算だ。
この事業は2020年にオーストラリア連邦政府に「重要なプロジェクト」と認可され、2023年に建設を開始し、完成は2025年の予定だった。しかし、2021年に環境省から、建設予定地がラムサール条約に登録されているなど、AREHを容認できないという判決が下った。AREH側は、依然として環境影響計画や緩和策に引き続き取り組み、開発を行うことに意欲的だ。
WA州が毎年輸入する67億リットルのディーゼルの代わりとしてのグリーン水素
西オーストラリア(WA)州の町、デンハムで、オーストラリア初の再生可能エネルギーによる水素マイクログリッドが11月中旬稼働を始めた。
930万豪ドル(約8億7000万円)を投じた水素実証プラントでのパイロットプログラムは、地元の国営電力会社、ホライズン・パワー社と、サステナブルなエネルギーの供給事業を行う、パシフィック・エナジー社の再生可能エネルギー部門、ハイブリッド・システムズ・オーストラリア社により運営される。太陽光発電所の電力を変換し、グリーン水素を製造。加圧貯蔵システムに貯蔵するか、燃料電池に利用する。
2023年初頭、100%稼働すると、年間最低1万3000キログラムを供給することが可能になる。これは、デンハムの需要の4分の1、約100世帯分の電力にあたる。
公共政策シンクタンクのオーストラリア・インスティチュートの調査・報告によれば、オーストラリアは燃料消費の約91%を輸入に頼っているそうだ。アラナ・マクティアナンWA州水素産業大臣によると、同州は毎年67億リットルのディーゼルを輸入しているという。価格が高騰しているディーゼル燃料への依存を減らすためには、代替を見つける必要があると訴える。ホライズン・パワー社は、この水素パイロットプログラムをフル稼働できれば、デンハムのディーゼル使用量を年間14万リットル削減できると見込む。
マクティアナンWA州水素産業大臣は、このプラントが完全に稼働すれば、グリーン水素がディーゼル燃料や他の化石燃料の代替となり、WA州政府が掲げる、2050年までにWA州をゼロエミッションにする公約に向け、前進することができると期待する。
WA州にも「WA水素戦略」があり、それに沿って「ロードマップ」も用意されている。WA州は、再生可能な水素の重要な生産者、輸出者、利用者になるというビジョンを掲げている。
戦略的重点分野としては、4つ。「大きく成長することが予想される、グリーン水素の世界市場に向けての輸出」「遠隔地にある産業やコミュニティのディーゼル燃料への依存度の引き下げ」「天然ガスに低濃度の水素を混合し、州内のガス産業に、脱炭素化の機会を提供」「燃料電池電気自動車を利用した輸送を、移動手段や貨物輸送に水素を導入する第一歩にすること」とされている。
コスト問題への対抗策も、オーストラリア国内で開発済み
オーストラリアにおける水素関連組織、政策、プロジェクトに関する情報を提供するハイリソースによれば、国内には113のグリーン水素関連プロジェクトが存在するという。同政府は、水素をCO2排出量削減に有効な燃料として位置づけ、グリーン水素エネルギー産業の構築を目指す。
しかし、グリーン水素にはどうしても、コストの問題がつきまとう。水素は、電解プロセスを経なければ入手できず、この作業を行う電解槽は従来高価で複雑、なおかつ効率が悪い。この大きな問題を解消に導く方法も国内で開発されている。
ニューサウスウェールズ州を本拠地としたスタートアップ、ヒサタ社は、今までの電解槽に代わり、槽内の電気抵抗を低減したものを開発した。つまり電気抵抗を低減した分、必要となるエネルギーが少なくて済む。水素生産にあたっての資本コストと運用コストの両方が大幅に削減できるという。
現在、ヒサタ社は電解槽を生産するためのプラントを建設中。同社のおかげで、国内の研究者は、グリーン水素が化石燃料に対抗する、強力なライバルになり得る時代に近づいたと話しているそうだ。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)