INDEX
コロナ禍を経て、消費者の行動が回復傾向にある今、スモールビジネスの経営者は一歩前へと進んだ半面、多岐にわたる業務を抱え、本業に集中できない二足の草鞋を履いている状況が続いている。2022年に入って、円安やインフレ、価格高騰に悩まされる経営者も多い中、2023年10月からのインボイス制度の導入開始や改正電子帳簿保存法もあり、バックオフィス業務の必要性が増したことで、会計ソフトの利用をはじめとした経理業務効率化への意識が高まっている。
個人事業主を含むスモールビジネスでは人員が限られているため、キャッシュフロー管理や経費精算業務に手が届きにくくなっている。今回、長年、スモールビジネス支援に注力してきたアメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc.(以下、アメリカン・エキスプレス)カード事業部門 副社長の須藤 靖洋氏と、弥生株式会社(以下、弥生)代表取締役 社長執行役員の岡本 浩一郎氏に、両社の見る昨今のトレンドや今回のパートナーシップについて、また今後の将来像などを聞いた。
スモールビジネスオーナーへの歯がゆい思い
起業やフリーランスなど、スモールスタートでのビジネスが多く生まれる土壌が育ち、働き方にも多様性が認められる時代となってきた。スモールビジネスの顧客の多いアメリカン・エキスプレスと弥生は、彼らが抱える様々な問題を聞き、解決につながるサービスを拡充してきた。しかし寄り添うが故に、スモールビジネスが直面する課題の多さに、歯がゆい思いも抱いているという。
須藤氏「人材の限られているスモールビジネスでは、オーナーがさまざまな業務を行わなければならず、経理業務といったバックオフィスの作業にも相当な時間を取られています。しかしビジネス・カードの利用で経理処理を自動化できれば、節約した時間を本業である事業成長に使えるので、スモールビジネスの伸び代はまだまだあるはずだと思います」
アメリカン・エキスプレスといえば日本でも老舗カード会社として知られる存在だ。一般的には、個人向けクレジットカードの会社、というイメージが定着しているが、実は特にここ数年、個人事業主やスモールビジネス向けのビジネス・カードを中心に、B2Bビジネスを大きく成長させており、既に法人の取り扱いは個人と同レベルに達しているという。
須藤氏「当社は1850年に急行便会社として米国で創業されました。その後、トラベラーズ・チェックからクレジットカードとサービスを変遷させながら現在に至っています。日本では1917年に事業を開始し、『日々世界最高の顧客体験を提供する。』というビジョンにあるように、“カード会社”というより“サービス業”として自らを位置付けています」
岡本氏「当社は起業家・個人事業主・中小企業をはじめとする、スモールビジネス中心に業務ソフトを開発・提供・サポートしている会社です。代表的なプロダクトである『弥生シリーズ』はデスクトップアプリ売上実績が23年連続No.1であり、個人事業主向けのクラウド会計ソフトは、7年連続で利用シェアNo.1となっています。
当社は「事業コンシェルジュ」をビジョンに掲げており、業務ソフトの枠を超えて、お客様の事業のあらゆるステップを支援したいと考えています。お客様がやりたいことは業務ソフトを使う事ではなく、ビジネスを継続し、成長させることだからです」
岡本氏「須藤さんが話されたように、スモールビジネスでは帳簿付けなどに多くの時間を取られ、本来やるべき業務になかなか時間を割くことができない経営者が非常に多い状態にあります。経理業務を自動化して、経営者には本業に集中していただきたいです。
また現在の日本政府は、副業やフリーランスを推奨する政策を推進しています。先日のパブリックコメントを受けて、副業でも一定の場合を除くと会計帳簿を作成すれば概ね税務上有利な事業収入として認められる方向になりました。今後は副業でも、会計帳簿の作成は国に事業として認めてもらう要件になります。国の方向性もあり、フリーランスや副業において会計ソフト利用の必要性が増し、経理業務の効率化ニーズは更に高まるのではないでしょうか。
ただし当社では、お客様に会計ソフトを提供するだけでは足りないと考えています。『事業コンシェルジュ』として、お客様の事業の継続と成長のためにできること、事業のあらゆるステップに沿った支援をしていきたいですね」
須藤氏「決済市場全体で見ると、個人のカード決済は約3割あるのに対し、法人のカード決済はまだまだとなっています。法人がカードを利用するメリットとしては、資金繰りの改善に留まらず、バックオフィスの効率化などがありますが、まだまだB2B市場では使える加盟店が少ないという実態もあります。
アメリカン・エキスプレスは、ビジネス・カードをお持ちのスモールビジネスの経営者向けに、どの加盟店でカード決済が可能か、事業支出をどのようにまとめたらよいかなど、ビジネスの課題に沿って無料でコンサルティングを行うチームがあります。ビジネス成長を伴走で支える、という点で、“事業コンシェルジュ”と似ていると思います。」
仕入や設備投資を行う場合、その資金には手元資金や銀行からの融資で充当する場合がほとんどだ。しかし分割払いを含めカード決済ができれば、経営者は自己資金を上回る額であってもスピーディーな購入判断が可能となる。法人の新たな決済手段としての立ち位置を確立する可能性を秘めていそうだ。
思い込みを除外、紙と現金は本当に必要なのか
スモールビジネスの課題解決においては、経営者自身が時代に沿った変化に合わせて、発想を転換していくことが重要になる。
岡本氏「会計ソフトを導入しても、紙伝票の作成を続ける企業が少なくありません。確定申告などは紙を前提に設計された歴史的な背景もあり、紙を利用しなければならない、という思い込みを持つ方も多いといえます。しかし実際、帳簿は会社の状況を把握することが本来の目的ですので、伝票などの証憑が紙である必要はありません」
須藤氏「現金払いへのこだわりが強い、という傾向もありますよね。しかし現金払いによって、出納管理や通帳への記帳など物理的な作業が多く発生してしまいます。極論を申し上げると、B2Bビジネスなら現金を使う必要はありません。ここでも現金が必要、という思い込みを外す必要があると感じます」
2023年10月にはインボイス制度の導入が予定されている。スモールビジネスの経営者にとって、足元の課題とも捉えられるが、インボイス制度の導入を「バックオフィスを変革する好機」とすることもできる。
岡本氏「インボイス制度が、バックオフィスのデジタル化を加速させる機会になり得ると考えています。インボイス制度では、紙と電子データを同等に扱ってよいとされています。よって、紙が前提でなく、デジタルを前提とする業務設計が可能となります。デジタルを前提とした、デジタルインボイスが普及することによって、それが請求や会計などの業務ソフトを経由し、業務のデジタル化を図ることができるようになります。とはいえインボイス制度を機に経理業務のデジタル化が一気に進む、ということにはならないでしょう。本当の意味でのデジタル化は、5~10年スパンで進んでいくと考えています」
須藤氏「Z世代やミレニアルの若者たちは、紙を持ちたがらない傾向にあります。また、今の若手はほとんどがクレジットカードを持っています。今後、若者世代でも起業したりフリーランスになったりする方が増えるかもしれません。インボイス制度の導入もあり、今後の経営者は確定申告書や決算書の作成を紙で行わず、電子データで自動的に作成するのが当たり前になるのかもしれませんね」
スモールビジネスの経営者を支援するため、アメリカン・エキスプレスと弥生は先日、経費精算分野における連携を発表した。
経理をはじめとしたバックオフィスの「業務プロセス簡易化」が課題とされる中、アメリカン・エキスプレスのビジネス・カードと弥生の会計ソフトのAPI連携により、アメリカン・エキスプレスのビジネス・カードの利用履歴を、安全かつスムーズに弥生(会計ソフト)に取り込み、経理処理の自動化が可能となった。
提携に至った高いセキュリティレベル
多くの会計ソフトには、既にクレジットカードとのデータ連携機能が付属している。アメリカン・エキスプレスのカード情報も、会計ソフトに取り込み自体は可能だ。よって、単なる会計ソフトとクレジットカードの連携、という面だけで捉えると、両社の今回の提携はそれほど珍しいとはいえない。今回のAPI提携はアメリカン・エキスプレスが誇る高いカードセキュリティが鍵を握っていた。
岡本氏「アメリカン・エキスプレスの利用者は、当社のお客様や重要なパートナーである会計事務所からの問い合わせなどからも、熱量の高いファンが多いと感じていました。一方、同社のシステムは非常に高いセキュリティレベルにあり、従来の接続方法ですと弥生のお客様のニーズに100%対応していた状態でなかったことも事実です。API連携をご希望いただく声はとても多くありました。今回の連携により、よりセキュアにそしてスムーズにデータ連携ができるようになったことを、心からうれしく思います。」
須藤氏「高いセキュリティは当社カードの特徴の1つです。他社の場合、カード発行会社・カード加盟店・ユーザー情報のデータが別々の組織で保管されています。しかし当社は、自社管理のネットワークで顧客情報を厳重に管理する体制を取っています。すべてのカードネットワークを自社管理することで、高いセキュリティを実現しました。
経理などのバックオフィス業務の効率化には、デジタル化が欠かせませんが、そこには大前提として高いセキュリティレベルが求められます。今回の提携により、両社のお客様は安全な環境で経理作業を効率化できるようになりました」
会計ソフトの利用者なら、カード情報の取り込みや仕訳でエラーやミスが出る事態は経験済みだろう。しかし、両社のAPI連携によりアメリカン・エキスプレスのカード情報が弥生にエラーなく取り込みができれば、会計ソフトの利便性と信頼度は一段上に上がるはずだ。
両社提携の将来像、ビジネスマッチングやコミュニティの可能性
経営者にとってはコスト削減だけでなく、事業拡大が興味の対象となることが多いだろう。スモールビジネスの支援を積極的に手掛ける両社は、バックオフィス業務の効率化によるコスト削減のみならず、事業拡大のサポートも手掛けている。
須藤氏「当社では加盟店や利用者データの分析を行い、様々なサービス提案を行っています。そのなかで、アメリカン・エキスプレスのコンサルタントが無料サービスの一環として、顧客と加盟店のビジネスマッチングを行うこともあります。これは顧客の事業拡大に直接つながるサービスです。
岡本氏「経営者は信頼できる様々な接点を求めており、信用力のあるコミュニティを探しています。例えば当社では、3月31日の『経理の日』と定めており、毎年、スモールビジネスの皆さまに向けたコンテンツの発信や、コロナ禍以前にはリアルイベントも開催していました。これも一つのコミュニティかと考えます」
信頼できる第三者からの紹介で思わぬ形でビジネスにつながった、という経験を持つ経営者は少なくないはずだ。信頼できるコミュニティや取引先からのビジネスマッチングの機会が増えれば、新たな顧客開拓が安心して進められるため、スモールビジネスの全体の事業拡大につながる可能性が高い。
スモールビジネスの事業拡大への想い
両社に今後の事業、スモールビジネスに対する想いを聞いた。
岡本氏「コロナ禍で、政府は持続化給付金の制度を設けました。しかし制度が複雑で、様々な課題もありました。政府の依頼もあり、弥生は持続化給付金のQ&Aサイトを用意、弥生のお客様向けに自社のコールセンターで持続化給付金の制度利用をサポートし、持続化給付金の書類作成方法もご支援しました。
これらの取り組みは、スモールビジネスの「事業コンシェルジュ」を目指す弥生としての、ひとつの事例だと考えています」
須藤氏「先ほどもお話しした通り、スモールビジネスでは経理処理などのため、本業に使うべき時間を削っている現実があります。バックオフィス業務を自動化して本業に注力していただき、アメリカン・エキスプレスのサポートを活用して事業の成長を果たしていただきたいです。ビジネス・カードを起点として、お客様の目線を大切にしながらスモールビジネスをご支援できるよう、弥生さんとも協力していきたいと思います」
岡本氏「スモールビジネスのお客様には、経理業務に投じる時間を減らして、顧客との時間や(経理担当の方においても)本質的な業務に費やす時間を増やしていただきたいと思っています。バックオフィス業務は、デジタル化により圧倒的な効率化ができます。当社は、その素地を提供するとともに、事業コンシェルジュとして、アメリカン・エキスプレスさん同様、スモールビジネスの事業成長をサポートしていきます」
多様な働きかたが求められる今、様々な挑戦をしたいと思う人たちも増えている。
両社の提携が挑戦へ向かう第一歩に繋がり、スモールビジネス全体の事業拡大の背中を押す契機となることを期待したい。