慎重な世界経済の一方、不動産価格が1年で70%以上上昇。ドバイ不動産市場の狂乱

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世界を覆う景気後退への懸念の中、価格高騰に沸くドバイ不動産業界

10年単位で続いていた世界的な景気の低迷に加えてパンデミック、そしてウクライナ戦争。今年も世界経済は散々の感があり、国際通貨基金(IMF)は10月に「世界の3分の1は2023年までに景気後退に陥る」との試算を発表した。米国の雇用や消費の不振、ウクライナ戦争とそれに従って欧州を襲っているエネルギー危機などが欧米における主な原因とみられている。

そんな中、ドバイ(アラブ首長国連邦)の不動産市場は別世界のように活況に沸いている。2021年9月から2022年9月にかけて、ドバイの優良物件価格は70%以上上昇。90%になると見積もる不動産関係者もいる。

背景は?主な「買い手」は露・英・印の富豪

背景はざっくりまとめると3つ。ベースにあるのが「ドバイ都市マスタープラン2040」に象徴される同国の外国人誘致政策。そしてさらに活況を煽ったのが近年起きたパンデミック、ウクライナ戦争だ。

ここ20年ほどで中東の最先端都市として急成長し存在感を確立したドバイ。非課税でビジネスビザも取りやすい同国は、世界の「商業ハブ」として経済的な足場を築いたが、その後はご存じ「世界一高い建造物」のブルジュハリファ、世界最大の噴水、世界最大の観覧車と「世界一」のインパクトを次々に打ち出して観光大国の地位も確立した。

ブルジュ・ハリファ(unsplash

そして2021年には「ドバイを世界一住みやすい街にする」ことを目的に先述の「マスタープラン」を発表。2040年までに580万人(現在は350万人強)に人口を増加させる目標を掲げた。これまで飛躍を続けてきた経済と観光の分野のみならず、UAEへの不動産投資をさらに賦活するために生活の拠点としても世界一を目指すとして、生活動線、娯楽、緑化など日常生活が快適で質の高いものになるように街づくりを進めている。

ドバイと言えば華やかなビジネスと観光の街のイメージが強いが、アラブ文化圏であることから子どもに対してもとても手厚く、各種インターナショナルスクールも充実するなど、ファミリー層にも訴求している。娯楽と仕事を目的に好奇心で「住んでみる」感覚で移住する若者層も後を絶たない。

意外なことにBrexitの影響もあり、以前はフランスなど欧州内のバケーションハウスに夏の間滞在していたが、それをドバイに移し、さらに滞在期間の制限がないためそのまま「セカンドハウス」にずっと住んでいるような英国の富裕層も増えたという。

そんな様々な面で成長著しいドバイは海外の投資家への優遇も著しく、例えば外国人であってもドバイの不動産を購入した際に負担する税金は5%の「消費税」のみ。通常時は同国と歴史的につながりが深く、現在もUAEの人口の40%以上を占める「インド人」がその不動産購入者数ナンバーワンであったが、安全で娯楽も多く、ビジネスチャンスに富み、気候が温暖な同都市の不動産は、セカンドハウスを望むイギリスやイタリアといったヨーロッパの超富裕層にもここ数年、常に熱視線を注がれていた。

そんな中、2020年に起きたのがCOVID-19パンデミック。徹底したワクチン接種(なんと国民の必要回数接種率98%)とPCR検査により、1年延期して2021年に開催された万国博覧会も加味して世界に先駆けて外国人観光客にその門戸を開いたUAEは、さらに外国人投資家の注目を集めることになる。このタイミングではウイルスからの「避難先」として、とくに敷地が大きくソーシャルディスタンスが保ちやすい不動産に人気が高まった。また、厳しすぎる自国のコロナ規制から逃れて生活することを望んだアジアのビジネスマンなども一定数流入した。

そしてドバイの不動産価格高騰の「最後の一押し」となったのが、今年2月に起きたロシアのウクライナ侵攻。両国から富裕層が混乱を逃れ、また特にヨーロッパで経済活動にさまざまな規制を受けるロシアの富裕層が、比較的自由の利くUAEに新天地を求めた。

ドバイの不動産会社Betterhomesが10月に発表した第3四半期のレポートによると、2022年上半期のドバイの不動産購入者のトップはインド人で、英国、イタリア、ロシア、フランスの市民がそれに続いていた。しかし、夏以降、特にロシア人の富裕層が混迷を深める自国からの自身や資産の避難先としてドバイの不動産に殺到。同ランキングのトップはロシア人になり、その後には、英国、インド、ドイツ、フランス、米国、パキスタン、レバノン、カナダ、ルーマニアなどが続いている。

狂乱の象徴、インドのMukesh Ambani氏

このドバイ不動産騒乱の象徴ともいえ、ゴシップ誌などにもたびたび「ドバイを買い占める男」などとお騒がせセレブ並みに取り上げられるのが、アジアで2番目にリッチな人物・Mukesh Ambani氏。

Mukesh Ambani氏(Wikipediaより)

インドの実業家であり、同国最大の民間企業であるリライアンス・インダストリーズの会長兼筆頭株主(48%)でもある同氏は、今年3月に次男Anant氏のためにドバイに8000万ドル(約112億円)の邸宅を購入し、当時のドバイの不動産市場取引額新記録を打ち立てた。

数週間後、匿名のバイヤーがパーム・ジュメイラ島(同国沖合に位置する、ヤシの木の形の世界最大の人工島)にある8240万ドル(約115.6億円)のヴィラを購入したことでその記録はわずかに塗り替えられたが、それから半年も経過していない10月にはAmbani氏と思われる人物による新たな邸宅(こちらもパーム・ジュメイラ)の購入がそれをはるかに上回る1億6,300万ドル(230億円)で再度記録を塗り替えている。

ここで「と思われる」と書いたのは、この購入がAmbani氏によるものであることは公式情報ではなく、あくまで不動産関係者からリークされたものであるため。これはAmbani氏の希望によるものではなく、邸宅を売却した側である旧オーナーが取引にプライバシーを要求したためであるという。インドのテレビ局NDTVによると、この旧オーナーはクウェートに居を置く財閥系多国籍企業・Alshaya GroupのエグゼクティブチェアマンであるMohammed Alshaya氏。

同社はホテルなどの不動産業も手掛けているが、主な事業は中東における小売業・流通の運営。スターバックス、H&M、ディズニーストア、ボディショップ、ビクトリアズシークレットなどの中東展開を牛耳っており、日本からは無印良品などのブランドも同社との提携のもと中東で展開している。

とにかく、このとんでもない億万長者からとんでもない億万長者への邸宅の売却はさすがに同国でもちょっとした話題になったようで、邸宅の間取りなどは明らかにされていないものの、不動産情報から割り出した住所に広がる広大な屋敷のGoogle Earthキャプチャ画像がメディアに出回っている。

これがその邸宅。写真上部に見える車との比率がおかしい(Image:Bloomberg

ますます過熱するUAE・ドバイ不動産取引市場。今年初めには同国政府が2023年より史上初の法人税を(一定以上の規模の企業に対して)課すと発表し、「非課税の商業ハブからの方向転換か?」と関連ビジネスをざわつかせるニュースもあったが、年明けからの不動産の動向に影響はあるだろうか。現在も今後2年間の計画で「少なくとも1万戸」のヴィラや市内住宅を急ピッチで建設中だ。 

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit

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