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人生100年時代。働き方が変化しつつある現代において、ビジネスパーソンが高いパフォーマンス力を維持しながら働き続けるためにも、健康課題への注目は日々高まっている。
健康課題の中でも私たちが見落としがちなのがオーラルケアだ。特に歯周病は成人の約7割が罹患(りかん)しているといわれている。そして、歯とお口の健康が全身の健康に関係していることは、あまり知られていない。加えて、口元は第一印象を決める重要なポイントでもあるといわれている。そのため、ビジネスパーソンにとってパフォーマンス力の重要なカギを握るオーラルケアへの投資を怠ることはできない。人生100年時代となった昨今、私たちは歯とお口の健康への意識をどのように持つべきか、公益社団法人 日本歯科医師会 常務理事の小山茂幸氏に話を伺った。
意識はあっても行動が伴わない?日本人のオーラルケア実態
日本歯科医師会が全国の15歳〜79歳の男女1万人を対象に行った「歯科医療に関する一般生活者意識調査」(2022年)によると、9割が「健康を維持する上で、歯やお口の健康は欠かせない」と考えている一方で、歯科医療機関での定期チェックの重要性を認知している人は3割ほどにとどまっている。さらに、半数以上が歯科医院での定期チェックを受けていないという。
また、5人に1人が日常生活に支障を来す歯の痛みなどを経験しており、そのうちの8割が「早くに治療を受ければ良かった」と後悔している。歯とお口の健康への意識があっても、実際には行動が伴っていない実態があるようだ。
一方、海外(特に欧米)ではオーラルケアへの投資を惜しまないといわれているが、そこにはどのような背景があるのだろうか。小山氏は文化的な背景を含めた意識の違いを指摘する。
「日本人は笑うときに口元を手で覆いますが、海外では歯を見せて笑います。江戸時代にはお歯黒の文化もありました。今は変わってきていますが、日本には歯を見せないで笑う文化があったのです。また、日本では八重歯がかわいいとされてきましたが、海外ではドラキュラみたいと言われることもあるそうです。それぐらい日本と欧米では文化的な違いがあります。
また、日本では28本(親知らずを除く)の歯の名前を言える人はほとんどいませんが、デンマークでは小学校のときに歯の名前を覚えるようです。そして、欧米では子どもが生まれたら歯列矯正費用をためるという話もあります。日本のように国民皆保険制度が整っていない国もありますから、悪くなってからお金をかけるよりも、予防に投資している側面もあるでしょう。海外では文化的に歯を大切にしてきたのだと思います」
ビジネスパフォーマンスを左右するオーラルケアの重要性
日常生活だけではなく、ビジネスシーンにおいて高いパフォーマンスを維持していくためには、歯やお口が健康であることは外せない要素だ。グローバルに活躍する人はオーラルケアをより重要視していると小山氏は語る。
「グローバルに活躍されている方はオーラルケアに対する意識が高いです。世界的に著名な日本人実業家も、3カ月に1度歯科医院に通っているという話があります。やはり歯とお口の健康の重要性を理解し、ビジネスシーンにおいての第一印象を左右することを認識されているからでしょう。芸能人でもデビューしてからむし歯の治療をしたり歯列矯正をしたりすることで、印象が良くなった方がたくさんいらっしゃいます」
ビジネスパーソンにとっての第一印象は、今後のビジネスが発展または継続する可能性を秘めている。特に目がいきがちな口元はおろそかにはできない。
「ビジネスシーンにおいては口元の清潔感に気を配りたいですね。人に不快感を与えないためには口臭対策が必要でしょうし、第一印象を左右するといわれる歯の自然な白さや歯並びにも意識を向けたいところです。海外では体型の管理ができていないと出世できないといわれているように、歯とお口の健康も自己管理の一つとして認識されています。歯に対する文化的な背景もあり、ビジネスパーソンの身だしなみとして重要視されているのです」
オーラルケアをおろそかにすることは、第一印象を左右するだけではなく体の不調や痛みを引き起こすことにつながる。そして、治療に時間を割かなくてはいけない状態では仕事を休まざるを得なくなり、働き方やパフォーマンスに大きく影響を及ぼしてしまう。
「歯周病は、菌などが血管の中に入っていってしまうため、糖尿病や脳血管障害、認知症等にも影響があるといわれています。また、歯が無くなってしまえばパワーの源である“食べること”が十分にできなくなり、低栄養の状態になります。そして、かみ合わせが悪いと、頭痛や肩こり、倦怠感などの不定愁訴を引き起こす原因になることも分かってきました。このように、歯とお口の健康は私たちの体にさまざまな影響を与えるのです。
人間は歯が無くなってしまっても入れ歯がありますが、動物は歯が無いと生きてはいけません。捕食し、かみちぎり、咀嚼(そしゃく)し、のみ込む。この一連の動作が生きていくためには必要です。私は『歯とお口の健康は、生きることに直結する』と考えています」
時代が変化し、私たちはより長期間働き続ける必要がある。そしてビジネスシーンのみならず生活の質をより良くしていくためにも、今はオーラルケアへの意識を変えていく転換期にあるだろう。
次世代が注意すべき「口腔機能発達不全」のリスク
「歯科医療に関する一般生活者意識調査」において、一つ気になる結果がある。それは10〜20代の若者に見られる「口腔機能発達不全」の疑いだ。滑舌の悪さや口の中の渇き、むせやすさや食べこぼしなど口腔機能の発達不全が疑われる何らかの自覚症状がある若者が約半数近くに上る。
小山氏いわく若者の「口腔機能発達不全」とは、ミルクや離乳食の誤った与え方や、本来の鼻呼吸ではなく口呼吸などが原因となり、食べる・話す・呼吸するといった口腔機能が十分に発達しないまま成長してしまう状態だという。硬い食べ物を好まず、幼少の頃からやわらかい物を食べ続けている若者が増えていることも、未発達を助長していると指摘する。
この「口腔機能発達不全」は、睡眠時のいびきにもつながるものだ。いびきの原因はさまざまだが、舌や口元の筋肉が緩んでいることで起こり「口腔機能発達不全」が原因となっている場合があるという。いびきは質の良い睡眠を妨げるため、日中の眠気にもつながりパフォーマンス力の低下を招くもの。これからを担う若いビジネスパーソンにとって憂慮すべき状態だ。
「口腔機能発達不全」は、後に口腔機能の老化を加速させる要因にもなりかねないため、健康寿命を延ばすためにも自覚症状がある方は歯科医院に行ってほしいと小山氏は語る。
かかりつけ歯科医を見つけて将来への“投資”を
小山氏の説明からも分かるように、歯とお口の状態は健康のバロメーターの一つであり、高いパフォーマンス力を維持しながら働く上でのカギとなるものだ。しかし、調査結果でも示されたように、まだまだ私たちはオーラルケアへの意識、そして健康状態への意識が低い。こうした状況を改善するために、どのようなアクションを心がければよいだろうか。
「まずは、正しい歯みがきです。歯を平面的に捉えてしまい表面だけをみがいてしまいがちですが、歯と歯の間はくぼんでいて、歯と歯茎の間には溝があります。歯を立体的なものとして捉え、歯ブラシの角度や向きを変えながらみがくことが必要です」
私たちができる一番のセルフケアは日頃の「歯みがき」だ。しかし、小山氏が言うように正しいブラッシングを学んで継続しなければ、セルフケアとしての質は下がってしまう。だからこそセルフケアだけでなく、プロフェッショナルケアも定期的に行うことが大切なポイントだ。
「自分の歯とお口の状態が良いのか悪いのかを知ることから始まります。正しい歯みがきをすれば大丈夫なのか、むし歯を治療すれば済むのか、歯周病や口腔機能発達不全はないか。それぞれの症状に合わせたセルフケアのアドバイスや治療が必要です。歯とお口の健康を損ねてさまざまな部分に影響を及ぼしてしまう前に、プロである歯科医師に診てもらうことをお勧めします。そして、ぜひ『かかりつけ歯科医』を見つけてください。日々のセルフケアと年2回以上を目安に歯科医院で定期的にチェックを行うことで、歯とお口の健康が保たれ、健康寿命を延ばすことにつながります。健康を保つことは将来への“投資”です。歯とお口の健康は全身の健康にも影響を与えますので、日頃からオーラルケアに向き合ってもらえたらうれしいです」
人生100年時代を生き抜くビジネスパーソンとして、パフォーマンス力の維持・向上はもちろんのこと、QOL(生活の質)を上げていくためにもオーラルケアの見直しから始めてみてはいかがだろうか。
取材・文:安海まりこ
写真:水戸孝造