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各国の水際対策が大幅に緩和されている昨今、パンデミックで大打撃を受けた世界の観光産業に回復の道筋が見えてきている。しかし、その回復のスピードは、米国、欧州、アジアで多少異なるようだ。
ロンドンに本部を置く世界旅行観光協議会(WTTC)のレポートによると、北米、欧州の観光産業も堅実に回復しているものの、特にアジア太平洋地域の回復スピードが2022年以降加速すると見られており、対GDP収益は前年比71%上昇する見込みだ。
その背景には、インド、オーストラリア、マレーシア、タイ、シンガポールでの国境開放と、それに続く日本、韓国、台湾での外国人観光客の受け入れ再開が挙げられている。
パンデミックによる打撃を大きく受けたアジアの観光産業
国境をほぼ閉ざし、国内でも厳格なロックダウンを実施したニュージーランドやオーストラリア。外国人観光客受け入れ規制や厳格な入国後の隔離ルールを適用した東南アジア諸国。そして、あらゆる外国人の入国を厳しく制限した日本。
パンデミックにおいて、ほとんどの国が厳しい国境規制と厳格な国内感染対策をとっていたアジア太平洋エリアでは、新型コロナによる死亡者は欧米と比較し少なく抑えられていたものの、観光業は深刻な打撃を受けた。
前述のWTTCレポートによると、パンデミック以前の水準と比較した2020年の観光収入は、このエリアにおいて他のどのエリアよりも低い59%まで落ち込んでおり、観光収入の域内総生産への貢献度も約16%と、欧州の28%、北米の23%より低い数字を記録した。
世界的なコロナ関連規制の撤廃と旅行業界の復活
そんなアジア太平洋エリアの観光業界にとって、今年以降、観光産業が加速度的に回復するというWTTCの予想は朗報だ。
長期的な見通しとしては、2025年に対GDPの観光収益割合が、欧州10%、北米12%となるのに対し、アジア太平洋では32%まで高まることが予想されている。アジア太平洋は世界の観光産業雇用の65%を担う地域でもあり、域内の観光産業の復活は、経済全体の活力にも影響を及ぼすものとなるだろう。
報告書では、2022年から2032年までの10年間における世界経済への観光業の貢献度は、年平均5.8%の成長が見込まれるとしているが、アジア太平洋地域では年平均8.5%と、さらに高い割合で伸びることが予想されている。
さらに、この期間で世界の旅行業界は1億2600万人の新規雇用を創出するとの予測がなされているが、このうち約65%をアジア太平洋地域が占めている。
国境開放から約一年、北米の観光産業はドル高でも堅調
約一年前の2021年11月8日に外国人旅行者に国境を開放した米国も、ドル高が逆風となりながらも堅実に旅行業界の回復を成し遂げている。
マーケティングやプロモーションを通じて、外国人観光客数を増やすために設立された米国の官民パートナーシップ「ブランドUSA」の報告によると、2019年の外国からの訪問者は8000万人であったが、2023年の数字は2019年のそれを上回るとの予測だ。
米国は、日本と同様にパスポート所持率が低く、多くの国民が国内旅行をする傾向にあるが、特にカナダとメキシコを中心とした海外からの旅行者もまた、旅行業にとって重要な存在だ。
たとえば、2019年、ロサンゼルスには3100万人の宿泊客がいたが、およそ25%は海外からであり、宿泊客の支出全体の3分の2を占めていた。来年は、特に重要なカナダやメキシコからの訪問者数が完全に回復することで、2019年の水準の84%に達する見込みとなっている。
ウクライナ侵攻の影響を受けつつも南欧を中心に復活する欧州観光産業
インフレ、景気後退、ロシアによるウクライナ侵攻、エネルギー危機など、暗いニュースが多いヨーロッパでは、入国後の隔離をはじめとするコロナ関連規制が撤廃されて以来、旅行産業の回復はゆっくりと進んでいる。
トラベルコンサルティング会社「ForwardKeys」のデータによると、特に好調なのはリスボン、マドリードなど太陽に恵まれた欧州南部の旅行先で、今年前半、欧州内外から多くの旅行者が訪れていた。
ユーロ下落とドル高を背景とした米国人旅行者の訪問が追い風となっており、第3四半期の米国から欧州への旅行の回復率は、リスボンやアテネ、ミラノなどで、いずれもパンデミック前のレベルを上回る伸びを示していた。
2022年末から来年にかけては、ドイツやイギリス、そして北欧の都市部での観光が、2019年の水準にまでは至らないものの、緩やかに回復するとの予想だ。
航空会社が廃止路線の復活、新規路線の追加で観光客増に対応
ホテルや旅行代理店などだけでなく、航空業界も復活、新規就航する路線が顕著に増加し、コロナ禍による打撃からの回復の兆しを見せている。
クリスマス、新年のホリデーシーズンに向けて高まる旅行需要と、香港、日本、韓国、台湾の国境規制の緩和を理由に、シンガポール航空とグループ企業LCCのスクートは先日、シンガポールと日本、韓国、台湾を結ぶ便を増便し、アジア各地の都市に数十便のフライトを追加すると発表。スクートは冬に訪日するスキー客に向け、札幌への季節直行便を追加する予定だ。
アジアでは、セブパシフィック航空やエアアジアが、新ルートや復活路線を複数発表、キャセイパシフィック航空の格安航空会社HKエクスプレスも、香港とシンガポール、バンコク、日本の各都市を結ぶ400便以上を年内に追加する計画を発表している。
航空券高騰や観光産業の人手不足が課題だが旅行への意欲は衰えず
データや報道だけでなく、街の観光スポットやレストランの賑わいからも観光業の復活を肌で感じる昨今だが、パンデミックの負の影響はいまだ残っている。観光産業の深刻な人手不足はその一つだ。
大規模なリストラを行った航空業界では、人員不足のためフライトを思うように増やせない航空会社もあった。また、欧州南部には夏に太陽とビーチを求めた観光客が殺到したが、コロナ禍で他業種に転職した従業員が飲食業や旅行業に戻ってくることは少なく、深刻な人手不足が発生。「履歴書、経験なしで誰でも採用、それでも人が足りず、観光客の受け入れに影響」といった報道がなされていた。この人手不足が航空運賃やホテル代などの上昇の一因にもなっている。
もっとも、オンライン旅行会社トリップアドバイザーの調査によると、期間や行先といった旅行計画の変更は検討しているものの、回答者のほぼ10人に9人(89%)が、昨年と同額、また半数以上(52%)がより多くの費用を旅行に費やすことを計画しているとのこと。
旅行費用の増加や深刻なインフレといったマイナス要素があっても、長い間我慢を重ねた世界中の人びとが旅の再開を渇望し、観光産業復活の追い風となっているようだ。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)