メッセージングアプリの勢力分布、利用者数世界一は「WhatsApp」
この記事を読んでくださっている方のほとんどは、日常的にご家族やお友達とやり取りをする際にはメッセージングアプリの「LINE」を使っていらっしゃるのではないだろうか。同アプリはお隣の韓国生まれながら日本人スマホユーザーの8割が利用している、押しも押されぬ「国民的連絡ツール」だ。
一方、「WhatsApp」を利用されている方はかなりの少数派ではと推測する。もしいらっしゃるとしたら海外の人とつながりがある方なのではないだろうか。
WhatsAppはMetaが所有する、2022年9月現在世界で利用人口の最も多いメッセージングアプリ。そのアクティブユーザーは世界で20億人(LINEはその10分の1の2億人)といわれ、世界人口の30%以上が日常的に利用している計算になる。
Metaの運営によるサービスの中でも、アクティブユーザー29億人のFacebookに次ぐ利用者数を誇っている。Instagram利用者の12億人、Twitter利用者の4億人ををはるかに凌ぐ20億人という数字は、Youtubeのユーザー数とだいたい並ぶ規模だ。
メッセージアプリの世界勢力図を見ると、ヨーロッパ、南米、ロシア、アフリカ地域においてはWhatsAppが圧倒的に強い。
アメリカやオセアニア周辺で最も使われている連絡アプリがFacebook Messengerというのは意外な感じもする(失礼)がこれには裏があり、アメリカ文化圏はアプリを介さずiMessageやそれに準ずるSMSを使う人が多数派だという。
その背景にはAppleの「お膝元」なためiMessageのブランド力が強いことや、SMS利用し放題プランの普及などが指摘されている。要するにわざわざ連絡用のアプリを利用しない人が多いので、アメリカで約7割が利用しているといわれるFacebookに付随しているMessengerがメッセージ系アプリの中では最も利用されているという結果になっているようだ。
他にも、「ほぼ一国でしか普及していないのにユーザー数10億人」の中国WeChatにもびっくりするが、元々LINEを開発した韓国で最も使われている連絡アプリが「カカオトーク」なことにも目を引かれる(LINEはなぜか、開発国でない日本とタイのみでほぼ一強状態となっている)。
メッセージングアプリ事情は人々の生活に深く根差している分、国によって全く違って興味深いと感じる。
WhatsAppの魅力と歴史
さて、今日の主役のWhatsAppに話を戻そう。
私は欧州在住日本人である都合上、LINEもWhatsAppも毎日使っているが、比較して感じるWhatsAppの魅力はとにかく徹底してシンプルながらも必要な機能が揃っており、使いやすいこと。
徹底した「ユーザーフレンドリー」の方針により、アプリ内のどこにも広告や過剰なお楽しみ要素の介在する余地はなく、特定の個人やグループとの連絡に必要なテキスト・音声・ビデオを含む通話・既読未読のステータス明示などの機能が過不足なく充実しているという印象を受ける。
オリジナルのスタンプや変身カメラ、ゲームといったエンタメ要素はほぼないが、そのためもあってアプリ自体のサイズもLINEの約半分と、端末への負担が少ないことも嬉しい。
開発の経緯だが、同アプリは元々メッセージングとは別の機能を意図して作成された。
はじまりは2009年、アメリカで元Yahoo!社員のBrian Acton氏とJan Koum氏が思いついた、連絡先に登録してある友人同士がライブなステータスを共有できるアプリ。「通話中」「電池が切れそう」「ジムにいる」など、「今どうしてる(What’s up)?」を手軽に共有できるアプリ(What’s up? + app = WhatsApp)として開発した。
しかし初期の利用者がそのステータスを見たことをきっかけに会話を始めることがとても多かったため、テキストコミュニケーションの機能を充実させて再開発。その後今日のような人気を得るには、上記のような「使いやすさ」の他にもいくつかのマイルストーンがあったが、具体的には、
①デフォルトで搭載したメッセージ既読・未読の見やすさ
②グループの作りやすさ
③アプリの開発後まもなくiPhoneに導入された「プッシュ通知」でメッセージが見やすくなったこと
④エンドツーエンドの暗号化の導入
⑤開発当初の「ステータス共有」の流れで備わっていた時間限定の位置情報の共有
⑥デスクトップでもアプリケーションなしで操作がしやすいこと
などが利用者の支持を受け、ユーザー数を右肩上がりに増やしていった。
2014年には当時「ベンチャーキャピタル支援企業として史上最大の買収」となった、Facebookによる同社の190億ドルでの買収が行われている。
「ユーザーフレンドリー」の副産物?マネタイズに苦戦した過去と今後の方針
そんな「世界最強のメッセージングアプリ」であるWhatsAppの弱点は、ズバリ「マネタイズのしにくさ」。
先述のように徹底してユーザーフレンドリーを追求した結果、アプリの利用は現在完全無料で(初期に運用費をねん出するためユーザーに年間99セントの利用料を課したことがあるが数年で廃止)、広告収入も得られず、アプリ内に課金の介入する要素も一切導入されていない。
その理由は、同社の「広告を見たい人などいない」という強い方針。
創始者チームは、「事故に巻き込まれた人が現場から家族にWhatsAppで緊急の連絡を取るケースもある。そんな差し迫った場面で、広告を見たいですか?」「私たちのエンジニアは、ユーザーが使いたいと思うような信頼できるアプリを作ることに心血を注いでいます。広告で収入を得ることは、ユーザーを金づるにする行為です」とほぼ「広告嫌い」といってもよい信条を明言している。
2014年のFacebookによる買収の際には、セキュリティと方針への不安から一部のユーザーが抵抗感を示したが、同社は改めて「これからも、広告なし、ゲームなし、ギミックなしで運営します」と宣言した。
ただ、その後の創始者チームの退任などを経て、この大金鉱脈は近年、親会社のMetaにより確実にマネタイズへの道が模索されている。まず2018年にローンチされたのが、「WhatsAppビジネス」と「WhatsAppエンタープライズソリューション」。
前者は国内産業に従事する中小企業や、中規模までの国際企業向けのサービスで、会社のウェブサイトと統合して自動・マニュアル両方で顧客とのコミュニケーションをとれることを売りにしたアプリ。
後者は世界20億人のユーザー数を味方に、航空会社や金融機関、オンライン小売業者といった大企業が顧客と直接チャットにより取引(eコマース)を提供するためのプラットフォームで、企業がカスタマーサポートソフトウェアを通じて大量の顧客とのやり取りを管理できることが売り。
両者ともカタログの提供やDMなどの企業から利用者へのマーケティングツールとしての機能も備えている。
現在、前者が「WhatsAppビジネスアプリ」、後者が「WhatsAppビジネスプラットフォームAPI」として継続されており、後者に関しては今年2月に新しい料金体系を発表。セッション数、メッセージ数などを基に、利用量が一定の水準を超えると世界の地域ごとに定められた料金が課金される仕組みで、基本的に中小企業は無料で利用できるシステムになっている。
また近い将来、現在中小企業向けに特化してサービスが提供されている「ビジネスアプリ」でも、別のプレミアムサービスがローンチされる計画が明らかになっている。
さらに創業者チームが毛嫌いしていた広告に関しても、収益の97%を広告で得ているとされるFacebook(Meta)の運営陣はWhatsAppに導入するタイミングを虎視眈々と狙っていることが繰り返し報じられている。ただこの計画は、現実味を帯びるたびにユーザーの強い抵抗にあい頓挫しており、その方法と時期はいまだ誰も読めないというのが実情のようだ。
私たちのソーシャルライフに欠かせないメッセージングアプリの現時点での世界覇者、WhatsApp。これからのビジネスモデルや利用体験はどう変化していくのだろうか。もしも利用者の心が離れるような変化があった場合、代わって覇権を得るのはどのアプリだろうか。世界で20億人が見守っている。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)