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「国の方針としては有機(化学肥料や農薬を用いない、農業の形態)に向かっていて、将来的に化学肥料を3割削減しないといけません。そのためにも、(北海道の小型ロケット開発企業である)インターステラテクノロジズで農業専用衛星を打ち上げて、食料自給率200%の北海道からその成功事例を作っていきたい。そして、宇宙観光にも結び付けたい。北海道が注力テーマに掲げる食と観光をうまくミックスして発信すること。それが私の夢です。」
これは、小型ロケットの開発を進める民間企業インターステラテクノロジズの本社があり、日本の新たな宇宙の玄関口となるべく宇宙港の建設を進められる十勝地方で開催された大規模な宇宙ビジネスイベント「宇宙サミット」にて、ホクレン農業協同組合連合会(以下、ホクレン)・代表理事会長の篠原末治さんより参加者全員に語りかけられた言葉です。
この言葉が生まれたトークテーマは「宇宙で加速する、スマート農業とサステナブル社会」で、鹿児島大学・教授の後藤貴文さん、INCLUSIVE株式会社・代表取締役社長の藤田誠さん、ケイアンドカンパニー・代表取締役社長の高岡浩三さんをパネリストに迎え、インターステラテクノロジズ株式会社・代表取締役社長の稲川貴大さんがモデレーターとなり、スマート農業における宇宙システムの可能性を探っていくというものでした。
本記事では、同セッションの内容を一部抜粋して、宇宙システムがどのように一次産業と関わり、未来のサステナブルな社会に貢献する可能性があるのかを整理して紹介します。
また、セッション中で気になったポイントについて、ホクレンの管理本部経営企画部部長、長内さんに回答いただいたことも本文中にQ&A枠を設けて掲載しています。
(1)日本の農業における課題は山積み
まずは、セッション内で語られた一次産業における日本の主な課題を3つ、整理して紹介します。
・少子高齢化の進行
1970年ごろから高齢化に拍車がかかり、2065年には2.6人に1人が65歳以上になると予測されています。今後、一次産業の若い担い手が徐々にいなくなり、食糧生産量が減少してしまうことは想像に難くないでしょう。
また、仮に近隣の農家に農地を引き継いだとしても、一人当たりの管理農地面積が拡大し、管理しきれない耕作放棄地が増加するなどの悪影響につながります。
・食料自給率の低さ
日本のカロリーベースの食料自給率は、令和3年度の概算値で38%。つまり、62%の食料(カロリー)は海外からの輸入に頼っているということになります。
円安やロシアのウクライナの侵攻の影響による穀物の高騰などによって、家計への影響が日に日に大きくなっていることを実感している方も多いでしょう。
食料自給率の低さは、安定的な食料供給を実現するうえで、自国だけではコントロールできない注意を払うべき外的要因が多いという課題があります。
さらには、世界的には人口が増加しており、食料需要が増加している今、国内への供給を優先し輸出を禁じる措置を実施する国が今後も出てくることが考えられます。
さらに、日本全体の食料自給率はじりじりと下がっているというのが現状です。不安定な世界情勢の中で、食料の安定供給の重要性がより高まっており、食料自給率を高める戦略と農地や農業労働⼒の確保、単収(一定面積当たりの収量または収入)の向上等を図るといった解決策の実行スピードを上げることが求められています。
・肥料の高騰
現在、世界的な穀物需要の増加(※)やエネルギー価格の上昇、ロシアのウクライナ侵攻といった複合的な影響により、肥料価格が高騰しています。
宙畑メモ:穀物需要の増加
経済的に発展した国は、穀物中心の生活から、食生活の中に肉が取り入れられ始めます。そうすると肉の需要が増えることになり、肉の生産に必要な穀物の需要もさらに増えることとなります。
肥料価格の高騰は生産する際にかかる費用負担の増加に直結します。そして、それは私たちが購入する野菜価格などにも反映され、家計ひっ迫につながるでしょう。
ホクレンの長内さんに聞いてみた①
Q.肥料はどの程度高騰していますか?
A.現在、肥料の値段は5年前と比較して倍近くになっています。化学肥料の主な原料は尿素、リン安、加里となりますが、これらはすべて海外に依存。中国では穀物需要増加に伴い肥料需要が加速的に増加し、肥料の値段が上がっている他、ロシアのウクライナ侵攻による影響も小さくありません。
そのため、政府は農家の負担抑制に向け肥料の価格高騰対策を決定し、また農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」においては、2030年までに化学肥料使用量を20%低減(2050年までに30%)することが掲げられています。
(2)農業、畜産における宇宙システムの活用事例と実証内容
では、上記のような課題を抱える一次産業において、どのような解決策がうまれ始めているのか。ホクレンの篠原さんより語られた農業における事例と鹿児島大学の後藤さんから語られた放牧牛の育成における事例を紹介します。
■農業における衛星データ利用(ホクレン)
北海道は日本の耕地面積の約4分の1を占めており、1経営体当たりの経営面積は、他の都府県の1経営体当たりの経営面積の14倍(30ha)と日本の食糧基地といっても過言ではありません。そして、ホクレンは生産者の営農支援を行っている協同組合でその取扱高は1.5兆円と巨大です。
ホクレンの篠原さんは、北海道において、超省力・高品質生産をする新たな農業・スマート農業を積極的に進めており「省力化・自動化の技術」「データ活用」の2つに分けてその概要を説明しました。
・省力化・自動化の技術
省力化・自動化の技術はすでに北海道の農業に続々と導入され始めています。
例えば、ドラマ化された書籍「下町ロケット」でご存知の方も多いでしょう自動運転農機。北海道では約14,000台(10年前の100倍以上にも)の自動運転農機が導入されており、10台に1台以上が自動運転農機とのことです。
また、ドローンを用いた農薬散布やハウス内モニタリング、水田センサといった技術の導入も北海道では活用が進んでいるそう。耕地面積が広い北海道の農家にとって、省力化と自動化の技術は続々と導入が進み、発展していくでしょう。
・データ活用
もうひとつのスマート農業の実現に向けた取り組みがデータ活用です。
地球観測衛星やドローンから撮影した画像をもとに作物の生育状況をデータ化。圃場を均質に管理するだけでなく、水温、水位の管理など圃場別の精密な管理をしています。
圃場によって最適な肥料投入量が分かると、無駄な肥料をまくことによるコストを抑えることにも繋がります。また、各農作物にあった土壌の選定や、圃場ごとに収穫時期の予測ができるようになり、増収効果も。
今後、データの解像度がさらに上がり、雑草の検知もできるようになれば、必要なスポットにだけ農薬をまくなどが可能となり、より有機農法(化学肥料や農薬を用いない農法)に近づいていくという期待も生まれているようです。
また、効率的な農作物の生育ができるだけでなく、経験の浅い農家にとっても、ベテラン農家の行動をデータを参照しながら理解したり、計画的な農作物育成ができるという点もデータが蓄積されるメリットとして語られていました。
ホクレンの長内さんに聞いてみた②
Q.衛星データやリモートセンシングの利用に最初は抵抗がありましたか?
2000年からリモートセンシングの利用を進めていますが、北海道の農家は管理している耕地面積がとても広いことが特徴です。土壌、雑草、病害、米や麦の生育状況を見える化して収穫時期を判断したり…… と様々な見回りを、少子高齢化の時代にどのように人手が減る中で維持するかといった点で、広く、定期的に圃場の状態が分かる技術はすんなり受け入れられたのではないかと考えています。
■畜産における衛星データ利用(鹿児島大学)
鹿児島大学の後藤先生は、放牧牛の生育管理に宇宙システムを取り入れる実証を進めています。
牛舎での飼育、放牧牛の管理を問わず、牛の管理は毎日行う必要があります。実際に後藤先生のもとで学ぶ学生は、両親が畜産農家で牛を育てており、家族旅行に行ったことがないと話されていたとか。
しかしながら、少子高齢化の中で、人手がどんどん少なくなる見立ての中で、休みなく牛の管理を行うというのは無理があります。
そこで、GPSを牛に取り付けて牛の居場所を把握すること、また、牛が放牧されている場所の牧草地の状態を衛星データで把握し、放牧地を移動するタイミングを判断する実証実験が行われています。
これらの仕組みを整えることで、毎日数十頭の牛がどこにいるか、いつ放牧地を変えるかを確認するための見回りに行くという頻度も少なくなると期待されています。
詳細は宙畑でもインタビューした内容を掲載したものがございますので、ぜひこちらをご覧ください。
秋山文野
「サステイナブルに美味しいお肉を作る」測位とリモセンのコンビネーションが可能にする持続可能な放牧牛生産
(3)企業で取り組む一次産業の課題解決! ネスレの生産者を守る取り組み
そして、2020年までネスレ日本㈱代表取締役社長兼CEOを務められていた高岡さんからは、食品産業のいち企業としてネスレと一次産業との関わりについて紹介がありました。
まず、サステナビリティやSDGsの概念をつくったことにネスレは深く関与しており、企業が積極的に世界のサステナビリティに貢献していかなければならないと最初に切り出したのはネスレだったとのこと。
ネスレは、世界のコーヒー豆やチョコレートの原料となるカカオ豆を、最も多くの量購入している企業です。
その上で「買って消費するだけではなく、生産者の問題解決を積極的に関与していかなければならない」という考えのもと、取引のある生産者の生産量が十分な取れ高となるように、さらには、その生産者が裕福になるように協力しているとのこと。
実際に毎年700~800億円の金額をコーヒー豆とカカオ豆の農家支援にあてており、1haあたりの取れ高を増やすようにし、(自然災害で生産量が大きく減ってしまうなど)何かあったときはネスレに優先的に販売してもらえるような契約を締結することでサステナビリティを担保しているとのことでした。
高岡さんからは「生産から企業も考えていかないといけない」とありましたが、これはネスレや食品産業に限らず、その他産業・企業にとっても同様に解決すべきテーマでしょう。
【参考】
サステナビリティ | ネスレ日本 企業サイト | Nestlé : Good Food, Good Life
(4)セッションをおえて
日本の一次産業における課題を再認識したセッションでしたが、同時に北海道の農業事情とリモートセンシングの可能性やこれからの展望に期待を持てたセッションでもありました。
宙畑でも一次産業における衛星データの活用事例を多く紹介しています。少子高齢化の加速、食料自給率の低下、肥料の高騰……と課題は多くありますが、衛星データを含む様々な成功事例が今後もどんどんうまれ、解決にむかうよう情報の整理と拡散をしなけれならないと強く感じた1日となりました。