ミスマッチという課題が常に絶えない人事の世界。最適な人材を採用、配置、育成するためには、書類と面接といった従来型の手法では不十分であり、個人や組織を客観的に評価するアセスメント(※)が欠かせなくなってきている。しかしそのアセスメントが完璧ではないことも事実。適性検査をはじめとする既存の方法だけでは、カバーできない部分も多分に存在するのだ。

こうした中、新たな診断コンテンツ「バイアス診断ゲーム」が発表された。人が持つ“認知バイアス”をゲームによって計測できる日本初の仕組みであり、思考の“癖”を把握できることが特徴。最適な採用と人材配置、生産性の向上に寄与するという。HR領域とは無縁にも見える“バイアス”だが、採用の世界が抱える課題にどのような効果をもたらすのだろうか?

開発元のミイダス株式会社が創設した、HRサイエンス研究所で所⻑を務める神長伸幸氏、そして実際に「バイアス診断ゲーム」を導入した株式会社CyberACEの人材開発室の上里尭氏、経営本部の荒井俊一氏に話を聞いた。

※アセスメント…数値的・客観的な基準に基づいた、バイアスのない評価をすること

採用ツールが進化しても、ミスマッチが絶えない理由

中途採用サービス「ミイダス」を提供するミイダス株式会社は、2020年に「HRサイエンス研究所」を創設し、人事領域に科学からアプローチしている。所長を務める神長伸幸氏は、心理学が専門。アセスメントの手法を採用に活用し、ミスマッチや機会損失を解消することに従事している。

神長氏「求職者と雇用主、どちらの側にとっても指標となるのは、人材の“活躍”です。業務内容や職場環境、待遇といった企業の環境に対し、個々が持つ性格、知識、技能がかみ合わなければ、人材は活躍できず、ミスマッチが生じます。また、特定の環境で活躍できる人材を、不採用や配置ミスにより逃してしまうのが機会損失です。ミスマッチと機会損失は、人事における最大の課題ともいえるわけですが、その多くは評価・査定の方法、いわゆる『アセスメント』に起因すると考えています」

ミイダス株式会社 HRサイエンス研究所 所⻑ 神長伸幸氏

典型的なのは、一次審査を履歴書や職務経歴書で、二次審査を面接で行う採用プロセスだ。書類は人材の素質や才能を見極める上で情報が不足する一方、面接は採用担当者の主観に依存する。「人材の良い面を見たい」という心理により、対象者ごとに質問を変更する。そんなケースに心当たりのある人も多いのではないだろうか。その結果、複数の人材を同一の物差しで比較できず、極めて限定的な状況の中で採用の決断を下さなければならない。

この解決策として挙げられるのが、「アセスメント・リクルーティング」だ。代表例が適性検査だが、性格の一部や知的能力しか把握できないという弱点がある。可視化しにくい特性を評価するために、心理学では長年にわたり手法がアップデートされてきた。

神長氏「職業に対する人材の適正化は、100年以上試行錯誤が続けられています。知能テストがその原点ですが、知能が優れていても活躍しない人材は一定数存在することが分かりました。その問題にアプローチしようと、1980年代から注目され始めたのが、活躍する人の考え方や行動の特徴を示す『コンピテンシー』です。知能テストでは計測できない能力を分析するコンピテンシー診断は、長らくデータが蓄積されたことで精度が高まっており、現在採用手法として確立されています」

ミイダスにも、200問ほどの質問に回答することで、書類や面接では分からない行動や思考の特性を数値化・可視化することができる「コンピテンシー診断」の機能が搭載されている。

ミイダスのコンピテンシー診断では、「チームワーク」「ヴァイタリティ」「創造的思考力」など全41項目を10段階で評価している。

また、ストレス要因や上下関係適性など、細かな特性も把握できるのが、同社のコンピテンシー診断の特徴だ。これらを他のアセスメントと組み合わせることで、高い予測精度を実現できるという。一方で課題も残されていると、神長氏は指摘する。

神長氏「採用試験で質問式のツールを導入すると、求職者は『このように答えれば採用されるだろう』という思考を働かせ、本音に反した回答をします。仮に本音で答えていたとしても、自己申告であるため、示される特徴は“自覚している自分”でしかありません。同一の物差しという点では、十分とはいえないのです」

コンピテンシーでも捉え切れない人間の心の働きが存在する。この欠点を補填すべく、ミイダスの経営陣およびHRサイエンス研究所は、NTTデータ経営研究所の力を得て議論を重ねてきた。浮かび上がったキーワードが「認知バイアス」である。

バイアスという「思考の癖」の分析で、人材の活躍を促進させる

「認知バイアス」を一言で表すならば、それぞれの人間が持つ“思考の癖”だ。「私たちが無意識のうちに利用してしまう、判断のショートカットのようなもの」と、神長氏は解説する。

「偏見や差別の原因になるものとして、ネガティブなイメージを抱かれがちな認知バイアスですが、本来は人間の性質そのものを表す用語です。例えばボールペンを購入する際、色、太さ、書き味、感触、デザイン、価格など、さまざまな観点から冷静に検討できます。より合理的に突き詰めるならば、それぞれに優先順位をつけてみたり、複数のメーカーを比較したりもできる。しかし実際には、『CMでよく見るから』『有名なメーカーだから』というように、短絡的な思考で商品を選び、それで問題ないケースも少なくないですよね。これも認知バイアスの一種ですが、人間にとってはプラスに働くこともマイナスに働くこともあるんです」

認知バイアスには、さまざまな種類がある。将来の利益よりも目の前の利益に価値を置く「現在志向」、一度リソースを投資し、回収できないと分かっても投資し続けてしまう「サンクコスト効果」などが有名だろう。また、全てのバイアスが強い人、全てのバイアスが弱い人、強いバイアスと弱いバイアスを併せ持つ人など、認知バイアスの持ち方も人によって異なる。こうした中、自分自身の特性を把握することが、ビジネスにおける合理的な意思決定を可能にするというのだ。

神長氏「『本当はAの方がいいと思っているのに、他人に指摘されたからBを選んでしまう』『自分の好き嫌いが、物事の判断に影響する』といったことは、多くのビジネスパーソンが経験していると思います。しかし考えてみると、このようなバイアスは合理的な意思決定を妨げているわけです。仕事の成果は、意思決定の連続で決まります。無意識に使ってしまいがちな自分の思考の癖を知り、コントロールすることができれば、成果も上げられるはずと考えました」

自身の認知バイアスを知ることができるのが、今回開発されたミイダスの新機能、『バイアス診断ゲーム』だ。ユーザーは複数のゲームを行うと、22項目のバイアスの強度を知ることができる。ゲームだけで認知バイアスを計測できるツールは、日本初となる事例だ。

バイアス診断ゲームでは、「フレーミング効果」「現状維持」「現在思考」など全22項目の分析が可能となっている。

神長氏「バイアス診断ゲームの結果は、企業側も活用できます。求人の際に診断結果のスコアを検索条件として設定できますし、既存の採用方法にバイアス診断ゲームを加えることも可能です。スマートフォンやPCでゲームをする感覚で受験して、各ゲームがどんなバイアスの測定なのかがわからないようになっているので、先に述べた自己申告の弊害も払拭されています」

さらに、ポイントとなるのが、既に社内に在籍する人材も分析できることだ。例えば、導入する企業は、まず従業員にバイアス診断ゲームを受診してもらい、結果を集約すれば、活躍する人材にどのようなバイアス特性があるかを把握できる。そして、同じ特性を持つ人材を採用することで、新たな人材が活躍する可能性を高められるのだ。

神長氏「合理的な意思決定を妨げる認知バイアスですが、必ずしもバイアスが強い人が活躍できないとは限りません。むしろどのような人材が力を発揮できるかは、それぞれの企業や部署によって異なるのです。つまりバイアスが強く、バイアスを活用して素早い意思決定をする人の方が活躍することも十分に考えられます。だからこそ、認知バイアスを用いたアセスメント・リクルーティングが有効だと考えました」

採用と現場の乖離を埋める、バイアス診断ゲーム

インターネット広告事業を手掛ける株式会社CyberACEは、コンピテンシー診断をきっかけにミイダスを導入。その後、バイアス診断ゲームを従業員に受診させている。同社の創業は2018年。「組織の拡大とともに採用に課題意識を抱くようになった」と、経営本部の荒井俊一氏は語る。

荒井氏「もともとサイバーエージェントでは、採用における『この人と一緒に働きたい』という感覚値を非常に大事にしています。当社もそのカルチャーを引き継ぎ、採用において面接官の感覚を重視して参りました。しかし創業から4年がたち、従業員数も増えてくると、経営陣による1次マネジメント・育成が行き届かなくなります。それに対応する形で、ミスマッチや機会損失が発生した属人的な手法からの脱却を意識し始めたことで、データを活用した採用にシフトしました」

株式会社CyberACE 経営本部 荒井俊一氏

営業、コンサルティング部門において、中途採用に注力している同社には、異なるバックボーンを持つ人材が集まってくる。求められる能力は「環境や業務の変化に素早く順応し、他者と連携していく力」。そう分析するのは、人材開発室の上里尭氏だ。

上里氏「他者を巻き込む能力といっても、属人的な面接では把握できません。コンピテンシー診断を基に、面接での質問事項を抜本的に見直したところ、一定の改善が見られました。それでも見えていない部分はあると感じるので、今後はバイアス診断ゲームも活用したいと考えています」

この日、CyberACE社におけるバイアス診断ゲームの結果を手元に、神長氏が分析を行った。ある特徴が顕著に表れたという。

神長氏「営業チームでは、『フレーミング効果』という認知バイアスが強い人材が活躍されているようです。例えば、病気の検査で『60%の確率で陽性です』と『40%の確率で陰性です』言われることを想像してみてください。内容は同様ですが、言い方によって受ける印象が変わりますね? これがフレーミング効果です。CyberACEさんにおいては、周囲の雰囲気やコミュニケーションによって考えが変わる人が多いのでしょう」

荒井氏「当社には『ポジティブファースト』という価値観が浸透していて、物事を良い側面から見ていこうというカルチャーがあります。そうした環境の中で成果を出している人材が活躍しているのかもしれません。フレーミング効果が強い人材を採用することで、ミスマッチを防げるかもしれないということですね」

「組織全体の特性を把握できることは画期的」と語る上里氏には、人事の理想像があるという。応募、選考から入社後の担当の振り分け、人事異動まで、各プロセスに一貫性を持たせることだ。

上里氏「採用担当者とフロントメンバーの感覚に乖離があり、採用基準がバラついていたことが、当社の問題だったと感じます。構造的な指標を共有することで、誰もが迷うことなく判断できるようになるかもしれません。入社した人材の活躍を観測したデータは、再び採用にも還元できます。このようなPDCAこそ、アセスメント・リクルーティングが目指すべき姿ではないでしょうか」

株式会社CyberACE 人材開発室 上里尭氏

人材流動化時代の中で、個々のやりがいを創出するために

ミスマッチや機会損失の解消により活躍人材が増えることは、生産性の向上や採用コストの無駄削減、組織力の強化など、さまざまな恩恵をもたらすだろう。そしてプラスの効果は企業という枠組みを超え、社会全体にも行き渡るというのが、神長氏の見解だ。

神長氏「認知バイアスは、ダイバーシティにもつながると考えています。企業においてダイバーシティというと、男女比率や年齢構成、国籍など、どうしても表層的な部分で語られてしまう。本来は“考え方”そのものの多様性を認めるべきであり、“思考の癖”である認知バイアスは個性の一つと考えられます。思考の特性に合わせて、最適な場所で働くことで、個々がそれぞれ活躍でき、社会全体のダイバーシティが保たれるのではないでしょうか」

人事の世界に身を置く上里氏も、ミスマッチのない採用に期待を寄せる。

上里氏「生涯雇用という概念が崩れつつある日本において、働き手は自分に合った環境をどこまでも追求していくでしょう。すると、企業側もデータに基づいた信ぴょう性の高い情報で、人材を丁寧に獲得していかなければなりません。一人一人が大切にされ、ミスマッチのない採用が広がっていけば、若い世代も仕事にやりがいを見いだせる。そんな社会を実現したいですね」

神長氏「いろいろな方に報酬とは何かと尋ねると、『嫌な業務を我慢した対価』と答える人がいます。こうした状況こそ、ミスマッチの行き着く果てではないでしょうか。アセスメントの精度が上がり、個々が最適な場所で働くことができれば、皆が仕事に対して充実感を得られるはずです」

加速するデジタル化により、データドリブンな意思決定と業務プロセスは、採用・人事領域にも浸透していくだろう。最先端の科学が活用されたミイダスのソリューションは、組織力の強化に大きく貢献するかもしれない。新たな時代への一歩目として、バイアス診断ゲームを試してみるのはいかがだろうか。

取材・文:相澤優太
写真:水戸孝造