この数カ月における暗号通貨市場の暴落により、これまで暗号通貨に対し比較的オープンな姿勢を見せてきた国々で、規制を強化する動きが強まりつつある。

クリプトハブになることを標榜しているシンガポールは、これまで暗号通貨関連企業がビジネスをしやすい環境を整備し、暗号通貨にもオープンなスタンスを取ってきが、この数カ月間における暗号通貨市場の混乱を受け、規制強化に動き出そうとしている。

2022年7月20日の報道によると、中央銀行に相当するシンガポール通貨金融庁(MAS)は、今後数カ月以内に、暗号通貨プラットフォームに対する規制を強化する方針を発表。MASのラビ・メノン長官は、最近の暗号通貨市場における混乱に言及し、暗号通貨への投資が非常にリスクが高いものであることが明確になったと指摘した。

今後、MASと関連省庁は、ライセンスなしで運営されている暗号通貨プラットフォームの取締りを強化するほか、国際機関と連携し、暗号通貨領域の規制を強化する方針も明らかにした。

シンガポールだけでなく、インなどでも暗号通貨規制が強化される見込みだ。以下では、暗号通貨市場の混乱に触れつつ、シンガポールにおける最新動向を追ってみたい。

「シンガポール拠点」とされる暗号通貨企業の実体

暗号通貨に対するシンガポールの姿勢は、MASが2022年7月19日に公開したMASのラビ・メノン長官発言/年次レポート報告に明確に示されている。

メノン長官は同年次レポート報告で、暗号通貨市場における最近の混乱/乱高下に言及し、これらが非常にリスクの高いものであると指摘、その上でMASと関係省庁は連携し、今後国内における規制を強化する方向で話を進めると述べた。

暗号通貨市場では、ステーブルコイン「TerraUSD(UST)」の暴落をきっかけに、同コインに投資を行っていた複数のクリプトファンドや暗号通貨関連企業が破産し、企業責任者が行方をくらますなど、混乱状態が続き、世界中の消費者に多大な損失が出ている。

メノン長官は、メディアでこの事態が報じられるとき、関連企業が「シンガポール拠点」と紹介されることが多いが、実際はシンガポールの暗号通貨事業関連のライセンスを持たない企業であると指摘。今後は、こうしたライセンスを持っていない企業に対する規制を強化する方針だと強調した。

ここでメノン長官が言及しているのは、USTの開発企業Terraform Labsや責任者が雲隠れしているThree Allow Capital(3AC)のことだ。

メノン長官が指摘するように、メディアはTerraform Labsをシンガポール拠点企業と説明するケースが多い。ただし、実体は韓国人起業家ドー・クォン氏が共同設立した韓国ソウル拠点の企業で、UST暴落後には韓国当局がTerraform Labs社員の韓国出国禁止を命じるなどの措置が取られている。

Terraform Labsはシンガポールで登記はされているものの、MASによる暗号通貨ビジネスライセンスは取得していない。

一方、3ACは2013年にシンガポールに登記された暗号通貨ファンド企業だが、破産する以前から法規制に遵守していない疑いでMASの調査を受けている。

またメノン長官によると、3ACは同国でフィンテックサービス向けに2019年に導入された法律「Payment Services Act」のライセンスは持っておらず、一般的なファンドマネジメント企業として登記されていたという。

このファンドマネジメント業において、運用資産額の上限が2億5000万シンガポールドルと規定されていたにも関わらず、それ以上の額を運用していた疑いでMASから警告・調査を受けるに至っている。

3ACの創業者らはシンガポールから逃亡、現在も居場所を公表しておらず、弁護士による清算プロセスに遅れが出ているという。

「暗号通貨のファンダメンタル価値はゼロ」、MASの見解

アジアの金融ハブであるシンガポールは、「クリプトハブ」になることを目標に掲げているが、個人投資家の暗号通貨投資に対しては厳しい目を向けている。

そのことはシンガポール金融当局の重要人物らの発言やMASの公式見解に見て取ることができる。

MASのメノン長官は上記年次報告の中で、Terraform Labsや3ACが関わる一連の暗号通貨市場の混乱に言及し、教訓は非常に明確なものであると指摘。それは「暗号通貨に投資をすることは非常にリスキーである」ということ。また暗号通貨投資に対しては、その危険性を過去5年間にわたり警告を発してきたと述べている。

また、MAS取締役会のターマン・シャンムガラトナム会長(兼上級相)も、議会向け声明で、暗号通貨の個人投資を制限するルールや投資におけるレバレッジを規制することを検討していると明らかにした。

また、クリプトメディアForkastがMAS充てに送付した質問状に対し、MASは「暗号通貨は通貨ではない。投機的な激しい値動きがあるため、通貨として機能せず、またファンダメンタルな価値もない」と回答している。

暗号通貨投資ではなく、ブロックチェーン技術の可能性を追求するシンガポール

個人の暗号通貨投資には厳しい姿勢を示すシンガポールだが、ブロックチェーン技術を活用するフィンテック分野では積極的な取り組みを行っている。

シンガポール銀行最大手DBS、同国政府系ファンドであるテマセク、JPモルガンなどが共同で実施した「Project Ubin」プロジェクトは、その好例だ。同プロジェクトは、ブロックチェーンを活用し、商業向け多通貨銀行間清算・決済ネットワークである「Partior」を開設することを目的としていた。

2016〜2020年にかけて5段階で実施されたプロジェクトだが、プロトタイプとして開設されたブロックチェーンによる決済インフラネットワークは、今後も他の中央銀行とのコラボレーション促進などに活用されるという。

またProject Ubinに続いて実施された「Project Dunbar」もシンガポール当局が注力する領域を示すプロジェクトといえる。

このプロジェクトは、国際決済銀行、オーストラリア中央銀行、マレーシア中央銀行、南アフリカ中央銀行が参加し、中央銀行によるデジタル通貨を取り扱うプラットフォームを開設することを目指した。

MASは2022年3月24日に同プロジェクトの報告書を発表。プロジェクトを通じて、プラットフォーム上で、参加した中央銀行が発効したデジタル通貨を金融機関が利用できることを確認できたことを報告した。

現在最新の取り組みとして「Project Guardian」が進行中だ。DBS、JPモルガン、テマセクが参加し、資産のトークン化する仕組みの開発を目指すという。

様々な技術や法規制のテストベッドとして役割を果たすシンガポール。各国の政策にも影響を与える可能性があり、今後の動きに特に注視が必要だ。

文:細谷元(Livit

クリプト(Crypto)
日本語で「暗号」や「暗号化されたもの」という意味。暗号資産を示す言葉として使われることもあるが、他の言葉と組み合わせて使用されることが一般的で、暗号通貨や仮想通貨を意味するクリプトカレンシー(Crypto Currency)が代表例。