2022年、ロボット業界への投資が空前の活況となっている。2021年には170億ドル(前年の3倍)もの金額がロボティクス関連のスタートアップに投資され、2022年に入っても既に大型の資金調達がいくつも報じられている。

アメリカでは2022年がロボット業界の「変曲点(インフレクション・ポイント)」となり、ロボット導入が一気に進むという見方も広がり始めている。なぜ今なのか、その背景にある経済事情や技術革新など、ロボティクス産業を取り巻く最新状況について探ってみよう。

ロボティクス関連企業への投資が盛り上がりを見せる

ロボット業界への投資は2017年頃一度盛り上がったものの、EVなど他のテーマの盛り上がりに押され一旦下火となっていた。しかし2021年からロボティクス関連のテーマETFが注目を集め、ベンチャーキャピタルやPEファンドによるロボティクススタートアップへの投資が相次いだ。その投資先業界は医療、製造、物流、ホスピタリティ、自動車など多岐に渡っている。

2022年に入ってもその勢いは止まらず、たとえばサンフランシスコを拠点とする自動運転車メーカーのCruiseは、GMから3月に13.5億ドルを調達。またテキサスを拠点とする建設業界のロボティクス企業ICONは、2月にシリーズBで1億8500万ドル近くを調達している。

投資先としてロボティクス企業を探す投資家は明らかに増えており、専門外のファームもこぞって参入している状況だという。

アマゾンもロボティクススタートアップへの投資を開始

このような流れの中、米アマゾンは4月にAmazon Industrial Innovation Fundを立ち上げ、フルフィルメント、ロジスティクス、サプライチェーンに関する企業に新たに10億ドルを投資すると発表した。

このファンドからの最初の投資先に選ばれた3つのスタートアップは、Agility Robotics(米オレゴン州)Mantis Robotics(米サンフランシスコ)、BionicHive(イスラエル)だった。いずれも倉庫業務に関連した作業ロボットを手掛けるスタートアップで、アマゾンもロボティクスをイノベーションの最重要テーマとして位置付けていることがわかる。

人件費の高騰や採用難がロボットへの労働力シフトを後押し

ロボットの発注数は2021年に前年比21%増加し、2022年第1四半期においては40%の増加率となっている。現在製造業での産業用ロボットの台数は、労働者1万人に対し平均126台となっていて、これは5年前の倍近い割合だ。特にロボット導入の進んでいる自動車業界では、労働者1万人に対し1300台近くのロボットが稼働している。

なぜ今このタイミングでロボット市場が急激に拡大しているのか、その要因のひとつに米国経済の状況が挙げられる。アメリカは現在激しいインフレの真っただ中にあり、2022年5月の消費者物価指数は前年同月比8.6%の上昇と、40年ぶりの大幅なインフレ率となっている。

このインフレに伴い賃金も値上がりしているため、企業は人件費の高騰という大きなコスト増に直面している。それと同時に、終わりの見えない大転職トレンドが継続中で、欠員が出てもなかなか代替人材を採用できない超・売り手優位の労働市場も企業を苦しめている。この危機的な採用難は今後数年続くと予測する専門家もいる。

そのため、労働力不足という差し迫った課題が、多くの企業でロボットや自動化技術が導入される強力な後押しとなったとBusiness Insiderをはじめ多くのメディアが分析している。

ロボットを取り巻く技術がこの数年で格段に進化

ロボット市場急拡大のもう一つの大きな要因は、ロボティクス分野での技術革新だ。Crunchbaseは、「ロボティクスのテクノロジー自体が、以前から描かれていたビジョンにようやく追いついた」と現在の状況を分析している。

この2年間だけを見てもロボット関連技術の進歩は大きく、たとえば、掘削機のロボティクスを手掛けるBuilt Robotics(米サンフランシスコ)では、2年前には存在すらしていなかった部品が数多く存在しているという。特にセンサーやLIDAR(光による検知と測距離)分野における技術向上が目覚ましく、掘削機の完全自動運転が可能となった。彼らも今年4月に6400万ドルのシリーズC調達を行っている。

他にも、Nimble社(米サンフランシスコ)では、AIや模倣学習技術によって、倉庫用作業ロボットに「適切な梱包」を教育することが可能になった。これまで繊細過ぎてロボットには無理だと思われていた、「化粧品や洋服、家電といった多種多様な商品を、棚から取り出し、それぞれに適した梱包を行う」という作業をロボットが遂行できるようになったのだ。

2022年がロボット業界のインフレクション・ポイントになると目されるのは、このように労働力不足というネガティブなインパクトと、ロボット技術の向上というポジティブなインパクトのタイミングが合致したことが大きいだろう。

「ロボットのいる生活」の社会的受容も背景

労働力不足と技術革新がロボティクス市場拡大の直接的な要因とすれば、それとは少し異なる社会的な背景として挙げられているのが、ロボットの心理的な受容だ。

少し前まで、人間とロボットが肩を並べて働いたり、日常生活の中にロボットがいることに違和感を覚える人が多かった。しかし十分な時間が経ち「ロボットと共に生活することに社会が慣れ、快適な存在として受け入れられるようになった」とテック系ベンチャーキャピタルTrue VenturesのパートナーであるRohit Sharma氏は分析する。この社会的受容には、自動運転車の出現が寄与した部分が大きいとも言われている。

さらにロボット需要のもう一つの心理的要因としてSharma氏が挙げるのが、新型コロナウイルスによるパンデミックだ。世界中でメディカルワーカーが過剰労働や隔離による人手不足などに窮する中で、医療用ロボットへの注目と評価が一気に高まったのは明らかだろう。

代替ではなく人間と共に働くCobotが中心的存在へ

さてこのように活況のロボティクス業界だが、業界関係者たちが強調するのは「ロボットは人間の仕事に取って代わるものでない」という点だ。例えば医療用ロボットを手掛けるDiligent Roboticsは、自社のロボットはメディカルワーカーを単純作業から解放し、より重要で本質的な仕事に集中できるようにするためのものだ、と位置付けている。

このように多くのロボティクス企業が、自社の目的意識として、人間の「代替」ではなく「補完」を掲げ、人間とロボットそれぞれの強みが最大限発揮できる協業ソリューションを模索するという方向性でロボット開発を進めている。

人間と共に働くロボット・通称Cobotは、人間にとってネガティブな環境での作業の効率性や安全性を高めるために設計される。たとえば退屈な単純作業や危険な環境、汚い場所での作業をCobotが引き受け、人間はより本質的な業務に集中できるようにする、といった役割分担だ。

2017年時点では北米のロボット売上のうちCobotが占める割合はわずか3%だったが、2025年までにはその割合が34%にまで急増すると予測されている。これまで「ロボットのいる未来像」を描く際に漠然と夢見られてきた「完全無人化」ではなく、「ロボットと人間が相互補完しながら共に働く」という在り方が、今後のロボティクスのスタンダードになることを示していると言えるのではないだろうか。

文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit