6月24日、米国で約50年間守られてきた女性の人工妊娠中絶権が、連邦最高裁判所の判決で無効になり、規制するか否かが各州に委ねられた。7月8日現在、約60%以上の州で中絶を禁止・まもなく禁止になる可能性が高いとされている。

これに対し、女性の権利を守ろうとする人々がホワイトハウス前をはじめ、全国各地でおおがかりな抗議行動を展開。連邦最高裁での判決の意見草案がリークした5月初旬から続くこのデモは、現在も依然として続く。

© Larie Shaull (CC BY 2.0)

「中絶」などの検索ワードで情報を得ようとしたり、中絶について投稿したりと、ソーシャルメディアを利用する人が格段に増えている。それだけに、GAFAM(Goodle、Amazon、旧FacebookのMeta、Apple、Microsoft)の動きが気になるところ。個人情報の扱い方によっては、ユーザーが逮捕される可能性もあるからだ。

Googleはロケーション履歴の削除や、「データ安全」セクションで対応

Googleは、最高裁の判決の約1週間後の7月1日、コアシステムズ・アンド・エクスペリエンセズ上級部長代理、ジェン・フィッツパトリック氏が関連のブログを掲載している。タイトルは「健康に関するプライバシー保護」。中絶を含め、Googleがユーザーの個人情報の中でも特に健康関連の情報を守るために、さらに一歩踏み込んだ対策をとることを発表している。

Googleアカウントの設定で、ロケーション履歴をオンにしている場合、ユーザーがいつでも容易にデータの一部またはすべてを削除できるようにした。人工妊娠中絶クリニックを含む医療施設などは、たしかにプライバシーの保護が必要だ。Googleはユーザーがそうした場所に行ったことを確認した際、すぐにロケーション履歴からこれらを削除するという。

ロケーション履歴で、どこに行ったかが明確にわかる
© Steven Vance (CC BY-NC-SA 2.0) 

また、ユーザーが透明性を確保し、個人情報を自ら簡単に管理できるよう、Google Playストアに新たに「データ安全」セクションを設け、開発者が各々のアプリがどのように情報を収集・共有・保護するかについての情報を開示し始めた。

Google FitとFitbitに関しては、ユーザーがいつでも自分の個人情報を変更・削除できるようオプションを設定し、ツールを提供している。例えば、アプリで月経周期の記録を利用しているユーザーは、それを自ら1つずつというだけではなく、今後は一度に複数を削除できるようにしていくという。

一方、政府からユーザー情報の提供を求められた際の対処については、現行の対策を説明するに留まっている。求められた全情報を渡しているわけではないことや、その要求に応じる場合には、政府からかん口令が出ておらず、緊急事態ではない時には、ユーザーに通知していること、さらに政府からの問い合わせ件数と種類を、「透明性レポート」として定期的に公開していることなどだ。

社員に対しては、以前からある規定通り、同社の福利厚生プランと健康保険によって、もし居住・勤務する場所で適切な医療措置が受けられない場合、社員は州外に行ってそれを受けることができる。中絶は「医療措置」の中に入っている。また、自由に転勤を申請することも可能だ。中絶が違法である州に居住・勤務している場合、選択肢に転勤もあると示唆している。

Instagramなどの投稿を削除され、当惑する中絶ケア・グループ

Metaが所有するFacebookとInstagramは、中絶が禁止されている州の女性を対象に、中絶薬を提供する投稿を逐次削除しているとみられている。

米国三大ネットワークの1つ、NBCは、「中絶」や人工妊娠中絶に使われる主な医薬品の1つ「ミフェプリストン」といった検索ワードで得られる情報に制限がかけられていると報道。テックカルチャー・メディアのWIREDも、中絶者をケアするグループ複数から、各Instagramアカウントの一部が削除されているとの報告を受けているという。

Metaが今回急遽ポリシーを変更したのではないかという疑惑が持ちあがった。それに対し、Metaはポリシーは変わっておらず、こうした検閲はもう何年も行われているとしている。

Metaの広報担当者、アンディ・ストーン氏はTwitterで、同社のプラットフォーム上で個人が医薬品を贈ったり、販売することは許可できないが、医薬品の入手方法については共有が可能だとしている。

また、中絶する従業員に対し、州外での医療処置が必要な場合は、法律で認められている範囲内で旅費の払い戻しを行う予定と、米国三大ネットワークの1つ、ABC Newsは報じている。

その一方で多くのメディアが、Metaがデリケートな問題ということを理由に、従業員に仕事中に中絶に関する意見を広く共有しないよう指導していることを指摘。

社外からは、企業は女性の権利を保護するスタンスをとるべきと、また社内では、ほかのデリケートな問題を話すことは許されているのに、なぜ中絶だけ特別扱いなのかという不満・疑問の声が上がっている。

ユーザーの個人情報保護対策は、iPhoneなどの製品内に

Appleの場合、ユーザーのプライバシー保護対策は自社製品に組み込まれている。

ユーザーのiPhoneがパスコード、指紋、Face IDでロックされている場合、健康・フィットネス関連のデータは暗号化される。Apple WatchやOSの最新版では、ユーザーが2ファクタ認証を選ぶと、月経の周期記録を含むヘルスアプリの情報はAppleには閲覧できなくなる。

© Forth With Life (CC BY 2.0)

また、中絶する従業員に対しての優遇措置として、旅費と医療費が健康保険会社から支給されるとしている。

これは、CEOのティム・クック氏が、テキサス州の中絶禁止法施行後の昨年9月に、ハイテク企業の従業員全16万人を前に発表した際の録音をニューヨーク・タイムズが入手し、明らかになった。一方、ワシントンポスト紙は、テキサス州在住で10年以上勤続するAppleの社員は、同社の福利厚生を利用し、他の州で中絶を含む医療処置を受けることが可能であると、報じている。

州外での中絶の旅費を負担するのみ? MicrosoftとAmazon

Microsoftの場合、従業員に対しては、従業員とその扶養家族が、中絶などの医療処置を居住エリアで受けられず、州外に出て受ける場合には、旅費を負担するとロイター通信を通じて発表している。しかし、ユーザーの個人情報保護については何のコメントもない。

またAmazonは、中絶手術や命には別条がない医療処置のためには、最高4000米ドル(約56万円)まで、生命に関わる医療処置のためには、1万米ドル(約140万円)まで支給するとしている。

ロイター通信によれば、これは、社員の自宅から100マイル(約121km)以内で、必要とする医療を受けられない場合に適用されるという。心臓病などほかの病気に対する医療も対象になり、1月1日に遡及して適用が可能だそうだ。しかし、AmazonもMicrosoft同様、顧客の個人情報保護については何も触れていない。

ユーザーや顧客の個人情報を守るという確約はなし

GAFAMは各社とも従業員に対しての支援を発表している。しかし、これらが各社が守るべき従業員すべてを守っているかといえば、それは「ノー」だ。

各社が従業員に補償するとしている中絶するための州をまたいでの旅費は、傘下で働く女性すべてが恩恵を被るわけではない。GAFAMの場合、従業員の多く、もしくは大部分をギグワーカー、派遣社員、契約社員、下請け労働者が占めている。正社員と肩を並べて各社を支えるこうした人々は、中絶の際の旅費といった福利厚生の対象には含まれていない。

また、ユーザーや顧客を守ると明言している企業はない。法執行機関は、GAFAMが収集したデータを利用して、中絶した女性を特定し、罰することが可能だ。

直近では、Googleは昨年上半期、政府から5万件強の個人情報の提供の要請を受け、そのうちの約82%で何らかの情報を渡したという。Metaの場合は、昨年下半期で約21万5000件の要請があり約73%で、Microsoftも同時期、約2万5000件の要請に対し、約75%で提供したという。ユーザーや顧客の個人情報は危険にさらされていると考えていいだろう。

今こそ、人々が個人情報漏洩を気にせず情報交換できるべき

世界銀行の2021年の調べでは、米国全体において女性の労働力は約46%を占めた(CharityJobのウェブサイトより)

性と生殖に関する健康と権利の研究、教育、進歩に取り組むグットマッハー研究所によれば、米国で2020年に中絶した人の数は約93万人。約50年前に中絶が合法化した後、1980年代後半から1990年代前半にかけて最高値に達した。それ以来、CDCの分析によれば、”ゆっくりとした、しかし着実なペース”で減少しているという。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校で行われた、中絶した、あるいは中絶を拒否された全国の女性のその後を長期にわたって比較した画期的な「ターナウェイ研究」によれば、中絶を拒否されると、女性は長年にわたり、経済的な困難と不安感にさいなまれるという。中絶を断念した女性は、例えパートナーが暴力的であっても、連絡を取り続けたり、生まれた子どもを1人で育てたりする可能性が高まる。出産が中絶より深刻な健康問題に発展することもある。生まれた子どもには経済面、成長面で悪影響が出る。

Googleの従業員や下請け業者を代表する組織、アルファベット労働組合は、中絶が違法である州に居住・勤務している場合、転勤することも可能としたGoogleの支援策に対し、「これは解決策ではない」とTwitterで言い切る。

アメリカ最大の組合組織、アメリカ労働総同盟・産業別組合会議の会長は、一部とはいえ、州単位での中絶禁止の決定を「国内で働く女性や家族にとり、壊滅的打撃となる」と捉える。こんな時だからこそ、個人情報がもれる心配をせずに、ソーシャルメディアなどを通じて、人々がより密に情報交換を行えるよう、また中絶する人が、中絶者をケアするグループと対話し、正しい情報を得られるよう、GoogleやMetaなどは手を貸すべきと強調している。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit