ビジネスシーンの頻出ワードとなった「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。多くの企業で推進され、業務効率化や顧客管理、リモートワークなどビジネスの現場においては効果が出始めているように思えるが、社会課題に対する価値提供の側面はどうだろうか。環境や経済の問題に対しても、包括的にアプローチできる“インクルーシブなDX”が実現されれば、重要度が高まる企業の社会的責任、持続的な成長などの領域に対する有力なソリューションとなるはずだ。

こうした未来を目指し、「バリューチェーンの統合」という観点からDXのソリューションを提供しているのが、富士通と電通グループの共同プロジェクトである。

2022年4月に発表された共同プロジェクトでは、
・デマンドチェーン
・サプライチェーン
・エンジニアリングチェーン
という3つのチェーンを変革することで、顧客企業の事業成長とともに、カーボンニュートラルに対しても貢献していくという。

動き始めたこのプロジェクトについて、富士通株式会社の水光 淳氏、株式会社電通の渡邉 典文氏に話を聞いた。

環境負荷を高める、バリューチェーンの分断

4月15日に合意された、富士通と電通の戦略的協業。「バリューチェーンの変革」が掲げられているが、そもそもバリューチェーンとは何を指すのだろうか。富士通でDXビジネスコンサルタントを務める水光氏は、次のように説明する。

水光氏「製品で例えると、開発から使用・消費・廃棄/リサイクルまでの一連の流れを指します。研究、企画、設計などが『エンジニアリングチェーン』、生産計画、調達、製造、物流などが『サプライチェーン』、営業、販売、マーケティング、利用、アフターサービスなどが『デマンドチェーン』となり、本件ではこれら全体を『バリューチェン』と定義しています。それぞれ3つのチェーンの間において“分断”が発生しているという課題意識から、今回の協業に至りました」

富士通株式会社 DXビジネスコンサルタント マネージャー 水光 淳氏

ここでいう分断とは、業務プロセスや管理システムが連携せず、孤立した状態になっていることを指す。いわゆる“サイロ化”だ。

水光氏「分断の原因は主に二つ。一つは各企業が売上・利益に軸足を置き、自社の事業領域ばかりを優先してしまう、日本社会特有の構造でしょう。もう一つがシステムです。各バリューチェーンの中ではデジタル化が進み、個々の業務が連携されるようになりました。しかし全体を見渡すと、例えばエンジニアリングチェーンとサプライチェーンも、デマンドチェーンとエンジニアリングチェーンも統合されていない、というように、各バリューチェーン同士はそもそもシステムがつながっていない。これが結果として分断につながるのです」

部門間で使用するソフトウエアが異なると、非効率化や情報不足に陥りやすく、このシステムのサイロ化は長年問題視されてきた。ただしそれは、あくまで企業単体の成長を妨げる要因に過ぎなかったというのが、従来のスタンダードな認識だろう。しかしバリューチェーン全体で捉えると、社会課題とのつながりが見えてくる。理由はシンプルだ。

水光氏「例えば、消費者ニーズを把握できず、需要を正確に予測できなければ、在庫にロスが生じてしまう。これが食品業界であればフードロスになりますし、廃棄する際には温室効果ガスが発生します。資材調達や商品輸送においても、不要な分をトラックで運べば、そこでも余計なCO2が排出されます。結果として地球温暖化や気候変動につながるのです」

SDGsのゴール12は「つくる責任 つかう責任」だが、バリューチェーン目線でのロス削減は、欧米では定着しつつあると、水光氏は指摘する。日本は遅れを取り戻すためにどのような策を講じればよいのか。その救世主となるのがDXである。

そのため、包括的なDXを推し進めるべく、サプライチェーン・エンジニアリングチェーンのDXに強みを持つ富士通、デマンドチェーン・エンジニアリングチェーンのDXに強みを持つ電通グループが協業することで、企業の事業成長ならびに、環境社会課題解決の実現を目指す形だ。

富士通と電通グループの目指すバリューチェーンの統合と各社の役割

3つのチェーンを統合する、DXの可能性

近年活発化するDX推進において、富士通は多くの国内企業にソリューションを提供してきた。

水光氏「当社は、特にサプライチェーン領域でDX推進に取り組んできました。『ODMA需要予測ソリューション(FUJITSU Business Application Operational Data Management & Analytics 需要予測ソリューション)』はその一つで、商品の特性に合わせた高精度な需要予測により、生産計画やオペレーションの最適化を実現します。富士通には長年の研究で培った需要予測や最適化の技術があり、今回はそのノウハウをより幅広い消費者接点を含めたデマンド領域にも応用したいと、協業に至りました」

一方、消費者の心理や行動において知見とデータを有する電通は、デマンドチェーンに強みを持つ。「近年はDX分野でも実績を重ねている」と語るのは、トランスフォーメーション・プロデュース局の渡邉氏だ。

株式会社電通 トランスフォーメーション・プロデュース局 DXビジネス戦略部 DXプロデューサー 渡邉 典文氏

渡邉氏「サプライチェーンを得意領域とする富士通さんに対し、電通グループはデマンドチェーン領域でDXソリューションを提供しています。AIを活用し、複数の広告主の間でテレビスポット広告枠をタイムリーに組み換える『RICH FLOW』、気象情報とTwitterのツイート情報を観測し、社会的ムーブメントを捉えることでデジタル広告を最適化する『Multi Impact SwitcherTM』など、その多くがDXを核としたものです。多岐にわたるソリューションを既に保有している中で、エンジニアリングチェーンおよびサプライチェーンに必要なものを“つないでいく”。これが協業における電通メンバーの役割です」

今回の協業では、ここにエンジニアリングチェーン領域で豊富な実績を誇り、電通グループの企業である電通国際情報サービス(ISID)が加わる。

渡邉氏「ISIDは、製品開発領域全般における業務コンサルティングからIT実装までの一貫したソリューション力を持っています。エンジニアリングチェーンでは富士通さんもDX推進をされていますが、“競合から協業へ”という形で、タッグを組むことになりました。こうして、3つのバリューチェーンにおいて、それぞれに得意領域を持つ3社が揃ったわけです」

サプライチェーン/エンジニアリングチェーンの富士通、エンジニアリングチェーンのISID、デマンドチェーンの電通。3社がそれぞれのアプローチで進めるDX推進を連携することが、協業の方針のようだ。

設計、生産、消費のデータが、一つに統合される未来へ

こうして始動した富士通と電通グループの戦略的協業。プロジェクト第一弾として、ISIDと富士通が主体となり、製造業向けエンジニアリングチェーン領域のDXが進められている。すでに複数の企業で導入がスタートしているようだ。

水光氏「富士通が持つ『MOM(Manufacturing Operations Management/製造オペレーション管理)』領域をはじめとした顧客業務ノウハウを、ISIDさんのソリューションと掛け合わせる試みです。国内最大級の『PLM(Product Lifecycle Management/製品ライフサイクル管理)』システムを提供できるようになり、顧客ニーズの把握から製品開発、生産・製造に至る、さまざまなデータの連携が可能になります」

製造業における工程管理では、多岐にわたる複雑なデータの統合が課題となっている。無数にある部品を調達しながら、多様化する消費者ニーズに対応していくことは容易ではない。

水光氏「自動車を1台製造するだけで、数万個の部品が必要になります。その工程を全て管理するだけでも大変なのですが、車種が変わればゼロから再構築しなければなりません。現場で求められるのは、類似する部品や製造プロセスを共通化しながら、消費者ニーズに応えるべき部分を柔軟に多様化させるという仕組みです。今回の協業ではこのようなソリューションを提供していきます」

渡邉氏「例えば、先進的なPLMシステムを用いることで、私たちは『ある部品がどれだけ環境に負荷を与えるか』を可視化することができます。そこにユーザーの使用年数や頻度といったデータをつなげていく。このように一つひとつのデータを蓄積・統合させれば、製品全体のライフサイクルを管理し、設計や改良の段階から環境負荷を計算できるようになります。」

また、第2弾となる別のプロジェクトも進められている。食品メーカー/飲料メーカーを中心にサプライチェーンとデマンドチェーンのシステムをつなぎ、在庫ロスを削減する構想だ。

SCM/DCMそれぞれで管理・予測は行っているものの、分断され個別最適化されている

水光氏「消費者の趣味嗜好や行動様式といったデータを、生産計画に反映させる。逆に、配送や在庫の状況により、広告や販売促進を調整する。このように、サプライチェーンとデマンドチェーンのデータをシームレスに連携させれば、在庫を適切化し、フードロスを削減することが可能になります」

渡邉氏「電通では、マーケットの予測とそれに基づくプランニングを手掛けてきましたが、在庫や配送の情報を気にしながら需要予測をすることはあまりありませんでした。これからは、例えば東京と大阪での売り上げを計測しながら、『計画よりも大阪エリアで売れているため、広告を強化して東京エリアの在庫を減らし、大阪に回しましょう』といった提案が可能になると考えています」

始まったばかりの協業だが、まずはプロセス単位でシステムを最適化し、それを他のバリューチェーンへと拡大していくことが、同協業の見据えるロードマップのようだ。一つの業界でノウハウが確立されれば、別の業界にも横展開していくことができる。このようにして、日本全体のバリューチェーンが統合・最適化されていくのだろう。

インクルーシブなDXは、企業の成長に帰結する

協業における構想について、擦り合わせが始まったのは約1年前。企業としての中長期的な方針が合致していることが、背景にあったようだ。

渡邉氏「富士通さんは現在、サステナブルな世界の実現を目指す『Fujitsu Uvance』を掲げ、人と地球が共存し、持続可能な成長を支える製造のカタチ『Sustainable Manufacturing』を推進しています。一方の電通は、新たな経営方針として『B2B2S』を提唱し、“B-to-B”の先にある“S”(Society/社会)と向き合う企業グループへと進化することで、顧客企業と仕事を通じて社会課題を解決することを目指しています。両社の協業は、ある意味で必然であったように感じます」

今回の協業は、環境負荷軽減にとどまらない、さまざまな価値を生み出すことも期待される。

水光氏「例えば災害対策です。コロナ禍における物資の供給力不足は、バリューチェーンがうまく統合されていないことが、一つの原因でした。頻発化する災害に対し、製品が生活者の手元に届く流れをしっかりと管理できれば、日本社会の“安心”にもつながるのではないでしょうか」

消費者、社会、そして地球環境をも包括する“インクルージブなDX”。その実現は、結果的に企業の成長にもつながると、2人は未来を語る。

渡邉氏「資材や在庫のロスは、利益という観点から見ても、企業にとってマイナスであるはずです。製造業で収益を向上させるには、やはり物を売ることが生命線。ロス削減により環境へ配慮することは、企業の成長と正比例すると考えています」

水光氏「ESGにも見られるように、これからの企業は事業だけでなく、社会的責任も果たしていかなければなりません。富士通としても、単純に企業のDXを推進するだけでなく、経営全体における『SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)』を意識しながら事業に当たっています。顧客企業に持続的な成長を実現していただくには、目先のデジタル化だけでは不十分だからです」

渡邉氏「DXの本質は“つなげること”だと思います。企業の競争力強化と社会的な価値提供、両方を実現する力を持っているのではないでしょうか。現に私たち電通も、今回の協業を通じて高精度なコンサルティングを顧客に提供し、成長をしながら社会全体にも価値を届けられる。サステナブルな未来に向け、DXは最も有効な手段となるでしょう」

水光氏「今回の協業について、私個人としては『社会全体の意識改革』につなげたいと考えています。日本の環境に対する意識はここ数年で高まってきましたが、世界基準への到達のためには、特に消費者行動が変わることが求められるはずです。生産プロセスにおける環境負荷など、バリューチェーン全体を消費者が把握し、購買などのアクションにつなげることができれば、未来はもっと良くなるかもしれません」

電通グループのナレッジとテクノロジーが、パートナーのDXを推進する

今回は取材を通して、富士通と電通グループの協業事例を見てきた。ものづくり企業である富士通が製造業の事業プロセスをDXで支援することは、親和性のある試みだが、電通グループもまたデータ連携などのノウハウをもとに、生産プロセスの領域のDX推進をリードすることに関しては、意外性を感じた読者もいるのではないだろうか。

近年、電通グループはデジタルテクノロジーを核としたソリューションを次々と開発している。そのノウハウをマーケティングに活かすだけでなく、さまざまな分野の開発や生産におけるDXを推し進めるソリューションとして応用していけることが、今回の協業の最大のポイントなのかもしれない。今後は他の領域においても、電通グループがDX推進企業として活躍し、さまざまな企業と伴走していく可能性は高いといえる。

始まったばかりの富士通と電通グループの共同プロジェクトは、これから本格化するだろう。生み出されるソリューションを、ビジネスパーソンと生活者、両方の視点から捉えることで、両社の進める社会のDX化を感じていきたいところだ。