東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故の発生から11年の時が経過した。復興の状況や人々の意識が刻々と変化する中で、コロナ禍や多発する自然災害、エネルギー供給、人口減少など、東北を取り巻く問題の様相も変わりつつある。これらの問題に対する取り組みの中には、人々から十分に理解されていないものも多い。その一つが、被災前の環境を取り戻す、“環境再生”である。

未来社会に関わる問題であることから、環境再生は私たちだけでなく、次世代にとっても重要なテーマとなっている。環境省は「福島再生・未来志向プロジェクト」を2018年から推進しており、2020年には福島県と連携協力協定を締結し、シンポジウムをはじめ、福島県の本格的な復興・再生に向けたステージへ歩みを進めるためのさまざまな取り組みを行っている。そして2022年8月18〜20日には福島を訪問し、環境再生の現況を伝える「『福島、その先の環境へ。』次世代ツアー」(以下、次世代ツアー)の実施も予定している。

現在、次世代ツアーは学生や社会人を対象に参加者を募集している

特に、環境再生における大きな課題の一つ“除去土壌”の存在は、20年後の未来を生きる次世代の若者にとっても人ごとではない。福島そして日本の環境再生について、何を考え、何を見つめるべきか。除去土壌を中心に、その答えを探っていく。

福島の環境再生のカギとなる、土壌等の除染作業

東日本大震災により発生した、東京電力福島第一原子力発電所事故。大気中に飛散した放射性物質は、土壌等に降下、付着した。人々の健康や生活環境に及ぼす影響が懸念される中、2011年8月に公布されたのが、土壌の除染などについて方針を定めた「放射性物質汚染対処特措法」(以下、特措法)である。同法を受け、現在福島の環境再生に従事しているのが、環境省の水橋正典氏だ。

「特措法は、土壌等の除染作業における区域や実施主体などを定めています。旧警戒区域・計画的避難区域に相当する福島県の11市町村は国、その他の地域は市町村により、作業が進められてきました。11市町村は除染が完了し、インフラや生活環境が整うと避難指示が解除される流れになっており、最も早く解除されたのが2014年4月の田村市。以後、除染作業の進捗などとともに住民の皆さまの帰還が進んできたのです」

環境省 環境再生・資源循環局 水橋正典氏

そもそも土壌の除染作業とは、どのようなものだろうか。放射性物質が付着するのは、土の表面のみであり、土壌の奥深くに浸透するわけではない。そのため表土を剥ぎ取ることが、基本的な除染作業に当たる。主な対象は宅地と農地であり、道路の側溝なども該当するが、生活圏から一定程度離れた場所は特措法が定める作業において対象外だ。

「放射線というのは、高い線量を被ばくすることで、健康被害が生じるリスクが高くなるとされています。ただし、放射能濃度が高いものの近くにいるからといって、直ちに健康被害が生じるわけではありません。住民の皆さまの健康や生活環境に及ぼす影響を速やかに低減するため、生活圏の除染が優先的に実施されました。

まずは生活圏において支障がないレベルに線量を下げ、安全にお住まいいただける環境に再生する。これが除染の目的です」

2018年3月、帰還困難区域を除く全ての面的除染作業が完了した。では、剥ぎ取られた土壌等はどこへ行くのだろうか。次にその行方を追っていく。

2045年までの県外最終処分に向けた中間貯蔵施設の役割

除染作業によって除去される「除去土壌等」は、福島県内の発生量だけで東京ドームの約11倍にも相当すると推計される。この大量の除去土壌等は、県内にある複数の仮置場等に一時的に保管された後、「中間貯蔵施設」に輸送される。

除去土壌や廃棄物を管理するための中間貯蔵施設

「中間貯蔵施設は、除去土壌等を最終的に処分するまでの間、安全かつ集中的に貯蔵する施設です。福島第一原子力発電所を取り囲む形で、大熊町・双葉町に整備されています。広さはおよそ1,600haあり、2017年10月より貯蔵を開始しています」

施設の整備に当たっては、地元や有識者の意見などを反映しながら慎重に進められたが、大熊町と双葉町の施設受け入れは「大変重い決断だった」という。

「住民の皆さまには非常に苦しいご決断だったと思いますが、福島県全体の復興のために、受け入れていただきました。私たちはその思いを受け止め、2045年までにしっかりと約束を果たさなければならないと考えています」

この「約束」とは、除去土壌等の県外最終処分のことだ。中間貯蔵施設はあくまで“中間貯蔵”の場であり、貯蔵開始から30年に当たる2045年3月までに、除去土壌等を福島県外で最終処分することが定められている。しかし、大量の除去土壌等を県外で処分することは容易ではない。

「県外最終処分を行うためには、最終処分が必要となる量を減らす取り組みが非常に重要となります。このため、私たちは『減容』と『再生利用』に取り組んでいます。2016年に取りまとめられた『中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略 』に基づき、技術開発や実証事業等を推進中です」

再生利用とは、放射能濃度が低い土壌から、草木や金属などの異物を取り除き、必要に応じて品質調整を行い、覆土などにより安全性を確保することで、公共工事の盛土等に利用することを指します。

「現在も帰還困難区域に指定されている飯舘村長泥地区では、実証事業の一環として、除去土壌と覆土を活用した農地の盛土造成を進めています。また、2020年度から野菜の栽培実験を行い、2021年度に栽培した野菜に含まれる放射能濃度は、一般食品の基準値である『1キログラム当たり100ベクレル』よりも十分低い『0.1から2.5ベクレル』という値でした。こうした実証事業を通じて、除去土壌の再生利用の安全性を確認しています」

しかしそれでも課題は残ると水橋氏はいう。除去土壌等の県外最終処分に対する国民の“理解”だ。

次世代も含めて除去土壌等の課題を乗り越えていくために

福島原発事故から11年以上がたち、復興の状況がメディアで取り上げられる中でも除去土壌等の問題が前面に出る機会は極めて少ない。環境省が2022年に実施したアンケート調査では、県外最終処分の認知状況について、福島県内では約53%程度、福島県外では20%を下回っている。この低い水準に水橋氏は危機意識を抱く。

「福島の原発は、福島ではなく、首都圏に電力を供給していたものです。それにもかかわらず、原発事故に対して福島県民だけが負担を抱えるという構造を、住民の皆さまが納得されるはずがありません。だからこそ県外最終処分があり、国民全体の課題として対応しなければならないのです。2045年までの県外最終処分、その実現に向け重要となる減容と再生利用について、もっと国民の皆さまに知っていただくため、私たちは理解醸成に努めています」

こうした背景を受け、環境省が2022年5月に開催したイベントが、「『福島、その先の環境へ。』次世代会議」(以下、次世代会議)だ。県外最終処分は2045年に向けて進められていくことから、未来社会を担う若者世代の理解は欠かすことができない。そこで次世代会議では、学生が主体となり、若者世代が福島を訪れるツアーについて検討することをテーマとした。

環境省で行われた「福島、その先の環境へ。」次世代会議ではツアー内容の企画に向けて次世代を担う若者たちが議論を交わした

「除去土壌等の問題を知っていただくためには、まずは実際に現地を見ていただき、福島が今、どういった状況に置かれているのかを感じてもらうことが重要です。それを学生が企画することで、より多くの若者に共感してもらえると考えました」

次世代会議では全国の大学生18人、福島県内の高校生5人が集まり、ツアーの内容を討議した。参加者はツアーのテーマである「環境再生×地域・まちづくり」「環境再生×観光」「環境再生×農業」「環境再生×新産業・新技術」「環境再生×脱炭素」にチーム分けされ、ディスカッションをしながら具体的な視察先を選定。また、同世代の若者に対する有効な情報発信についてもアイデアを述べ合ったという。

「ツアーの訪問先を私たち環境省が決めるのではなく、学生の皆さまに企画してもらうことで、問題を“自分ごと”として捉えていただく狙いがありました。SNSやインフルエンサーの活用方法など、学生ならではのユニークな発想も、ツアー企画において有意義だったと思います」

「次世代ツアー」へ参加し、未来に向けた最初の一歩を

こうして企画された「次世代ツアー」は、2022年8月18〜20日の間に、テーマごとに1泊2日で実施される予定だ。次世代会議で選定された訪問先をもとに、先述した五つのツアーが企画されている。中間貯蔵施設や東日本大震災・原子力災害伝承館に加え、テーマに沿ったスポットを訪れることで、福島の今を見学できるのが魅力だ。

申込時に希望するツアーコースの選択が可能。(※抽選)

「参加者の皆さまには、除染作業をはじめとした環境再生事業等の取り組みにより、住民の皆さまの帰還・居住に向けた環境整備が進んでいることを、まずは見ていただきたいです。その上で、作業から発生した除去土壌等はいまだ残っていること、県外最終処分に向けた再生利用の重要性を知っていただきたいと思います」

参加者は学生だけでなく、幅広い世代が対象だ。20〜30代の社会人にも参加してほしいと、水橋氏は語る。

「ツアーの中では参加者がディスカッションをする座談会の時間を設けています。学生だけでなく、社会人経験のある方も議論に参加していただくことで、よりリアルな意見が生まれ、相互の刺激になるはずです」

初の試みである今回のツアーには未知の部分も多いが、水橋氏には「可能な限り、地元の方々とも接してほしい」という思いがあるようだ。

「国民全体の理解醸成において、第一歩になるのが“知る”ことです。県外最終処分や再生利用の在り方に考えを抱き、行動に移すことは重要ですが、知ること無しには何も始まりません。ツアー参加者の皆さまは、国民全体から見れば一握りですが、未来に向けた最初の一歩として現場に訪れることは、非常に意義があると感じます。そして、少しでもいいので、地元の方々と話してほしい。地元の思いが参加者に伝わり、参加者から他者へ、福島の外へと広がっていけば、除去土壌等の問題に対する理解も必ず広がっていくからです」

現地訪問という一人のアクションが、1億人の理解につながる。「次世代ツアー」には、企画した学生、環境省、そして福島の人々の願いが込められているようだ。他人事ではない福島の環境再生。その未来を変えていくために、あなたもその目で環境再生の「今」を確かめてみてはいかがだろうか。