「終焉」が意識されるコロナパンデミック

コロナパンデミックは「終焉を迎えつつある」と言って差し支えないだろうか。

筆者の暮らすオランダは当初から効率重視の「インテリジェンス・ロックダウン」が断続的に続いていたが、オミクロン株が落ち着いてからは政府による公的な規制はほぼ全て撤回された。現時点では完全に「ポストコロナ」の雰囲気が漂っている。

人びとの会話の中でも「コロナはもう”おしまい”だよね」と、終わったこととして扱われている感が強く、多くが3年ぶりの開催となる各例年イベントはどれも黒山の人だかり。ちなみに、もうマスクも誰もしておらず、顔を合わせては夏のバカンスの話題で持ちきりだ。

つい先月のイベント(オランダ国内)。混雑した屋内のイベントにもかかわらず、誰もマスクはしていない(画像:筆者提供)

生活にさまざまな変化をもたらしたパンデミック当初のムーブメント

日本では今でもみなさんマスクをしていると聞くし、例えば海外旅行など、パンデミック以外にも様々な事情があり、いまだに不自由なこともあるだろう。

しかし、例えばパンデミック当初のこと――。バタバタと自宅勤務に切り替えたり、さまざまなオンライン会議用のアプリをダウンロードしたり、自宅で子どもを楽しませるための工夫を模索したりといったことを思い出すと、いろいろあったこの2年間の始まりが思い出されて、懐かしいような気分にすらならないだろうか。おそらくその中には緊急措置を超えて定着したものも、新しい生活様式と感染者数が落ち着くにつれ忘れられたものもあるはずだ。

例えば「巣ごもり需要」や「家飲み」という言葉はもうあまり聞かなくなったし、空気清浄機や、欧州でもパンデミック以来ひどい品切れがずっと続いていた任天堂Switchも容易に入手できるようになった。

個人的には、2020年に9000km離れた場所からもさんざん楽しませていただいた、日本の各テーマパークやミュージアムのオンラインサービスがすっかりなくなってしまって、少々寂しい思いをしている。

「ゾンビユニコーン」が続々、欧米テック企業・コロナ禍前後の浮き沈み 

さて、世界が急速に「ポストコロナ」にシフトする中、コロナ禍でブームとなっていた多くのテック系プロダクト/サービスの人気に陰りが見え始めている、と米NBCニュースが指摘している。

シリコンバレーの株式市場は2008年以来の暴落に見舞われており、多くのユニコーン企業が現在のところはなんとか持ちこたえながらも、足元がおぼつかない「ゾンビユニコーン」と化しているというのだ。

(画像:unsplash

フィットネス界のNetflixと呼ばれたPeloton

例えば、家庭用フィットネス機器(エアロバイク・ルームランナー)製造会社として2012年に創業されたアメリカのスタートアップPeloton

徹底したカスタマーエクスペリエンスへのこだわりによって、機器を利用して受けられるサブスク式のストリームレッスンやアプリ、人気ブランドとのコラボなどを次々に打ち出し、フィットネスビジネスのDXを成し遂げた同社は、コロナ禍以前から「フィットネス界のNetflix」と呼ばれる人気企業だった。

(画像:Peloton公式サイトより)

そこにパンデミックが強烈な追い風をかける。閉鎖されたジムに通えなくなった消費者が自宅に備えられるフィットネス機器として相次いで購入、人気が爆発し、2019年のIPO時点で25ドルほどだった株価は、2021年に150ドル以上に高騰した。

「ペロトンする」は単に家で同社のエアロバイクを漕ぐ行為ではなく、オンラインのレッスンやコミュニティへの参加など、総合的なライフスタイルを指す動詞となり、一台20万円以上する同社の機器に「ノンストップで注文が入り、休みを取れなかった」と元社員は振り返る。

同社の躍進に陰りが見られたのは、パンデミック真っただ中の2021年3月。同社のルームランナーを利用していた消費者の家で、機器に巻き込まれた3歳児が死亡する事故が起きた。

同社はあくまで事故であることを強調し、成人による利用に危険はないこと、説明書に子どもやペットは機器に近づかないよう警告してあることなどを説明したが、ブランドイメージは凋落。同時期に徐々に街のジムが営業を再開し始め、ワークアウト希望者は高額な同社製品を買うよりもジムに通うことを選び始めた。

事故によるイメージ低下に加えてステイホーム需要が急降下した結果、株価は公開時を下回る15ドルほどにまで下落。猛スピードで事業拡張を続けていた方針は見直しを迫られ、今年に入ってから、創設時からのCEOを含む複数の経営陣の辞任劇を経て、現在新しい方向性を模索中だという。

「イベントやプレゼントの代わりにセレブからのメッセージ」で大人気だったCameo

また、「セレブによる個人に向けた動画を注文できるプラットフォーム」としてコロナ禍で大躍進したのが、2017年創業で同じくアメリカ発のスタートアップ「Cameo」。

一般の消費者から、同社プラットフォームに登録している有名人に「○○と言ってください」などと動画を注文でき、憧れの有名人に個人あてのメッセージを贈ってもらえるサービスとして人気を博した。

結構すごい顔ぶれのCameo(同社公式サイトより)

登録時にセレブ本人によって設定された動画1本あたりの料金は、購入者からサイトを通じて支払われ、25%が手数料として同社に入り、残り75%が動画の注文を受けたセレブに支払われる。

2020年のコロナ禍により撮影やイベントなどがキャンセルされた芸能人と、イベントや買い物がままならなくなった消費者の需要と供給が一致した結果、同年4月には創立以来の黒字を記録し、5月には動画納品100万本以上、2020年の年商1億ドルなど、乗りに乗った時期を謳歌した。

スーパー以外の店舗が閉店して、家族や友人への誕生日プレゼントを店舗で買えなくなった消費者がその代わりに動画を注文したり、卒業式や結婚式といったイベントが中止になってしまった主催者が、来場予定だった卒業生や招待客へのサプライズとして有名人からのメッセージを動画で贈ったりといった利用が多かったという。

チャーリー・シーンやアイスT、マイク・タイソンといったビッグネームも登録セレブに名を連ね、同社は一時、CEOが「星を食べたマリオのよう」と心境を表現するほどの急成長を遂げ、2021年には名実ともにユニコーン企業のひとつとなった。Google Ventures、SoftBank Vision Fund 2などからの出資も受けている。

しかしちょうど1年後の2021年5月、同社は全従業員の約4分の1にあたる87人の解雇を発表。CEOのSteven Galanis氏は「外出禁止期間中にファンとタレント双方の需要を満たすために、弊社は100人強から400人近くに人員を増強して対応してきました。しかし、その後市場の状況は急速に変化し、現実に適応するために事業を適切な規模にしていく必要に迫られています」と苦渋の選択の背景を語った。

他にも、そのゲーム性でミレニアル世代に大量の「巣ごもり投資家」を生んだ投資アプリの「Robinhood」や、エネルギー業界に特化した人材管理サービスの「Workwise」など、コロナ禍による急成長を謳歌したのちに最近になって事業縮小を発表したスタートアップは数えきれない。

専門家や投資家は、パンデミックのみならずここ10年ほど続いていた「テック系スタートアップバブル」が収束し、VCの動きが鈍くなっていることを指摘した上で、これからしばらくスタートアップは「製品やサービスの内容の充実と、持続可能なスピードでの成長に集中する必要がある」としている。

米IT系メディアTech Crunchのスタートアップ系レポーターNatasha Mascarenhas氏はCameo人員削減のニュースに触れ、

「この2年間、さまざまな分野でテクノロジーの重要度が高まり、経済的にも成長しましたが、その現象は同時に基盤の脆弱性ももたらしました。パンデミックを経て勝ち残ったのは、自社の急成長が一種の『珍事』に依存していることを知っていた企業でした」と語った。

パンデミックは「終焉」が見え隠れしているとはいえ、さまざまな要因により先が見えない時代。誰もが手さぐりの中、「ユニコーン企業」の成長戦略も今、見直しが迫られているようだ。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit

ユニコーン企業
早いスピードで巨額の富を生みだす企業の総称で、設立10年以内、評価額が10億ドル以上、非上場と定義されている。成功すると予想以上の成長を遂げること、また非常にまれであることから、幻の生き物「ユニコーン」になぞらえて称されている。