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世界では観光産業が順調だ。2021年から見えていたその兆しが2022年に入ってから加速し、回復基調というよりも「好調」である。
その証拠に、Airbnbが5月3日に発表した第一四半期決算では、収益は15億米ドルで、前年同期比の70%増。パンデミック前の2019年の同期と比べても80%増となっており、予約宿泊数も1億超え。この宿泊数はAirbnbにとって史上初だという。
共同創業者兼CEOのブライアン・チェスキー氏は、2022年の1~3月は、Airbnbにとって記録的な四半期になったと述べている。「国内や地方旅行は続いていたが、人々は都市や国境を越えた旅行に戻ってきており、それはパンデミック前のレベル以上になっている」。
Booking.comも、宿泊事業において、第1四半期では2019年同期比で9%減少したが、4月の宿泊数は2019年の水準を上回った最初の月となったという。Expediaでも、売上でアナリスト予想の22億3000万ドルを若干上回る22億5000万ドルを計上している。
宿泊は好調。一方、航空業界は……
航空業界は、宿泊業ほど順調に回復しているとはいえないようだ。
オランダに本拠を置く大手金融グループINGによると、旅行業界は2022年に力強く回復するが、航空業界は中国のロックダウン、ロシアの対ウクライナ侵攻などが影響し、旅客数が本格的に回復するのは2024年以降になると予想している。
また、この夏は好調であっても、自由に行き来できるのは今だけかもしれないから「行ける間に行っておこう」と考えているかもしれず、一時的な好景気となる可能性があるというのだ。ロシア上空の飛行を避けるルート変更によるコスト増や、便数削減もある上に、ビジネス出張が減っていることも影を落としている。
このように、一見好調な観光産業も、実は玉虫色であることがわかる。そして、好調・横這いという色合いの差だけではなく、パンデミック前にはなかった色も見えてくる。
増える長期滞在型
ブライアン・チェスキー氏がCNBCに語ったところによると、28泊以上の長期滞在が増えているという。それと並行してヨーロッパや北米のAirbnbでは、「安さ」ではなく、家族がゆっくり過ごせる大きな家を探す高価なマーケットが好調だそうだ。パンデミックによって、多くの人々が週5日オフィスに出勤から解放され、自宅勤務やZoomでのミーティングなど柔軟なワークスタイルが可能になったからだ。
国際的な旅行業界のポータルサイト「TravelDailyNews International」で、5カ国7500人の消費者意識を調査した記事があった(2021年12月5日付)。ハイブリット/リモートで働く社員の38%以上が、フルタイムの対面勤務に戻るくらいなら仕事を辞めると答えたと報告している。
トラベル・ビッグ&トラベル・スロー
一生の思い出になるような旅行、観光スポットからスポットへとあわただしく駆け巡る旅行から、じっくりと味わう旅へ――。そんな旅行スタイルが今年の夏のトレンドになると、フォーブス誌は伝えている。
イタリアやスペイン、ギリシャの高級ヴィラを専門に扱う代理店「The Thinking Traveller」の創業者は「パンデミックによって、旅行者は自由に旅行できるありがたみを痛感している。そして、失われた時間を取り戻すために“一生に一度の旅行”がトレンドになる」とコメントを寄せている。
イギリスを拠点にするスロー・トラベルのスタートアップBywayは、4月以降、同社を通じて旅行する人の数は600%増加しているという。その多くが、通り過ぎるのではなく立ち止まって一瞬一瞬を大切にし、訪れた場所の文化を味わうといった、質の高くかつ持続可能な旅行体験を望んでいるという。この傾向は、スローフード運動と似ており、2022年はそのような傾向がいっそう高まると予想している。
ヨーロッパ寝台列車の復活
そんなスロー・トラベルと並行して人気を呼んでいるのが、ヨーロッパの寝台列車である。
数十年前のバックパッカーたちは、トーマスクックの分厚いヨーロッパ鉄道時刻表を頼りにイタリアからフランスに寄って次はスペインへと、列車でヨーロッパ大陸を自由自在に旅していていたものだが、LCCの台頭、インターネットなどにより、同誌は2013年に廃刊に追い込まれ、国境をまたぐ夜行列車も便数を減らした。しかし、大気汚染問題、気候変動が大きく取りざたされるようになり、スロー・トラベルと相性がいい寝台列車が見直されるようになっているのだ。
オーストリア鉄道ÖBBが運行する夜行列車「Nightjet」は、2021年にウィーン(オーストリア)―パリ(フランス)、今年はウィーン―アムステルダム(オランダ)を復活させた。オランダの鉄道会社NSもスイスのチューリッヒからアムステルダム間の列車を運行している。夜行の寝台列車を専門とするオランダとベルギーのスタートアップEuropean Sleeperは、今年の夏にベルギーのブリュッセルからアムステルダム、ベルリンを経由してプラハを結ぶ路線を開通させる予定。2023年にはベルギーからポーランドのワルシャワを開通させたいと意欲的だ。
オーバーツーリズムにどう立ち向かうか
パンデミック前、深刻な問題となっていたオーバーツーリズムはどうだろうか。
オランダのアムステルダムでは住人の18倍の数の観光客がアムステルダムに押し寄せ、イタリアのベニスはラグーンにかかる橋が身動き取れないほど大混雑し、ペルーのマチュピチュも過去20年で年間40万未満から140万人以上に急増、京都も住民がバスに乗れない状況だった。観光は飽和状態だったのである。
そこへ新型コロナ感染症が大流行し、突然旅行者が姿を消した。街は静けさを、海や空は美しさを取り戻した。ベニスの運河ではイルカも目撃されたそうだ。住人は快適な生活を取り戻すことで、観光がいかに公害だったかを身をもって知った。と同時に、観光が大切な収入源であることも痛感した。ベニスでは、住人5万人に対し、年間2000万人の観光客が約30億ユーロを落としていたのだ。
そんなオーバーツーリズムに対処するべく、ベニスでは、今年の夏から世界初の試みとして、日帰り観光客は事前に訪問予約の上、3~10ユーロの新しい観光税を支払うシステムを導入する。パイロットテストを経た後、2023年に本格稼働させる予定だ。また、監視カメラや携帯電話から収集するデータで観光客の流れを管理する計画もある。
アムステルダムやスペインのバルセロナ、ベルギーのブルージュなどでも新しいホテルの建設禁止、アパートの貸し出し日数の制限、観光バスの中心街乗り入れ禁止など施行。そんな制限が功を奏するのか、今年の夏に答えが見えてくる。
この夏はカオス?
オミクロン株が収まっておらず、ロシアの対ウクライナ侵攻は長引くという悲観的な予測もある。そこへきて、エネルギー価格高騰による物価上昇でインフレリスクも懸念されている。そういった先行きが見えにくい状況もあり、夏休みにどこかへ行きたいのは山々だが、ギリギリまで待つ人も多いという。
代理店や空港、ホテルなどは、そんな駆け込み旅行に柔軟に対応する必要があるが、現在、業界は圧倒的人手不足に陥っている。ジャーナリストで消費者運動家であり、旅行者の擁護、権利、調査を行うNPO団体Travelers Unitedの共同創始者Christopher Elliott氏は、この夏は特にヨーロッパがカオスになると指摘。「パンデミック時にスタッフを解雇して規模を縮小したが、今、需要が急回復している。需要に見合うだけの人員を確保できていない」。
たった2年でカオスを引き起こすほど脆弱になってしまうものなのかと驚くが、同時に、この間に起こった変化はかつて経験したことがないほど大きかったのだということを改めて痛感する。パンデミック前は考えもしなかった“心構え”をもって夏休みを計画する必要がありそうだ。
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)
- オーバーツーリズム
- 大量の観光客の流入により地元住民の生活が脅かされたり、自然環境・生態系へのダメージから街が旧来の魅力を失ったりする現象を指す。顕著な例ではインフラへの負担で観光地が経済的にマイナスになることもある。