阪神甲子園球場を運営する阪神電気鉄道株式会社(大阪府大阪市)は、甲子園球場の照明を13年ぶりに刷新。パナソニックエレクトリックワークス社(大阪府門真市)製の最新鋭LED照明を導入した。橙(だいたい)色と白色のLEDを用いたカクテル光線となり、3月25日のプロ野球開幕を前に、9日、同球場でメディアを対象とした「LED照明演出お披露目会」の模様を紹介する。

カクテル光線の誕生

1950年代に後楽園球陽を皮切りにプロ野球への整備が進んだナイター照明は、オレンジ(橙)色がかかった白熱電球が主体だった。自然光に近い反面、当時は光量が十分とは言えず、発熱の課題もあった。

甲子園球場は1956年(昭和31年)にナイター照明を設置するにあたり、従来の白熱電球照明に明るく青白い光を発する水銀灯を加えた世界初の複合照明を導入。安定したプレー環境をつくりだす照明は「カクテル光線」の愛称で親しまれ、各地の球場やスポーツ施設に普及していった。

甲子園球場のカクテル光線は1974年(昭和49年)に演色性(照明による自然光の再現度を表す指標)を重視し、従来の白熱電球より長寿命、高効率のメタルハライド灯と高圧ナトリウム灯のHID混合源へと変更され、ナイターを彩ってきたが、2000年代になると単色で高い演色性・省エネ性能を実現したLED照明の普及が進み、多くの球場でカクテル光線が姿を消し始めた。

甲子園球場では2007年から09年にかけて“歴史と伝統の継承”を謳い、内野席の大幅な改修や銀傘(内野席屋根)の架け替え、6基全ての照明塔の建て替えをはじめとする大幅なリニューアルをおこなった。しかしLED照明への変更について当時の技術水準ではカクテル光線の再現ができなかったために見送り、現行での運用を続けていた。

光の文化を「無形の伝統」として継承する

それから13年。2024年に誕生100周年を迎える甲子園球場は「次の100年へ。愛される球場」を目指し、機能性や演出、環境面の改善を目的に、旧来光源の生産終了などの背景もあって、全照明のLED化に踏み切った。

タッグを組んだのは味の素スタジアム(東京都調布市)をはじめ、多くのスポーツ施設でのLED照明開発・納入実績のあるパナソニック。しかし導入にあたっては、非常に高いハードルが課された。

「甲子園球場の伝統であるカクテル光線をLED照明でも再現したい」

白熱電球と水銀灯から、時代と共にメタルハライド灯と高圧ナトリウム灯の組み合わせに移り変わり、野球の聖地、甲子園球場で幾多の名勝負を照らし続けてきたカクテル光線。演色性に優れた単色LED照明が主流となりつつある中でも、橙色と白色が織りなすどこか懐かしく、温かみのある光は多くのファンの心に残るかけがえのない要素となっていた。

阪神電気鉄道株式会社スポーツ・エンタテイメント事業本部甲子園事業部課長の赤楚勝司氏はLED導入にあたり、「阪神甲子園球場で産まれたカクテル光線という光の文化は『無形の伝統』として継承したかった。単色LED照明でも球場としての役割は果たせるが、我々はカクテル光線という光が持つ価値を重視した」と語る。

カクテル光線再現への挑戦

前例のないLEDを用いた混合照明の開発は容易ではなかった。特に2色が混ざり合った際に甲子園独特の温かみのある色合いをいかに再現するか。開発を担当したパナソニックの岩崎浩暁は「開発当初は橙色の色味が薄く、濃い色を再現するために何度もケルビン値(色温度)の調整を試行錯誤した」と苦労を語る。また同社のプロスポーツ向け投光器は4K8K放送に対応しているが、白、橙2色を混ぜた上での対応は前例がなく、全く新たな照明設計技術の開発が必要となった。そこで甲子園仕様では、2色を混ぜた際に自然光に最も近づくように調整。これにより世界でも類を見ないLEDカクテル光線を再現した球場が誕生した。立案から製品化まで2年の年月を要した。

2 年の歳月をかけて開発された国内初の LED カクテル照明。4K8K 放送に対
応し耐用年数は約4万時間。開発では橙色の濃さの再現に苦労したという。

“光が踊る”新たな照明演出

お披露目会では技術説明に続き、実際に照明のデモンストレーションを体験することができた。夕刻の茜色から深い藍色へと表情を変える午後6時過ぎ。暗転から瞬時に銀傘側部の照明を含む全ての照明が点灯。内外野に垂直にそびえる4基の照明塔には7回のラッキーイニングを意味する数字の「7」がファンファーレと共に点滅した。そして甲子園の名物ともなっていた「バルーン風船」を模した光の線がなびく。これまでフル点灯まで時間を要していた従来照明では実現できなかった瞬時点灯が可能なLEDならではの演出だ。他にも縞模様やチームロゴの「THマーク」、ホームランの「HR」や「GO」、LEDビジョンや内野席のダイオード映像とリンクした虎が走るイメージもドットで表現が可能で、タイガースのチャンスや勝利時などに球場全体のムードを盛り上げる。チームの代名詞、応援歌「六甲おろし」の演出にいたっては、リズムに合わせて照明が点灯・消滅を繰り返し、まるで球場全体の光が踊っているような感覚に包まれた。これらの演出は756台の照明1つ1つを個別に点灯、消灯、調光可能にする「DMX制御」が用いられる。DMXとは照明器具を制御する通信規格の呼称で、おもにライブやコンサート、イベントなどで使用されてきた技術だ。

LED を個別に調光可能な DMX 制御により、演出表現が大幅に上がった
銀傘側辺の LED 照明と内野スタンドのライナービジョンともリンク。球場全体
でムードを創出する
ラッキーイニングの『7』をドットで表現

一方で、安全や環境面、競技性担保のための工夫も忘れていない。

照明の光が重なってしまうと、光の束(グレア)が発生してしまい、フライボール補給時の妨げとなってしまう。そこで756台の照明の照射角度を3次元のバーチャルリアリティー技術を使用して緻密にシミュレーションし、光を効率的に分散させた。実際に選手にも協力してもらい微調整を重ねた結果、3月上旬のナイター最終テストでも概ね好評だったという。

また甲子園球場は2021年12月に環境プロジェクト「KOSHIEN“ eco “Challenge」を発表し、パートナー企業と共に、廃棄物の抑制やリサイクル促進、CO2削減、再生エネルギーの活用等に取り組んでおり、従来のHID照明から光源寿命約4万時間というランニングコストにも優れたLED照明に切り替えることで、使用に伴い排出される二酸化炭素を約60%に抑制。球場に隣接する阪神高速道路(西宮側から尼崎方面)への障害光を低減させるなど、環境面にも配慮を配った。

756台の照明の照射角度を緻密に計算
阪神電気鉄道株式会社スポーツ・エンタテイメント事業本部甲子園事業部課長の
赤楚勝司氏(左)と開発担当のパナソニックエレクトリックワークス社ライティング事業部エンジ
ニアリングセンター専門市場エンジニアリング部西部屋外照明課主務の岩崎博暁氏(右)

以上のように、阪神甲子園球場とパナソニックエレクトリックワークス社はLED照明化によって歴史と伝統の継承だけでなく、ファンサービスも高いレベルで融合させた。

新技術によって蘇ったカクテル光線については、「その存在意義を認知してもらい他球場への波及を狙う。また吹雪でのホワイアウト防止効果があるスキー場照明や、対象物をより立体的に照らすことができるので寺社仏閣などのイベントでの活用も期待できる」(パナソニック・岩崎氏)、「大人には懐かしさを、子供達には分かりやすさをアピールし、甲子園球場の次の100年を支えるオンリーワンのエンタテイメントとして活用していく」(阪神電気鉄道・赤楚氏)と両氏が語るように、今後の展望は広がる。

スポーツ関連市場は近年拡大を続け、2025年には約15兆円規模が予測されている。

2020年9月にスポーツマネジメント推進部を発足させたパナソニックグループは29年度に全体売上300億円を目標に、プロ・アマのスタジアムやアリーナへのLED照明導入に加えて周辺地域の活性化を含めたビジネスも模索していくという。

コロナ禍により、ジェット風船の使用中止をはじめとする応援スタイルが変わりつつある中、球場のムードと一体感を創り出すLED照明の進化は競技性の向上、ファンを魅了する演出や環境・コスト面への配慮など、高い次元でスポーツ・エンタテイメントを加速させる一翼を担ってくれるはずだ。

文・写真:小笠原 大介