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拡大を続けるギグエコノミー、課題も山積
フレキシブルな働き方が可能になるとして関心を集めてきた「ギグエコノミー」。コロナ禍のEコマースやフードデリバリー需要の高まりを受け、その規模は拡大を続けている。
たとえば、イングランドとウェールズで実施された最新調査(2021年11月発表)では、同地域におけるギグエコノミー労働者は、2016年比で2.5倍増加し、440万人に達したことが判明した。
調査は、同地域の労働者組織「労働組合会議(TUC)」の委託を受け、ハートフォードシャー大学とコンサルティング企業BritainThinksが実施。ギグエコノミー労働者とは、フードデリバリーのウーバーイーツやDeliverroo、ウーバー配車、アマゾン配達などに従事する人々のことを指す。
同調査では、この地域の成人労働者全体の15%がギグエコノミーから収益を得ていることが判明。この割合は、2016年に6%、2019年に12%だった。
調査の共著者の1人であるニール・スペンサー教授は、英ガーディアン紙の取材に対し、この数字は今後も伸びる可能性があると予想。一方、低賃金かつ不安定な労働環境で働くギグエコノミーワーカーの増加は憂慮すべきものだとも指摘している。
スペンサー教授が指摘するように、ギグエコノミーで働く人々の労働環境は不安定なもので、テクノロジーを駆使した新たな搾取だとの非難が世界的に広がっている。これに伴い、各国ではギグエコノミーワーカーを守る法規制を設立する動きが少しずつ拡大している。特に、欧州域内でこの動きが顕著だ。
2021年3月、英国ではウーバーが配車サービスの運転者に対し、同国の法律の最低賃金を支払うほか、休日手当や年金の支払いを保証するとのニュースが報じられた。
もともとウーバーは、運転者を個人事業主のビジネスパートナーであるとし、正社員が享受する基本的な福利厚生を与える義務はないとの立場をとっていたが、英最高裁判所が下した運転手は正社員であるとする判決に従い、その方針を転換した格好となる。
これは、英国のウーバー配車サービスに限定される話であるが、同様の動きが欧州域内で散見されるようになっている。
EUによるギグエコノミー規制計画
直近で最も大きな動きとして注目されたのが、欧州連合によるギグエコノミー規制計画だ。
欧州連合は2021年12月、ウーバーやDeliverooなどのギグエコノミー企業に対し、2024年までにギグエコノミーワーカーに休暇や疾病手当など正社員と同様の福利厚生を提供することを義務付ける草案を発表したのだ。
この発表に関して、欧州委員会・労働社会権利部門代表のニコラス・シュミット氏はガーディアンの取材で、ギグエコノミー企業はこれまで、欧州各国における法律の曖昧さから生まれるグレーゾーンを最大限に活用し、そのビジネスを拡大、その結果数百万人の労働者が間違った形で分類される結果を生み出してしまったと指摘している。
欧州連合27カ国では、約550万人のギグエコノミーワーカーが本来正社員と同等の権利を享受する立場にあるものの、現時点で個人事業主とされ、その権利を享受できていない状況だという。
今回の欧州連合の草案では、ギグエコノミーにおける労使関係を定める5つの基準項目が提案されている。
欧州連合草案の「Article 4. Legal presumption」によると、この5つのうち、2つ以上の項目に関して企業が管理・監督する場合、企業はギグエコノミーワーカーを正社員として扱うことが求められる。5つの項目とは「賃金」「勤務上の外観・特定ルールの遵守」「仕事の質」「勤務時間・日数」「他のプラットフォームや顧客へのサービス規制」。
スペインなど欧州各国における現在の動き
上記欧州連合草案では2024年という目標が設定されており、スケジュール通りに合意・可決されれば欧州各国の国内法として制定される流れとなる。
一方、欧州各国ではすでに独自に法規制を設ける動きも出てきている。
欧州で初めてギグエコノミー規制を開始したといわれるのがスペインだ。
2021年7月スペイン議会は、デリバリー分野のギグエコノミー企業と労働者の関係を推定する基準(presumption of employment)を規定する法案「Riders Law」を可決。同法律は、翌月に施行された。
この法律の施行を受け、スペイン最大のデリバリープラットフォームであるGlovoは、約2000人の労働者を社員として雇用する計画を発表。しかし、Glovoには1万2000人のギグエコノミーワーカーがおり、その効果は限定的とされている。法律には抜け穴があり、下請けを利用した場合、正社員として雇用する必要はなくなるという。
同法律の施行後、英Deliverooはスペイン市場からの撤退を発表。約3000人のギグエコノミーワーカーに影響が出ると伝えられている。
また2021年9月には、オランダでウーバー配車サービスの運転者を正社員と認める裁判所の決定が下されたほか、2021年10月にポルトガルで同様の法案が合意されるなど、ギグエコノミーを規制する動きが連続的に起こっている。
これまでギグエコノミーワーカーを個人事業主として扱うことで、コストを抑制し、利益をあげてきたプラットフォーム企業。このまま正社員雇用がスタンダードとなってくれば、市場シェアが小さい企業の撤退が加速することが見込まれる。実際、スペインの事例でも触れたが、英Deliverooはスペイン事業からの撤退を発表している。
一方、競合の撤退は、トッププレーヤーに恩恵をもたらす可能性があり、ギグエコノミー自体がなくなってしまうことはないと思われる。
欧州で始まったギグエコノミーにおける大きな変化は、どのように他国に広がっていくのか、今後の動きに注目していきたい。
文:細谷元(Livit)