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人口増加の進むアフリカや南米、東南アジアなどを中心に、現在世界各地で都市化が進んでいる。国連の推計では、都市部に住む人口は2030年までに7億人増加し、計52億人に達するとのこと。
このため都市部では、新たな流入人口を迎えるための住宅やインフラの整備が急務となっており、新たな建設テクノロジー(以下、コンストラクションテック)に対する関心と投資が増加しつつある。
この記事では、建築・建設業界を大きく変えると期待されているコンストラクションテックの動向と、そのなかでも特に注目の集まる3Dプリント建設技術についてご紹介する。
旧来の建設業界を塗り替える、さまざまなテクノロジー
EU全体のGDPの9%を占める建設業界は、ヨーロッパ内で最もデジタル化の進んでいない業界のひとつとされている。また、EUの発表したデータによると、成長率は年間たったの1%。日本でも人材不足や労働者の高齢化が問題となっており、課題の多い業界だ。世界のCO2排出量の39%を、建設業界が占めているという事実も無視できない。
一方、VRや3Dといったさまざまな最新デジタル技術の影響を受け、建設業界は現在、急速に変化を遂げている。
建設現場における調査や測量、設計は今まで、紙と鉛筆といったアナログな手法で行われてきた。しかし、建設に伴う管理や竣工後の維持管理も含め、IT技術を取り入れることで、業務を効率化するコンストラクションテックへの注目が現在、高まっている。建築(Construction)と技術(Technology)を掛け合わせたCon-Techや、建設テックという言葉も同様に普及しつつある。
3D技術を用いた建設を得意とするXtreeの創始者・Alban Malletは、「今日の建設業界が向き合っている課題は、生産性、産業ごみ、コストの3つです」と話す。「生産性はここ数十年でほぼ向上していない状態です。生産性の向上とワークフローの効率化ができれば、コストの削減が狙えます。また、廃棄物管理を今後どうしていくかも、考える必要があります」とも。
フランスのスタートアップ・Hibooは、トラックやブルトーザーといった建設に関わる重機を管理するプラットフォームを提供する。15,000台の建設トラックを対象に彼らが行った調査によると、稼働時間の平均40%は、アイドリングであることが分かった。トラックは使われていないのにも関わらずエンジンが付けっぱなしである状況を回避することで、ガソリン代やCO2排出量、人件費などを大きくカットすることに成功している。
ロボティクスの発展と共に注目される、3Dプリント建設
さまざまなコンストラクションテックが生まれるなか、特に注目を集めているのが「3Dプリント建設」と呼ばれる分野だ。3Dモデルを活用し、コンクリートなどの素材を積層することで住宅や橋梁の造形に用いるもので、建設ロボット市場の一部として、今後5年で20%以上の成長が見込まれている。
3Dプリント建設を用いることで、建造物をより早く、安く、正確につくることができ、人員の削減も可能だ。
3Dプリント技術を使用すれば、1,000平方フィート程度の住宅であれば、通常数週間かかる建設が30時間で完了する。使用する素材の総量も削減できることが多い。屋根や室内は、従来の方法で仕上げることが多いようだ。
使用できる素材はさまざまで、土やコンクリートだけでなく、現在では金属の3Dプリントも可能となっている。
2018年には、欧州委員会が選ぶ最もイノベーティブなコラボレーションに送られるSTARTS賞が、3Dプリント建設に関わるプロジェクトに贈られた。長さ12.5メートル、幅6.3メートルの橋を、鉄の3Dプリント技術を用いてつくるプロジェクトで、アムステルダム最古の運河であるアウデザイツ・アフテルバーフワルにて2021年夏より実装されている。
「今まで研究してきた新しいテクノロジーを、どう未来の建築に生かすのか、という問いから、大型スケールの3Dプリント技術を思いつきました」と、プロジェクトの建築家であるGijs van der Veldenは振り返る。
3Dプリント技術はこれまで、小さくて精密なプロジェクトばかりに使われてきた。家具や小さな建築物を作る実験から、より大きなスケールで3Dプリント技術を用いる方向性を模索し始めたという。独自の3Dプリンターを開発し、アート作品や自転車などの実験を経て、実用性のある橋の建設までプロジェクトは発展した。
3Dプリント技術と建築を掛け合わせたインスタレーション作品「Rock print」が、2017年のアルス・エレクトロニカでSTARTS賞に輝いたことも、3Dプリント建設に注目が集まるきっかけを作った。
ロボットのアームで金属ワイヤーがしかれ、その間にレイヤー上に小石を積み上げる。これを繰り返すことで、他の素材を使うことなく強度のある構造物を生み出すことができる。アート作品として発表されたが、建築やデザイン業界での今後の可能性が認められ話題を呼んだ。
スタートアップが牽引する3Dプリント建設
3Dプリント建設は、大企業だけでなく多くのスタートアップも参画している。
米テキサスを拠点とするICONは、低層階の建物を得意とする3Dプリント建設会社で、3D技術を用いた住宅の建設許可をアメリカで最初に取得した企業だ。同社は、NASAの月面居住空間建設プロジェクトにも携わっている。このほかオランダのCybe Construction、フランスのXtreeEなどが代表的な3Dプリント建設企業として注目されている。
企業によって、デザインや使用素材はさまざまだ。例えば、イタリアのWASPは自然素材を用いることでサステナブルな建造物の実現を目指している。
2021年には、NPO・ハビタット・フォー・ヒューマニティ(Habitat for Humanity)も、正式に3Dプリント建造技術への賛同を表明。実際にアメリカで3棟の住宅を建てることに成功した。
住宅やインフラ不足に悩まされているアフリカなどの地域でも、こうした企業や団体は、学校の建設などを通して存在感を発揮し始めている。急速に都市化の進む途上国で、素早く、資金をあまりかけずにカスタムの建造物をつくるのに、3Dプリント技術を使うメリットは大きい。
コンストラクションテックが普及することで、建設の世界はどう変化するのか
省人化、省力化、効率化の図れる3Dプリント建設だが、もちろんハードルやデメリットもある。省人化による雇用の減少や解雇がその一つだ。成果物の正確性を担保しにくいところも、量産化を難しくしている。
また、法規が技術に追いつかず、3Dプリント建設が実現できない国や地域もある。例えば日本では、耐震性などの課題もあり、3Dプリンター住宅は基礎工事に対応できないため、導入ができないままだ。
とはいえ、3Dプリント技術が建設界の未来を切り開くことは間違いないはずだ。住宅の分野でいえば、より多くの人が少ない負担で自由に家を手に入れられる未来がくるかもしれない。今後の技術のさらなる発展に期待したい。
文:杉田真理子
編集:岡徳之(Livit)