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ここ数年、日本発のスタートアップの躍進が目覚ましい。その一方、大手企業からは革新的な事業は生まれにくい・・・そう感じている人は少なくないかもしれない。
しかし、資金力も優秀な人材もそろう大手企業は、本来はイノベーションを生み出していく十分なポテンシャルを持っているはずだ。そのポテンシャルを引き出し、日本が再活性化していくため、日本マイクロソフトは日系エンタープライズ企業向けのイントレプレナー(社内新規事業担当者)支援の取り組み「Empower Japan Intrapreneur Community」を2019年からスタートしている。
日系エンタープライズ企業に所属する新規事業担当者を主な対象としており、新規事業担当者に必要なテクノロジーに関するナレッジの提供だけでなく、社内で孤軍奮闘している新規事業担当者同士の交流を促進することも目的としている。
なぜ新規事業担当者同士をつなぐコミュニティを構想したのか、日本マイクロソフトとして日系エンタープライズ企業や新規事業担当者に対しどのような価値を提供したいのか。コミュニティ設立者の日本マイクロソフト株式会社 マーケティング&オペレーションズ部門 セントラルマーケティング本部 統合マーケティング部 部長である金本 泰裕氏に聞いた。
新規事業担当者が抱える2つの課題を解決したい
「Empower Japan Intrapreneur Community」は、マイクロソフトが掲げるミッション「地球上のすべての個人と組織が、より多くのことを達成できるようにする」に基づき、「日本をEmpowerすること」を目指した運営を行なっている。
金本「近年、日本国内においても有力なスタートアップから続々と新規事業が生まれてきています。一方で、スタートアップが成長していく過程で、大手企業との連携が必要となるケースも少なくありません。つまり、優れたスタートアップが成長のために必要とするようなアセットを大手企業は多く有しているということです。
一方で、大手企業は自社で革新的な事業を生み出していくことについて苦慮しています。この「ポテンシャルはあるのに発揮できない」というギャップを解消し、大手企業が自らイノベーティブな事業を生み出していくことがいまの日本には必要なことです。そのため、日本マイクロソフトが掲げる『Revitalize Japan(日本の再活性化)』の思想のもと、自分たちにできることはないかと考え、この取り組みを立ち上げました。働き方や社内プロセスの効率化だけでなく、テクノロジーを駆使し、新規事業を創出する『本当の意味でのDX』を支援することで、日本をエンパワーメントしていきたいというのがコミュニティの掲げるビジョンです」
コミュニティの参加者として想定しているのは、日本国内のエンタープライズ企業のイントレプレナー、つまり、企業に属しながら新しいチャレンジをする新規事業担当者だ。同コミュニティでは、新規事業担当者が事業を推進するうえで抱えがちな「2つの課題」を解決するためのアプローチを用意している。
では、新規事業担当者が抱えがちな2つの課題とはなにか。
金本氏は、1つ目の課題として“テクノロジーを学ぶ場が少ない”点を挙げている。
金本「日本の事業会社の場合、最新テクノロジーを学べる機会が少ない傾向にあるんです。これは日本の産業構造に起因しています。独立行政法人情報処理推進機構が発表したIT人材白書2017(※)にもあるとおり、日本の事業会社内には、欧米に比べるとエンジニアなどのIT人材が圧倒的に少ない。エンジニアはSIer等のIT企業に偏っており、事業会社がITを活用した取り組みを行う場合はアウトソーシングするのが一般的です。なので、社内でテクノロジーに関する相談やちょっとしたアプリをつくってみる、といったことはほとんどできません。さらに、自分でテクノロジーについて勉強しようと思っても、情報があふれる昨今、必要かつ有益な情報をどのように取捨選択すればいいのかわからないんですよね」
「Empower Japan Intrapreneur Community」では、このような状況を解決するため、コミュニティ参加者に対して、テクノロジーを学ぶ場を提供。クラウド、AI、ブロックチェーン、MR(Mixed Reality)など、各分野の第一線で活躍する専門家から直接テクノロジーについて学べる講義も用意している。さらに、参加者が考案した新規事業を実現できるよう、マイクロソフトが有するサービスやリソースによる支援も実施する。
新規事業担当者が抱えがちな2つ目の課題は「孤独」だ。
金本「多くの新規事業担当者は単独、または少数で推進するのが一般的であるため、社内には同じ目線で相談できる人がほとんどいない場合が多いです。これまで取り組んでいない事業に挑戦するわけですから、当然社内に成功体験を持っている人はいません。そのため、本当に自分のやり方が正しいのかと不安に思いながらも、なんとか事業を進めなければいけないという状況に関する悩みを本当によく聞きます。今回コミュニティという形式を選択したのは、このように孤軍奮闘されている方々に対して横のつながりを提供したいと思ったのが理由の一つですね」
「Empower Japan Intrapreneur Community」では、1回のシーズンプログラムで30名程度を募集。少人数で約半年間学びながら各々が新規事業を形作っていくため、参加者同士の交流が生まれやすい。不動産、流通・小売、鉄道、金融など、全く異なる業界に所属する参加者同士が、垣根を越えて互いの新規事業について相談し、場合によっては協業の機会も生まれている。
これら2つの課題は、金本氏自身も日系企業で10年以上新規事業に携わった経験から、新規事業担当者の課題感をよく理解できるという。
金本「私自身も日系事業会社に10年以上在籍し、そのなかで長らく新規事業に従事してきました。幸い、私の場合はキャリアの中でテックカンパニーへの出向等を経験する機会もあり、その経験や知識等を活用した新規事業を実践してくることが出来ました。私の経験上、新規事業を検討するうえでの発想力や実行力についてはテクノロジーに関する前提知識と一定の相関があると考えています。
例えば、異なるサービス間での協業を検討するにあたり、API連携という仕組みを知っているか否かで具体的な協業イメージや実現案を発想するうえでの選択肢が異なってきます。また、AIの活用という点においても、webや書籍を通じて得た知識と、自分で実際に何らかのプロダクトに組み込んだ経験とでは、その理解の深さには天と地ほどの差が生まれます。
世の中はインターネットが広がり、人々が利用するサービスもスマートフォン等を通じて利用できるソフトウェアサービスが普及してきているなか、日本のトラディショナルなエンタープライズ企業はプロダクト/サービス開発を内製化していないため、エンジニアと直接会話する機会にも乏しく、ビジネスとテクノロジーの分断が深くなりがちです。そして、それがイノベーションの創出につながりにくい一因になっていると考えます。各業界のリーディングカンパニーにおける新規事業担当者は優秀な方が多いですし、企業自体もリソースが豊富にあります。テクノロジー自体やその活用方法の理解を深めるキッカケを提供し、必要なサポートを行うことで優れたプロダクト/サービスを生み出し、世界で戦えるポテンシャルがあるはずなんです。そのような課題感から、テクノロジー面での支援はまさにマイクロソフトのミッションであるし、単なる営業活動とは異なるかたちで貢献したいと考え、このコミュニティを立ち上げました」
金本氏の想いに共感し運営に参加した約10名のメンバーは、金本氏も含め完全に有志で活動しており、特にインセンティブは発生しない。自身の業務をこなしながら、ビジョンを見据えて運営に取り組んでいるという。
単なるインプットの場に留めないことで、着実に新記事業実現へ近づくための仕組みを
先述したとおり、「Empower Japan Intrapreneur Community」は、日本をエンパワーメントしたいというビジョンのもとに運営されている。また、単なる情報提供や参加者同士の交流を生むだけでなく、参加者一人一人が自身の新規事業を生み出すというアウトプット創出を目的としているのが通常のコミュニティとは異なる点だ。
参加者には、テクノロジーの事業活用に関するディスカッションや、自身の事業アイデアをプログラム終盤にコミュニティ内でプレゼンするなど、具体的なアウトプットの機会が提供される。
金本「テクノロジーに関する講義を実施した後は、必ず講義内容を踏まえてどのように新規事業に活かせるか、参加者同士でディスカッションする時間を設けています。ただ聞いてインプットするだけでなく、ブレスト的な会話を通じてアウトプットすることでより理解が深まりますよね。最終プレゼンに関しては、運営側で最低限織り込んで頂きたい内容をふまえたフォーマットを用意し、自社の事業課題や社会課題に対する新規事業プランを発表していただきます」
もちろん、発表して終わりではない。外部からメンターを招き、1つ1つのプレゼンに対し、成功確度を上げるためのアドバイスを提供する。
メンターを務めるのは新規事業創出のプロフェッショナルだ。
2021年4月から9月に渡って開催されたSeason2では、
・株式会社DG TAKANO COO 横山 創一氏
・株式会社グロービス・キャピタル・ パートナーズ プリンシパル 野本 遼平氏
・株式会社アルファドライブ CTO 赤澤 剛氏
が参加。
いずれの回でも、フィードバックタイムではメンターと参加者、メンター同士、参加者同士の議論が活発に交わされた。
2021年4月から実施されたSeason2は、世情を考慮してオンラインで開催されたが、内容的には充実したものにできたと金本氏は語る。
金本「Season2は、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、フルオンラインで実施しました。オフラインで集まる意義もあるので、オンラインでも実施するべきか、正直迷いもありました。ただ、結果的にはオフライン同様、皆さんに積極的に参加していただけましたし、コミュニケーションもしっかり取れていたと思います。オンラインでも最終的にアウトプットしていただくのは同じですし、オフライン開催時と変わらず、意義のある取り組みができたのではないかと思います」
参加が行動変容と会社を動かすきっかけに
実際、コミュニティ参加者からはどのような声が挙がっているのか。
金本「やはり一番多くいただくのは、コミュニティのポイントである『テクノロジーへの理解』『新規事業担当者同士の交流』についての価値を実感頂いているという声ですね。『社内では触れられないようなテクノロジーに関する知識を得られたり、他業界の方たちとつながりを持てるのはすごく助けられました』とお話しいただくことは多いです。参加者同士で自発的にミーティングを実施されていたり、そこから新たな紹介が生まれていたりもして、とても有機的なコミュニティになったなと感じています。」
また、最終発表を実施した参加者からは「コミュニティ内で学んだことを自身のアイデアと結びつけることで具体的なプランをつくりあげることができた」、「最終発表に上司にも参加してもらい、外部のスペシャリストであるメンターからの評価やフィードバックを一緒に聞いてもらったことで手ごたえが生まれ、社内における評価も変わり、風向きが変わった」といったような声も挙がっているという。
金本「コミュニティを通じて、テクノロジーについての知識や戦略立案のスキルがアップデートされたおかげで、社内でのテクノロジー活用の旗振り役になりましたという方もいます。新規事業創出には巻き込み力も非常に大事なので、そのような社内での影響力が高まったというお声をいただけると、実施してよかったなと感じますね。また、テクノロジーをより学びたいと、自主的にITに関する資格やMicrosoft Azureの認定資格を取った方もいらっしゃいます。テクノロジーの重要性を深く理解していただけた結果、行動変容が起こったのだなと。これはすごく嬉しい変化でしたね」
実際、コミュニティ内でプレゼンされ、実現された事業も既に生まれている。Season1に参加した、東日本旅客鉄道株式会社 事業創造本部 新事業・地域活性化部門 ON1000プロジェクト 奥田 結香氏が推進する新規事業「BUSKIP」だ。「観光スポットまでのラスト10マイルをより移動しやすくする」ことを目的にした同事業の構想は、プレゼン時もメンターから様々なアドバイスが提供され、実現に向けて大きく前進できたという。
参考:【JR東日本_BUSKIP】新規事業によって「幸せ」を創り出す
この他にも実現に向けて動いている事業は複数あり、金本氏自身もコミュニティ運営に非常に手応えを感じているという。
金本「私は、コミュニティを通して、新規事業担当者に“武器”を提供したいと考えています。テクノロジーを使いこなせるようになったり、同じ志を持つ仲間とのつながりができたりすれば、それは非常に心強い武器になる。武器があれば、チャレンジするための最初の一歩を踏み出しやすくなると思うんです。新規事業創出で一番重要なのは、そのような最初の一歩を踏み出せるかどうか。だから、僕たちとしてはできる限り安心して踏み出せるための、マイクロソフトというバックボーンを活用した強力な武器を提供し続けたいと思っています」
(※)独立行政法人情報処理推進機構 − IT人材白書2017[PDF]
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取材・文:水落絵理香