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コロナ禍で多くの人々がリモートワークにシフトし、生産性の向上といったポジティブな影響が報告される一方で、仕事とプライベートの境界線がはっきりしなくなるといった弊害もより注目されるようになっている。
そんななか、クローズアップされているのが、就業時間外に遠隔で業務対応することを拒否できる「つながらない権利(right to disconnect)」だ。
テクノロジーの発達により出社せずに働ける方法が確立しつつあることを受け、パンデミック前よりすでに議論が始まっていた「つながらない権利」は、感染対策としてのリモートワークの急速な拡大に伴って、世界各地であらためて議論が活発化している。
例えば、ポルトガルではこのほど、時間外のビジネスメールを違法とする法案が国会で可決され、この流れは欧州各国やカナダにも波及している。
就業時間外の業務対応を規制する「つながらない権利」
「つながっている」状態、すなわち就業時間外の業務連絡に即時返信や業務上の対応を日々求められることが、かねてから問題視されてきていたのは、このような働き方が長期にわたると、労働者の健康を損ない、家族との関係性など私生活にも悪影響を与える可能性が高いからだ。
日本でも、今年3月に改訂された厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」において、強制力こそないものの注意喚起という形で触れられている。
世界的には、このような「つながっている」状態を拒否できる権利、そしてそれによって不利益を受けないようにする「つながらない権利」の保障について、強制力を伴った対応をする国が増えつつあり、先にあげたポルトガルはその一例だ。
コロナ禍のリモートワーク普及に伴う課題に対応が注目されているポルトガル
ポルトガルで制定されたばかりのこの新法は、10人以上の企業を対象に「休息の権利」の保障を中心として、リモートワークに関連した課題に包括的に対応したものだ。
雇用主は勤務時間外においては「労働者のプライバシーを尊重しなければならない」と定められており、緊急時を除いて従業員に電話やメールをすることは違法であり、「重大な」違反には罰金が課されている。
また、同法は職務上の役割に応じてリモートワークを選択できること、その際に必要な機器の提供や、光熱費といった業務上必要な費用の払い戻しを受けることも保障している。
ポルトガルの労働社会保障相は、「パンデミックは、それ以前からすでに必要性が叫ばれていたリモートワークに関する規制の整備を加速させた」と、このような対策の重要性を強調している。
欧州ではコロナ禍以前から「つながらない権利」の保障が進んでいた
実は、「つながらない権利」の保証は、パンデミック前からいくつかの国にすでに存在している。
特に広く知られているのは、2016年より定められているフランスの規制だ。50人以上の規模の企業は、スタッフがメール対応をしてはいけない時間帯を定めなければならず、例外的な対応については雇用者と従業員の合意が必要とされている。
罰金を伴う規制であり、これまでにも害虫駆除会社が、従業員に常時連絡の対応をするよう求めたことで、6万ユーロ(約780万円)の支払いを命じられている。
このフランスの規制に、イタリアが翌年、スペインが翌々年に続き、いずれも労働者が業務時間外に連絡に応じない権利と、それによって昇進などにおいて不利益を受けない権利を法律で定めた。
ドイツでも同様の議論が始まったが、立法による規制とは異なるスタンスをとり、企業と従業員の交渉を基本としている点が特徴的だ。例えば、管理職以外の従業員に対し、時間外に電子メールにアクセスできないよう制限をかけるといった協定が定められている。
パンデミックを受け、欧州議会が「つながらない権利」の保障を加盟国に要請
このように欧州の一部で数年前からすでに議論が始まっていた「つながらない権利」だが、リモートワークの急速な拡大を受けて、今年のはじめには、欧州議会が欧州委員会に対し、「つながらない権利」を認めるEU法の制定を要求。
働き方の変化にあわせた労働者の権利の再定義が求められているという見解に基づき、加盟国にも早急な対応を求めている。
その背景には、欧州連合の研究機関である欧州生活労働条件改善財団の調査によって、出勤して働くスタイルと比較し、リモートワークにおける長時間労働、また休憩時間の実質的な消失が多いことが明らかになり、労働者の身体的、精神的な健康の悪化が危惧されていることがある。
時差のあるケースにも対応。アイルランドの「つながらない権利」
この欧州議会の動きと時を同じくして、加盟国であるアイルランドでは「つながらない権利」に関する行動規範が導入され、職場紛争委員会に苦情の申し立てをすることができるようになった。
このアイルランドの行動規範は時差を伴う遠隔地で行うリモートワークについても触れている点が、タイムゾーンをまたいで連絡を取り合うことが一般的になりつつある、現代の就業環境により対応しているといえる。
また、従業員が業務時間外の対応をしなければならないような状況に対し、問題の原因を分析し、解決策を模索し対処できるような管理者向けのトレーニングも提案されており、フランスやポルトガルのような立法による規制と処罰というスタイルとは異なったアプローチである点については賛否が分かれている。
「つながらない権利」規制の硬直的な運用は逆効果?柔軟性との両立が課題
もっとも、業務の内容によっては、連絡を取れる時間を一律に制限することで、逆に働きやすさを阻害したり、仕事の進行が困難になるという点は、多くの人が懸念するところだ。
複数の国際的な拠点やマーケットを持つ企業や、緊急時の連絡が人々の安全や生命に関わるような職種では、より柔軟な運用が求められることは間違いないだろう。
欧州議会の「つながらない権利」に関する取り組みを主導しているサリバ議員も、規制はあくまでも最低限の条件を設定するものであり、多様な産業分野のニーズに応じて柔軟な対応が求められているとしている。
また、業務対応の時間は長くなっても、途中で柔軟に中断できる働き方が必要な人たち、例えば育児や介護を担っている人たちにも、硬直的な労働時間をリモートワークに適用することは歓迎されないだろう。
コロナで休園休校になった子供の迎えのために離席した後、夕食後に残った仕事をこなすといった働き方が難しくなってしまい、場合によっては働き続けることが困難になってしまうからだ。
「つながらない権利」の議論は始まったばかり
リモートワークの利点を最大に、欠点を最小にする取り組みは、まだそのあり方が模索されている段階であり、数年の運用実績があるフランスの制度でさえ、その有効性には疑問の声が上がっているという。
しかし少なくとも、これまでの各国の立法や規範の設定は、この新しい労働者の権利を広く知らしめる役割は果たしている。
欧州連合加盟国に続き、英国では野党・労働党が新政策に「つながらない権利」の確立を盛り込み、カナダではオンタリオ州政府が、労働法に就業時間の境界線を明確に設定し、業務上の連絡を制限する提案を行うなど、世界各地に規制を制定する動きが広がっている。
雇用契約書に「つながらない権利」に関する規則が記載されることも一般的になっていくだろう。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)